230 メイスンの苦悩2
(やはり、偏った戦力での魔塔上層の攻略は難しいのか。歴史あるシェルダン殿の家柄からして3属性を用意していた、というのは正にそういうことだろう)
メイスンは流星縋の破壊力云々よりもそちらのほうが気になるのであった。
聖騎士からしてミラードラゴンという、神聖術の効かない相手も存在するのだから。聖騎士頼みであっても戦い抜くことは難しいということ。
(敵も生きていくために必死、とも言えるのだが)
まるで魔塔が意志を持つ、1つの生き物のようだ。そう考えるとゾッとする。
「シェルダン殿はともかくとして、本当は5人よりも、もっと人手が必要かもしれませんな」
あまり深くは考えていなそうな2人に対し、苦笑してメイスンは告げた。なまじ実力があるだけに深くは考えようともしないのだ。
ゴドヴァンの大剣が効果的な相手もいれば、ペイドランの飛刀が効果的な相手もいる。
(ペイドラン君本人は、無力感に苛まれていたようだが)
鋼骨竜はともかく、フォックスウィザードやラビットウィッチにはペイドランの飛刀が効果的だったという。相手を選ぶのではない。相性の問題なのだ、とメイスンは思う。
「でも、あそこは危ないから。闇雲に大勢で行っても犠牲が増えるだけではないかしら。瘴気だって濃いし。オーラをかけるだけでも力を使うのよ?」
案の定セニアが反対する。イリスやペイドランが死にかけたことを忘れられないのだ。
セニアらしい優しさでもあって、メイスンとしては咎められないところだった。
「今では私もおりますから。オーラをかけられる人数も2倍になった、ということです」
メイスンは笑顔のまま告げる。
セニアに続いて神聖術を扱える自分の利点は、まずオーラを使えるということだ。
自分にかけるだけが精一杯のシェルダンとは違う。5人ほどにはかけられる上、セニアに何かあった際には代わりに閃光矢などで、核を射抜くことも出来る。
戦術の幅、という側面で貢献できるはずだ。
ただ自分以外に、幅を広げられるだけの人材を見つけてくるのがそもそも容易ではない。
「私もいたずらに中途半端な戦力を増やしても、犠牲が増すだけ、という気がするな」
告げるクリフォードの言葉の端々からは、嫌味にならない程度の傲慢さを感じる。
自らは中途半端な戦力ではない、という自信があるのだ。
「おじ様、急にどうしたの?人手を増やしたいだなんて」
セニアが首を傾げて尋ねてくる。
「今までだって、5人とか6人で魔塔攻略をしてきたのよ、私たち」
セニアやクリフォードたちからすれば、4人ででも戦う気でいたのである。無理もない、感覚だった。
「水生の魔物が多く、炎魔術への耐性がある敵も今回は少なくないかもしれません」
ペイドランから受け取った資料の情報を頭において、メイスンは切り出した。ちらりとクリフォードの様子を窺う。
「いよいよ、次は私が役に立たぬかもしれぬ、ということか」
クリフォードが頷いて言った。自身が役に立たないと遠回しに言われても感情的にはならない。
「確かにそういうことも起こるだろう、と危惧はしていたけどね」
炎魔術に特化することで常人ならざる火力を手にしたクリフォードである。他に出来ることは少ないという冷静な認識もあるようだ。
「でも、その場合は、私やゴドヴァン殿も、それにおじ様だっているのよ?私たちが頑張れば」
確かにセニアの言うとおりではある。それぞれに得手不得手を補い合うのが当然だ。
「クリフォード殿下の魔術が効かぬとなれば、当然、現場では次善の策で全力を尽くすこととなりましょう」
どれだけ準備しても不測の事態はいくらでも起こりうる。
メイスンはセニアの方を向いた。
「ですが、だからといって準備を怠って良いことにはなりません」
自分としてもどこまで実現可能かは分からない準備である。ただ1つだけ心当たりがあるので言っていることではあった。元いた第7分隊の、黄色い頭のヘタレである。
「では、やはりシェルダン殿にも助けてもらわないとかしら」
先程からセニアもあながち間違ってはいないのである。
ただ、癖の強いシェルダンを従わせるのは容易ではない。
いざアテにしようとなると、メイスンはかつて縛られたセニアを置き去りにした前科を思い出してしまう。
「今更、シェルダンが心がわりするとは思えないよ、セニア殿」
クリフォードがお手上げだ、と両手を上げて言う。
「私に1人、手練の心当たりがあります。軽装歩兵だったころの私の同僚です」
メイスンは2人に切り出した。2人が目を向けて先を促す。期待というよりも興味津々、という顔だ
「シェルダン殿本人よりも、腕前は落ちますが、まだ若く素直な方ではないかと」
どうしても悲鳴を上げる姿が頭からこびりついて離れない。だが、放つサンダーボルトの威力は今も目に焼き付いている。
メイスンは首を横に振った。
「ほぅ、どんな?」
興味津々という顔でクリフォードが尋ねてくる。
「ガードナー・ブロングという男です。軽装歩兵でありながら、魔術を操れます」
メイスンは2人の反応を窺う。
セニアが訝しげだが、クリフォードがほうっ、という顔をする。
「ブロング家の人間か。現役でメイスンが認めるほどの人材があの家にまだいたのか」
思わぬ反応をクリフォードが示した。
「殿下、その方をご存知なのですか?」
セニアが驚いている。
「あぁ、ブロングというのは落ちた魔術の名家だよ。当代のデジュワン・ブロングからして、大した魔術師ではない。知識だけは一級品だが。悲しいかな。持って生まれた魔術が大したことはない」
厳しい顔でクリフォードが説明する。
ブロング家のことなど、メイスンもあまりよくは知らない。
「なるほど。歴代はともかく、ガードナーの方は大した雷魔術の遣い手でしたが」
ジュバの瘴気もたやすく消し飛ばすほど。ゲルングルン地方の魔塔第1階層でも、魔術が必要な場面では活躍していた。
「ただ、シェルダン殿の部下を、今もやっております。シオン殿下からの軍令をクリフォード殿下が頂くことは可能ですか?」
シェルダンが難色を示す気がする。
自費で雷魔術を習わせている、いわばシェルダンの秘蔵っ子なのだ。自分が抜けた今、デレクと並ぶ主力とシェルダンからは思われているだろう。
(だが、本人が嫌がりさえしなければ、シェルダン殿本人から引き離すことは可能だ)
悲鳴をあげるのは習慣のようなもので、その実、内面は責任感が強く、度胸もある、とメイスンは見ていた。怯えて足を止めても仲間を置いて逃げ出すことはしないのだ。
「可能だと思うよ。兄上はあくまでシェルダン本人への無理強いを禁じたんだから。部下を軍令で引き離さない、とは言っていない」
クリフォードが答えるも不安そうだ。
「でも、おじ様、頭ごなしに軍令で部下の人を取り上げたら、シェルダン殿は私達を恨むのではないかしら」
セニアが珍しく一見、真っ当なことを言う。
「やむを得ないでしょう。我々とて極力、万全の態勢で魔塔上層攻略に着手したいのですから。シェルダン殿が力不足で守りきれなかった若者を譲り受けることぐらいは」
メイスンは断言した。シェルダンも利己的な自身を省みる良い機会だろう。
「うーん、少し強引すぎる気もするが、確かに炎が効かないところに、強力な雷魔術があれば、とても心強い。水属性の相手には雷が有効だからね」
迷い迷いではあるが、クリフォードも頷いた。
「しかし、自分の参戦でゴドヴァン殿たちと揉めたばかりで、よくまた、そんな無理矢理なことをしようという気になれるね」
苦笑いしてクリフォードが告げた。
「なに、セニア様やクリフォード殿下の未来のためですから」
迷わずメイスンは言い切った。
すべての魔塔を攻略した英雄夫妻として歴史に名を残す。輝かしい経歴とともにドレシア帝国にて、聖騎士の家が復興するのだ。
自分が多少、人とぶつかるのは大したことではない、とメイスンは割り切ったのであった。




