235 ガラク地方の魔塔第1階層4
メイスンが片刃剣でもって、硬いアカテを甲羅ごと一刀両断していく。手にしているのは支給品の片刃剣だ。
(メイスンさんの腕前も変わらない。つ、強いなぁ)
斬れる大きさと硬さのものは何でも斬る、という印象だ。
だが、あてどなく海岸を彷徨っているようにガードナーには思えた。
(魔塔上層って、ど、どうやって行くんだろう)
先頭を歩くメイスンには道が分かっているのだろうか。
「お、セニアちゃん、殿下。あっちに転移魔法陣があるぜ」
大柄なゴドヴァンが一点を見つめて言う。
何に気付いたのだろうか。ガードナーも目を凝らすが何も見えない。
「魔塔では転移魔法陣というのに乗って、それで次の階層へと行くのよ」
聖騎士セニアが聖剣を片手に近付いてきて教えてくれた。聖騎士セニアも強い。並の力量ではなく、アカテやシーサーペントを何度か単独で斬り倒していた。
(でも、メイスンさんの方が強く見えた。おかしいなぁ)
ガードナーは感謝しつつも疑問に思っていた。一番強いのはセニアなのだと勝手に決めつけていたのだが。感じる圧力や恐怖の強さは別なのである。
「赤い光を発していてね。ゴドヴァン様はとっても目が良いから、誰よりも早く、いつも見つけてくれるのよ」
恐ろしく綺麗な女性から優しく説明してもらえている。
眉目秀麗なクリフォードと並んでいるとそれだけでガードナーなどは圧倒されてしまうほど。
「執事、先頭を代われ」
荒っぽい口調でゴドヴァンが言う。
他の5人が圧倒的に強すぎる。ガードナーも何とか自分にできることを探そうとはしているのだが。
(み、皆より少し射程が長いのだけだ、お、俺が強いのは)
ガードナーは遠くの海面にいたシーサーペントにライトニングアローを撃ち込みつつ思う。
直接戦わないルフィナですら、ゴドヴァンやセニアの傷をたちどころに治して、能力の高さを見せつけていた。
(メ、メイスンさん、こ、ここでも、き、嫌われちゃったんだ)
ガードナーにも分かるほど、一見してメイスンとゴドヴァン、ルフィナの二人組との間が険悪なのだ。そのメイスンの口利きで加わった自分のことも、ゴドヴァン、ルフィナには面白くないのだろう。
クリフォードとセニアが間に立って、自分やメイスンとも意思疎通をしてくれるのだが。
メイスンが軽く手傷を負い、すかさず光を出して自力で治療している。ゲルングルン地方では見せていなかった技術だ。
ルフィナが知らんぷりでゴドヴァンに何事かを告げていた。
「私にも、聖騎士の神聖術が使えるのだ。回復光という術だが、貴様も手負ったら治してやろう」
ルフィナの方を見て、メイスンが苦笑した。
「どうやら、私もお前もすっかり嫌われているようだ」
自分まで巻き添えにしてしまった、と気にかけてくれているようだ。良い人なのに、とガードナーは思う。
「お、俺、はシェルダン隊長に、ささ、さ逆らっちゃいました。も、もう第7分隊には、も、戻れないかも」
ガードナーは自身の懸念を伝えた。シェルダンの殺気が尋常ではなくて今もまだ怖いくらいなのだ。
「戻れるさ、生きていれば、お前は、な」
メイスンが笑って言い切ってくれた。
「私を悪者にしておけ。ひどく怒られるだろうとは思うが、少し罪状を軽くしてもらえるかもしれん」
冗談めかしてメイスンが言う。
ガードナー自身も制止に逆らってなお、褒めてもらえるとは思っていない。罪状、という言い方がシェルダンらしさを示しているような気もする。
(隊長、俺に怪我させたら、メイスンさんに殺すって。本当に心配してくれてた)
自分には早かったのかもしれない。だが、いつなら早くないのかも分からない。
怖いのもいつものことだ。どうせ第1階層にいても怖いのだから、上に行っても同じこと。
「おい、執事、ちったぁ仕事しろっ」
ゴドヴァンがメイスンに辛く当たる。ルフィナも冷ややかだ。
この2人は恐ろしい。シェルダンと同等近い怖さを感じる。睨まれるたび悲鳴を上げたくなるのだ。
「まったく」
そんな2人にも動じないメイスンがぼやき、先頭に躍り出てシーサーペントを斬り倒していた。
「おい、小僧」
ゴドヴァンが声をかけてきた。
恐ろしさにガードナーも固まる。いよいよ特に理由もなく殴られるのだろうか。ゴドヴァン越しに赤い光も見えてきて、いよいよ第1階層も抜けられるというところだ。
「すまん、怒りすぎて名前すら聞いてなかった」
気まずそうにゴドヴァンが頭を掻いて名前を尋ねてくる。
「ひ、ひぃぃぃっ、ガードナー、ガードナー・ブロングです。き、騎士団長様!」
ガードナーは悲鳴とともに自己紹介した。
「メイスンのついでにお前にまで当たったのは悪かった。だがこの先は危険だ。それにシェルダンの秘蔵っ子みたいな部下に怪我させたら、ヤツに合わせる顔がない。俺とルフィナはヤツと親しかったからな。正直ガッカリしちまって、大人気ない態度を。悪かったな」
なぜだか謝るゴドヴァンの大きな背中を偉い偉い、とルフィナが撫でてやっている。
「でも、見れば見るほどにまだ若くて。ほとんど子供じゃないのって。反省しちゃったわ。この人はね、見た目によらずほんとはとっても優しいのよ?」
ルフィナもたおやかに微笑んで言う。照れたようにまたゴドヴァンが頭を掻いた。
2人とも悪い人間には見えない。メイスンも悪い人間ではないはずだから、何か行き違いがあったのだろうか。
「お、俺、皆さん、みたいな、え、英雄と、い、一緒に戦うの、ゆ、夢だったんです。こ、怖いけど、い、行きます」
改めてガードナーは宣言した。
ゴドヴァンとルフィナが顔を見合わせてため息をつく。
「シオン殿下の軍令もあるから俺らも拒めはしない。ただ、どんな環境で、どんな敵がいるかも分からねぇから、無理はするなよ」
やはりゴドヴァンも悪い人ではない。本当に優しいくらいだ。
憧れていた英雄たちとともに、とうとうガードナーは赤い転移魔法陣を初めて目の当たりにした。
なぜかメイスン一人が赤い光の近くに立つ。全員で行くのではないのだろうか。
「では、私が先見を致しますよ。皆様は5分後に」
メイスンが言い、その全身を眩い光が覆う。
「魔塔上層は瘴気が酷いから、この光を纏う神聖術、オーラを使わないと戦うことすら出来ないの」
聖騎士セニアが説明してくれた。
(いよいよ、魔塔上層だ。お、恐ろしい場所なんだな)
思いつつガードナーは、一人赤い転移魔法陣に姿を消したメイスンを見送るのであった。




