233 ガラク地方の魔塔第1階層2
「よおしっ」
いよいよ魔塔入り口へ突入しようというところ、ハンスが自らの両頬を挟み込んで叩き、気合を入れた。珍しい行動であり、付き合いの長いロウエンですら驚いた顔をする。
「負けてられねぇな、暴れてやらぁ」
兜の内側からくぐもった声で言い、ガシャガシャと耳障りな音を立てて、デレクが駆け出した。鎧兜で全身をくまなく覆う、完全武装だ。周りにそんな軽装歩兵は他にいない。
(行軍中は脱いでればいいのに)
ガードナーは思うも、あえなく鎧を着込んで、どんくさいはずのデレクに抜かされてしまう。呆れるほどの体力だ。
自分たち第7分隊は、第3ブリッツ軍団全体の中でも先頭に近い位置を駆けている。
ポカリと空いた魔塔の入り口へ吸い込まれるように進軍していく。
「気を抜くなよ、魔塔入り口にも魔物はいるんだからな」
シェルダンが低くよく通る声で告げた。
ゲルングルン地方の魔塔で既に体験済みだ。シェルダンから見えていないと分かりつつガードナーは頷いていた。
薄い闇が続く。
「ぬぅんっ!」
銀色の身体。デレクの声だ。足を止めて棒付き棘付き鉄球を振り回し始めた。
風を切る、太い音がする。
赤い欠片が舞うのも見えた。魔塔を出ようとしたアカテの1団と出くわしたのだ。
(俺の雷だと、雷光で、皆の目が潰れちゃう)
却って犠牲を増やしかねない。
やむを得ず片刃剣の柄に手を置くのだが、逆に心細くなる。剣の腕も、多少はシェルダンたちに鍛えられてマシになったのだが、苦手意識は変わらない。一般人より同等か少しマシ程度だ。
独特の風を切る音が耳を圧した。シェルダンの鎖分銅だ。目まぐるしく投げては引いてを繰り返し、アカテを無力化していく。
ガードナーの雷魔術がないため、自分で敵の数を削ることとしたらしい。
「よし、進むぞ」
しばしの戦闘後、シェルダンが号令をかける。
再び走り出した。他の分隊も僅かな戦闘を繰り返しながら進んでいるようだ。
視界が開ける。
「うわっ」
ガードナーは思わず声を上げた。
また、魔塔の外に戻ったのかと思わされるような景色が広がっている。潮の匂いが漂う。視界の奥には海と思しき水面も見られた。海岸線が視界の奥まで伸びて、ところにより岩地と砂浜が点在している。
ガラク地方の魔塔第1階層は海岸線であった。
「呆けるな」
短くシェルダンが言う。
近くの海から上がってきたアカテを鎖分銅で打ち砕く。デレクも鉄球を振り回して前に出た。
海面コウモリが2人の頭上を越える。
ハンター、ハンス、ロウエンらが飛びかかってくる海面コウモリを斬り倒した。青みがかったバットであり、羽音がうるさい。
(ひえっ、バットのほうが俺は相性、悪い)
ガードナーはおとなしく後ろに位置を取る。小さくて距離を詰めてくる相手は苦手だ。
海面が盛り上がった。中から白い頭が覗く。赤い目が2つ、ランランと輝いていた。
シーサーペントだ。まだ距離がある。自分と目が合った。
(こ、こっちは得意だっ)
即座にガードナーは詠唱を早口で始める。中空に黄色い魔法陣が浮かぶ。
シーサーペントがウネウネと這って距離を詰めてくる。
シェルダンが自分の方を見た。魔法陣を視認してアカテの方へ専念し始める。
(俺、信用されてる!)
