229 メイスンの苦悩1
ドレシア帝国第1皇子シオンにより、ガラク地方の魔塔攻略へ大号令が発せられた。今回は、魔塔攻略専属の軍となりつつある第3ブリッツ軍団に加えて、第4ギブラス軍団が加わる。
(魔塔付近の情勢は落ち着いているそうだが)
メイスンは戦地より送られてきた、シェルダンからの手紙に目を通していた。ルベントにあるクリフォードの離宮、自分のため、あてがわれた一室だ。少し分不相応に贅沢な部屋だった。
明日にはセニア、クリフォードらとともにガラク地方へと立つこととなる。
(魔塔上層は手つかずだろうから油断するな、と)
相変わらず自分やセニアが心配でならないらしい。
(それなら、あなたも加わってくれればいいのだ)
メイスンは苦笑いである。
シェルダンに付随する部下としての参加であれば、先日のような、ゴドヴァンらとの諍いも起きなかった。
あれから3日後にゴドヴァン、ルフィナからの連名で同行を認める、との手紙は届いている。クリフォードの話ではペイドランが一肌脱いでくれたらしい。
「別に、あなた達からの了解などなくとも、私はセニア様についていくのですがね」
思わずシェルダンから貰った名剣を腰に差して独り言を呟く。ようやく手にも馴染んできた、と思う。
自身の荷物はそう多くない。元からの支給品の片刃剣とシェルダンから貰った名剣。あとはペイドランからの引き継ぎを受けた必要物資のみである。ノートや懐中時計などだ。
ただ、セニアやクリフォードのために諸々の準備が必要だった。ここ何日かは荷造りで忙しくしている。
「おじ様」
夜半、夕食後にセニアが訪ってきた。
咎める必要もないのは、クリフォードも一緒だからだ。
セニアの意を汲んで、手を尽くしているクリフォードだが、その甲斐あってかセニアもまた信頼を寄せるようになっている。
「殿下、先日の口利き、誠にありがとうございました」
クリフォードを立てるため、メイスンはセニアの前で頭を下げた。
実際のところ、拒もうと拒まれなかろうと、最後は自分の意思で決める。魔塔入りしないなら何のために軍での生活を捨てたのかも分からなくなるから、勝手についていくつもりであった。
「殿下、私からもありがとうございます。おじ様とゴドヴァン殿にルフィナ様がいがみ合っているの、私も嫌ですから」
狙い通りにセニアが嬉しそうにクリフォードに告げる。
炎魔術以外はからきし、との自他の評価であるが、他の面でもセニアのこととなればよく頑張っている、とメイスンは思っていた。
「いや、いいんだよ。私もゴドヴァン殿にメイスン、前衛2人にいてもらえたほうが安心して炎を使えるからね」
同じくセニアからの言葉を無邪気に喜ぶクリフォード。
メイスンは年長者として微笑ましく二人を眺めていた。
(しかし、なぜ2人とも私のところへ?もしかして婚約でもして、それをセニア様の親代わりになりつつある私に報せるとでも?いや、しかし、親代わりなど恐れ多い)
メイスンは阿呆なことを考えながら2人を自室へと招き入れる。来客用と思しきソファに並んで腰掛けてもらった。家財も自分で集めたものではない。部屋をあてがわれたら一式、揃っていたのである。
「して、お二人でこのような時間にどうされましたか?」
メイスン自身は立ったまま尋ねる。あくまで自分の身分はセニアの使用人なのだ。
「いや、次の魔塔について、シェルダンあたりから君は何か聞いていないかな?昼の内にしたかった話だけど。忙しそうだったから」
クリフォードが遠慮がちに尋ねてくる。忙しかったのはクリフォードも同じだ。第1皇子シオンのもとでガラク地方の情勢についての報告を受けていたのだから。
「そのような。殿下もセニア様も私のような使用人に気を使わずとも」
恐れ多くなってメイスンは告げる。
確かにセニアやクリフォードの荷造りに馬車の手配、宿泊地の手配、などで自身も忙しくはあったのだが。
「でも、おじ様は執事のお仕事もあるから。私、そういえば何もしてないわ」
セニアがようやく領地や屋敷のことを思い出したようだ。一応、公的には侯爵という身分を持つのである。
「ここも、もう君のお家じゃないんだよ?」
苦笑してクリフォードも言う。お家、という言い方に茶化すような響きがある。
「もう、それぐらいは分かってます」
膨れ面をしてセニアも言う。そして笑った。
2人で笑い合う姿も絵になるのだ。
「シェルダン殿からは、ガラク地方の魔塔付近には水生の魔物が多いようだと手紙が届いております」
メイスンは答えた。さらにはペイドランから貰った資料集にも目を通している。
次に挑むガラク地方の魔塔。沿岸部に立つことと関係しているのかもしれない。魔塔内部には水生の魔物が多いだろう、という分析が書かれていた。
一方であくまでペイドラン向けの資料だったらしく、ゲルングルン地方については手厚くも、ガラル地方の魔塔への考察は比較的に薄かったように思う。ゲルングルン地方の魔塔攻略がなってから、またペイドランには続編を送るつもりだったのかもしれない。
(だが、そうなると戦力が足りないのではないか)
今までの魔塔2本では、聞く限り、特に止め役としてのクリフォードの働きが大きかったようだ。
水の魔物には炎魔術への耐性を持つものも多くいる。今までのようにはいかないのではないか。
「やはり、シェルダンの生存は有り難いな。あの2人が参加を切望するだけはあるね。実力も知識も判断力も申し分ない。君自身はどう思う?」
当のクリフォードが質問を向けてきた。
「え、あぁ、確かに鎖鎌の方は素晴らしい腕前でしたが。判断力も知識も申し分ない。ただ攻撃力に乏しい気が」
考え事から我に返り、一呼吸ほど遅れてメイスンは答えた。
シェルダンに限らず自分もペイドランも元は軽装歩兵なのである。重装備で動きが鈍くなるのを避けたいから、武器も軽いものを選びがちだ。
「流星縋という武器もシェルダン殿は使うのよ。おじ様も聞いてたじゃない。最古の魔塔のお話。実際に私と殿下も見たの。すごい威力だったわ」
セニアが口を挟んできた。
確かに最古の魔塔について昔語りで、流星縋という武器の話もしていた。直接見たわけではないから、メイスンは鎖鎌と同程度の武器と思っていたのだ。
クリフォードも頷く。
「あれは、かなり良い魔石を使っていたね。魔力を流して属性攻撃も出来る代物だった。確かにすごい破壊力だったね」
ただ扱いが難しそうな武器だ。扱えるのは、鎖鎌も自在に扱える、ビーズリー家の人間くらいなのだろう。
メイスンはともに戦っていて、よく自分や味方に鎖分銅をぶつけないものだ、と感心していたくらいだ。
「それほどでしたか」
興味を惹かれてメイスンは尋ねる。
ただ、ゲルングルン地方では使っていない武器だった。変なところで秘密主義者だったから、魔塔上層以外では使わないこととしていたのだろう。
「あぁ、単独で階層主も倒していたしね。炎、雷、氷の3属性を使い分けていたよ」
クリフォードが簡潔明瞭に説明してくれる。戦闘などの荒事のほうが、端正な見た目によらず好きなのだろう。
同じく荒事のほうが好きな侯爵令嬢も頷いている。
「状況次第で、私達より強かったかもしれないわ」
セニアが手放しでシェルダンの流星縋を称賛する。
つくづく絵になる見た目の2人であった。
ただ、メイスンの頭は別のことを考え始めていた。




