23 第7分隊〜ハンター2
翌日も若手を相手に檄を飛ばし、訓練を引き締めるハンターの姿があった。ハンターに任せておけば訓練の方は問題がないだろう。
シェルダンは思い、執務室へと引き上げていた。幾らか事務仕事を片付けておきたい。
「隊長、ちょっと宜しいですか?」
執務室の外から、カディスが声をかけてきた。
「どうした?」
カティアへの届け物を頼んだときぐらいから、質問攻めもしてこなくなっていた。お互い適度な距離を取って、軍務に専念する日が続いている。
「ちょっと、内密のお話が」
カディスが言い淀む。
嫌な予感がする。また、カティアがどうの、という話だろうか。
シェルダンは手振りで入れと示した。
「あー、どういう話だ?」
執務室に入り、直立するカディスに尋ねた。つい、身構えてしまう。
「以前、頼まれた届け物の件ですが、あれは何だったのですか?」
カディスが単刀直入に尋ねてくる。
訊かれるかもしれないと思ってはいたが、今になって、とは思わなかった。
「戸を締めてくれ」
シェルダンは自然、険しい顔になってしまう。
カディスを通じ、カティアからセニアに渡してもらったのは、以前、リュッグの起案の結果通知と同時に届いたものだ。
「正直、頼んだときに訊かれなかったんで、あまり気にしていないかと思っていたんだが」
いくら何でも不躾に過ぎたのだろうか。
カティアが気分を害したのかもしれない。申し訳のない気持ちがこみ上げてくる。
「申し訳ありません。私も姉も隊長から姉への恋文かと思って、ひどく浮かれてしまい。どうにも結局、あれは何だったのかと、改めて知りたくなってしまい」
言いづらそうにカディスが言う。
「恋文っ?いや、あれは」
予想外の単語にシェルダンは動揺を隠せない。
「最初はもう、そうとしか思えない流れでしたので。封筒の色もそういう色でしたし」
話しぶりから察するに、知りたがっているのはカディスよりもカティアの方なのかもしれない。
カティア宛には手紙も添えているので、封筒も女性に送るような色合いのものにした。それが裏目に出て、誤解を招いたようだ。
「多分、違うのだろうと思いたいのですが。まさかセニア様への恋文を姉に届けさせたのかと。我々、勘繰ってしまい」
カディスがじとりとした視線を向けてくる。
「セニア様へ!?身分が違いすぎるだろうっ!俺はただの軽装歩兵だぞ」
なんとも畏れ多いことを言う部下に驚愕して、シェルダンは怒鳴った。
「それに、知らないのか?クリフォード殿下がセニア様に懸想しているという噂を」
どこに自分などの入る余地があるというのか。カディスどころかカティアからも誤解されているとは思わなかった。
「隊長らしい言葉を聞けて安心しました。ていうか後半はゴシップ誌の煽り記事じゃないですか」
呆れた顔でカディスが言う。視線を壁際の本棚に詰めたゴシップ誌に向けている。
「で、結局、恋文でなければ何だったんですか?」
シェルダンはカディスの問いにどう答えたものか悩む。
物が何か、というのはさほど重要ではない。問題はあれを渡してきた人物の方だからだ。
「他言無用で頼む」
シェルダンは低い声で切り出した。それでも広く知られて良いものでもない。
「姉には?」
カディスがすかさず尋ねてくる。
「いたずらに漏らすような人ではないだろう」
シェルダンの言葉にカディスが微妙な顔をした。
カティアとカディスの姉弟は信用できる。だから、物が何かを知られてもいい、ということだ。
「ええ、おそらく」
少し間をおいてカディスが頷いた。なぜだか意味有りげなのである。
「聖騎士に必要な、神聖術の教練書だ」
シェルダンは打ち明けた。
後代の聖騎士が、何らかの原因で先代から手解きを受けられなかったときのために書かれた教練書だ。自分でよく熟読し、理解しなければならないので、直接先代から教えを受けるよりも大変らしい。が、今のセニアには必要なものだろうとシェルダンは思っていた。
「はい?教練書、ですか?」
カディスにとっては意外な回答だったらしい。訊き返されてしまった。
「そうだ、聖騎士の人が神聖術を使えるようになるための手解き書、そのうちの1冊だ」
誰かに知られたとして、カディスやカティアに害が及ぶとも考えられない。聖騎士セニアぐらいにしか使い道のない代物だ。
シェルダンは丁寧に説明してやった。
「隊長」
カディスが深刻な顔をする。
次には入手先を、あるいはなぜそんなものをシェルダンが入手したのか、を訊きたいのだろう。が、そちらは教えられない。
「それを、姉への手紙には書いていただけましたか?」
予想もしていなかった質問が飛んできた。
「何?」
シェルダンは意表を突かれてしまった。
カディスの顔は真剣そのものである。
「ですから、この場で言える程度のことならば、姉への手紙に書き添えていただいても良かったのではないですか?」
カディスが淡々と追及してくる。
実はどうやってセニアに渡すべきかということ以外、頭になかっただけだ。
カティアへの手紙にはシェルダンからのものと明かさないよう頼んでもある。まだ、自分だと知られるわけにはいかなかった。
今もセニアからの追及がシェルダンに及んでいないので、カティアは秘密を守ってくれているのだろう。
そんな人だから、中身が何かを記載しても実際のところ、問題はなかったのだ。
「あー、いや、まぁ、確かにそうだな」
シェルダンは後ろめたさとともに頷いた。
「姉は泣いておりました」
しんみりとした口調でカディスが言う。姉への思いやりに溢れた口調からして、日頃からカティアとは、良好な関係にあるのだろう。
「すまん」
シェルダンはただ、謝るしかなかった。
「期待させられた上で落とされて。それはもう。自棄酒に付き合った私も大変でした」
表情を変えずにカディスが並べ立てている。
辛い思いをさせたならカティアにも申し訳がないと思う。いずれ身分が違うのだから、カティアは自分に見向きもしなくなるにせよ。いま、配慮を欠いて良い理由はないのだ。そして、あの優雅なカティアに自棄酒とは、自分はどれだけカティアを傷つけてしまったのか。
「それは、本当にすまなかった。気遣いが足りなかった。カティア殿にも」
頭を下げて、もう一度、シェルダンは謝罪した。
「で、あれば、私は姉との文通を提案致します」
カディスが、先までの咎めるのと同じ口調で言うので、一瞬、シェルダンは何を言っているのか分からなくなった。
「何?」
間の抜けた顔で訊き返す。
「ですから、私が取り次ぎますので。姉と文通をしてやっていただけますか?」
まさか断りませんよね、と視線だけでカディスが圧力をかけてくる。
話の流れからして断れるわけもない。
「あ、あぁ、すまない。分かった。手間を掛けさせる」
何か理屈がおかしいと思っても、シェルダンは了解せざるを得ない。
(おかしい。カティア殿程の女性相手の文通となれば、本来こちらから頼み込んで、させて頂くほどのことじゃないのか?なんで罰則として、させられる流れになっているんだ?)
そもそも身分違いを理由にあらゆることを断りそうだ、とカティアとカディスの姉弟に思われているからなのだが。知らずシェルダンは困惑して首を傾げる。
「いえ、取りあえず明日、また文書を受け取りに伺いますので、宜しくお願い致します」
上機嫌でカディスが退室した。軍務や作戦がうまくいったときと同じ上機嫌さである。
シェルダンは深くため息をつくのであった。