まだ距離がある。一撃で仕留めてやるのだ。
魔法陣を保ったまま、ガードナーは一呼吸を置く。
「サンダーボルト」
存分に引き付けてから、巨大な雷撃を、白い巨体に叩き付けてやった。
シーサーペントが横倒しになって、痙攣し、絶命する。
「すげぇな、いつ見ても」
ハンスが声を上げる。
まだ、先発の軽装歩兵部隊だけが魔塔入りしている状況だ。シーサーペントのような重たい相手が全体としては厄介なはずだから、自分が倒していければかなりの貢献だろう、とガードナーは思った。
「よし、他の部隊を助けて回るぞ」
鎖鎌を手にして、シェルダンが満足げな視線を向けてくれる。
恐ろしい人だが、考えは同じのようだ。
「了解っす」
影のようにデレクがガシャガシャ音を立てながらシェルダンの脇を固めている。
(この二人で組んでるだけでも、大抵の魔物は倒せそうだけど)
メイスンが抜けた穴を一応はデレクが埋めている格好だ。
敵を求めて周囲を見回していたシェルダンが険しい顔で固まる。
「どうかしたんで?」
また、すかさずデレクが尋ねている。ハンターが一歩ひいていることもあって、誰が副官だか分からなくなってきた。
すぐにはシェルダンが答えない。何かを睨みつけているようだ。
他のみんなもシェルダンの見ている方へと視線を送る。
ガードナーも我が目を疑った。視線の先には5人の男女がいる。
「確かに素晴らしい魔術の力量だ。良い、サンダーボルトだったね。そこらの自称魔術師どもとは、ものが違う」
中央に立つ赤いローブの男が言う。見間違えでなければ、ドレシア帝国第2皇子のクリフォードだ。
「殿下以外に、魔法陣が浮かぶ人、私、初めて見ました」
隣に立つ水色の髪をした美女も言う。白銀のきらびやかな鎧姿である。紫がかった美しく優しそうな瞳が自分に向けられていて、ガードナーはドギマギしてしまう。聖騎士セニアだ。
(皇子殿下に、聖騎士様が、お、俺の雷を褒めてくれてるっ!)
信じられない出来事にガードナーは震え、今いるのが魔塔であることをすら忘れる。
シェルダンが鎖鎌の刃で海面コウモリを、デレクがアカテを鉄球で砕く。
「メイスンの言うとおり、大した人材だ」
更にクリフォードが言う。
メイスンもいる。自分を見てニヤリと笑った。
(てことは、あの大きい男の人と、紫のきれいな女の人はゴドヴァン様とルフィナ様っ?す、すごいっ)
感動のあまり、ガードナーはまだ反応が一切出来ないでいる。とりあえず唐突な出来事に白昼夢を疑う。首の辺りをつねってみるとしっかり痛かった。
「また、早くなったではないか」
メイスンが笑顔のまま告げる。端正な顔だが、唇の端を持ち上げて不器用に笑うのだ。
詠唱時間のことだろう。かつて命じられた5秒を達成したことを言われている。胸にこみ上げて来るものがあった。
「何をしに来た?」
海面コウモリを一掃し、険しい顔でシェルダンが尋ねた。
クリフォードらと自分との間に立つ。まるで何か敵から守ろうとするかのようだ。
「特命です。シオン殿下からの。素質に溢れ、現段階でも魔術師数人分の実力を持つであろう、ガードナー・ブロングを我らの仲間として、魔塔上層へ同行させます」
メイスンから告げられた言葉にガードナーは凍りついた。
「ふざけるな。ガードナーはうちの分隊員だ。まだ若い。そんな理不尽が」
シェルダンが珍しく感情をむき出しにして色をなした。
「まかり通ります。軍というのは、そういうものです。よく、ご存知でしょう?」
落ち着き払ってメイスンが言う。シェルダンとの対話はクリフォードとセニアも、メイスンに任せるつもりのようだ。
「てめぇ、どっちの味方だ。ついこないだまで、この、第7分隊にいた癖によ」
デレクも鉄球を構えたまま、前に出た。事と次第によっては手を出しかねない勢いである。
「デレク、ここは魔塔だ。他のみんなと、敵の方を頼む」
シェルダンが低い声で命じた。一応はメイスンらのことは味方だ、と伝えた格好でもある。
デレクが手を出せば第7分隊と魔塔の勇者とで戦いになりかねない。ガードナーもホッと一安心である。
「了解。人手が要るようなら遠慮なく呼んでくだせぇ」
物騒な声音で言い、デレクがハンターらに手振りで合図して海岸線へと向かう。
「話の方は俺がきっちりとつけておく」
どうやらシェルダンには、魔塔上層への自分の参加は反対されているのだ、とガードナーは気付いた。
(でも、俺、隊長)
悲鳴を上げたくなるのを抑えつつ、ガードナーは思う。
(お、俺、英雄の人たちと一緒に魔塔攻略、や、やってみたいんです)
ただ、口に出すべきことかどうか。ガードナー自身にも分からないのだが。




