237 ガラク地方の魔塔第2階層2
魔物による襲撃が一旦止んだため、かねてから聞いていた地図を描こうと思ったのである。
真っ直ぐ歩いてきたはいいものの、目印などを覚えてくる余裕は無かった。
地図を記しておかねば後で困るということは分かっていたのだが。白紙を睨みつけ、何をどう記載したものだか悩んでしまう。
シェルダンやペイドランならどうするのか。細かく学ぶ時間もなかったのだ。軽く考えていた、という部分もあるかもしれない。
(挙げ句、ガードナーを引き抜いたことで、恨みも買ってしまったしな)
我ながら間の抜けたこととなってしまった。恥を感じつつ、とりあえず出食わした魔物の名前だけを、メイスンは記載していく。
一応、もと来た方角だけは把握している。いざ階層主を見つければ戻ることは可能だ。
確認して、メイスンはまた歩き始める。
靴と水の音がどうしても響く。隠れて移動するということが出来ない。
(この辺も、あの2人ならうまくやるのか?)
メイスンは足音で魔物に察知されては戦う羽目になっていた。
途中から、飛びかかってくるガジハゼの中に、赤い毒々しい色をしたエビが混ざる。硬いハサミを振りかざし、気を取られるとガジハゼを見落としかねない。
(くっ、こんなに過酷なのか?いずれ、自身より強い魔物と遭遇したら、どうすれば良いのだ?)
今のところは、弱小の魔物しか襲ってこない。
せいぜいロットフットが、サーペントやジュバと同程度とされる魔物であろうか。
「腕前でシェルダン殿やペイドラン君に劣る訳はないのだが」
口に出して自分を鼓舞する。
だが、思えば自分はいつだって軽装歩兵である前に剣士であった。恐らくシェルダンやペイドランは戦うという選択をすら、そもそもしていないのではないか。
対して自分の方は、つい真っ向勝負を行ってしまう。
(勝てない相手、手強い相手に対して逃げる。私にこれが出来るのか?)
葛藤しつつも進むしかない。もう、始めてしまったことなのだから。
メイスンは一度、敵の襲来が途絶えると自身にオーラをかけ直し、水と兵糧をとった。ここに至るまでどれだけの魔物を独りで斬ったのか、いちいち考えようとも思わない。
再びノートを開くも、『ベニガン』と新たに遭遇したエビの名前を書くぐらいのことしか出来なかった。
「しまったな」
また困り果ててメイスンは呟いた。戦うときには前だけを向いているわけではない。時には回転するように横薙ぎの斬撃を放つし、相手の突進をいなすようにして、横の動きも入れて躱してきたのだ。
因って、とうとう、もと来た方角も分からなくなった。
(まぁ、魔物の死体を辿れば戻れるか)
道に迷った、と。こんなところで落ち込んでいても死ぬだけだ。
メイスンは楽天的に考えることで気力体力を回復すると、再び歩き出す。
支給品の片刃剣を振るい続ける。
自分は自分だ。シェルダンやペイドランのように出来ないのは仕方がない。開き直るしかなかった。
岩場などの目印を束の間、せめてその時々ぐらいは覚えようかとは思うも、すぐにそれどころではなくなってしまう。
ロットフットが左右から2匹同時にあらわれたからだ。
「光集束」
メイスンは左にいるロットフットの下へ潜り込むと真下から上へ、光の奔流で一匹を消し飛ばした。
消しきれなかった体節が襲い来る。無言で剣を振るい、全て切り払う。
「っ!」
嫌な気配がした。
地面を転がって、その場から逃れる。
立ち上がろうとしたところ、ガジハゼが左右から襲って来た。あのままのほほんとロットフットにかまけていたら、頭を噛みちぎられていただろう。
「ぬんっ」
横薙ぎの一閃を放ち、2匹まとめて切り裂いてやる。
もう一匹のロットフットも襲っては来れない。
全ての体節、脚を千光縛で縛り上げてやったからだ。動きながらでも自分は神聖術を放てるのである。
「閃光矢」
メイスンはもう一匹を無数の光の矢に埋めて仕留めた。
深々とため息をつく。汗が止まらない。
一段落こそついたものの。
(しかし、地勢を覚える暇すらないとは。私は過信していたのか?自分の能力を。シェルダン殿やペイドラン君の代わりがたやすく務まると。彼らより上手くやれると)
苦い思いを抱くもいろいろな意味で、もはや引き返すことは出来ない。
メイスンは懐から懐中時計を取り出した。既に半日近くが経っている。
「しかし、これは、おちおち寝ていられる環境ではない」
茫然としてメイスンは呟いた。
本当に、シェルダンやペイドランはどうしていたのだろうか。眠っている間に襲撃されれば一溜まりもない。
休まずに何日も探索を続けたとしか考えられない。
眠らずに動けば判断力も鈍る。
更に油断なく進んでいくと、大岩の密集している区画へと至る。
「他の地区とは違う気がする」
メイスンは片刃剣を携えたまま、キョロキョロとあたりを見回した。
魔物の襲撃もパタリと止んだ。嵐の前の静けさのような、嫌な感じが全身を包む。
「ええぃ、怯えていても埒が明かん」
メイスンは今までと同じく、悠然と岩の間を歩いていく。
何が出てこようがたたっ斬るまでだ、と腹を決める。
黒い岩々の間、何が出てくるかも分からない。
「ぬ」
メイスンは唸り、立ち止まった。
視界を上に向けたとき、黒い岩の向こうに赤いものが見えたのだ。
動きを止めたまま、窺う。
赤いのは甲殻だ。独特の金属とは違う光沢を放っている。
ガリガリという音も聞こえてきた。
(キングロブスター、これは手強い)
巨体から繰り出す打撃、硬い甲殻による防御力、両腕のハサミからは水流も放出する難敵だ。
更に観察を続けた。
2本の足で立ち、真ん中の2対の4本足には爪が備わってる。刺そうとされれば厄介だ。上にはハサミとなっている1対2本の前腕である。
(階層主で間違いないだろう)
メイスンは思い、紆余曲折ありながらも、無事に戦果を上げたことに満足するのであった。




