227 ペイドランへのとばっちり
困ったら兄を頼る。昔からクリフォードは変わらない。
悪いとも思っていなかった。しくじるよりは遥かに良いし、兄が困ったら自分も助けるつもりでいるからだ。セニアのことさえなければ、一生、揉めるはずのない相手だった。
「で、メイスンと揉めたから私にゴドヴァンとルフィナを説得しろ、というのか?」
呆れたようにシオンが言う。
ルベントにある兄の離宮、その執務室だ。従者のペイドランも、護衛長にして金髪の偉丈夫パターソンも室内にいる。
傍らに立つペイドランが居心地悪そうに身動ぎした。かつ少し申し訳なさそうでもある。メイスンに面倒ごとを押し付けた、という思いがあるのかもしれない。あるいは、揉めているのが、自身にとって親代わりの2人だから、というせいなのか。
「そもそも、私ではなぜ、あの2人がああもメイスンに噛みつくのかも分からないのです」
クリフォードは素直に白状し、覚えている限りのやり取りをシオンに伝えた。
昔のようにシオンが頷きながら考えてくれる。
「なんか2人とも子供みたい」
ボソッとペイドランが呟く。一瞬、聞き咎めそうになる。
だが、まさか自分とシオンのことを指しているのではないだろう。おそらくゴドヴァンとルフィナのことのはずだ。
「まぁ、2人の気持ちも分からんではない。2人とも、要は私がシェルダンの同行を止めたことが不服なのだろう」
シオンが腕組みして言う。
確かに『ペイドランとイリスのことは諦めた、仕方ない』と言っていたのをクリフォードは思い出す。
一方でシェルダンのことは意識してかしないでか言及していない。シオンの言うとおり、まだ諦めていないのだ。
「うまくすれば、メイスンではなく、シェルダンを同行させられる、とあの2人は本気でそう思っているんでしょうか?」
クリフォードはその場にいなかった兄に尋ねる。
(私ですらシェルダンの参加は難しいと分かるが)
ペイドランを自身の従者とするために、シェルダンへとシオンが口利きを頼んだ経緯がある。今更、シェルダンに要請したところでペイドランが従者を辞める、とはならないだろうが。
(それでも、兄上はそういう不義理を嫌うからな)
怖い、鋭い、細いと三拍子揃ったシオンだが昔から約束事には律儀だった。シェルダン自身から行く、と言ってもらえない限り実現しないだろう。
「そこまで、はっきりとは考えていないのかもしれん。だが、メイスンを連れて行く、ということには抵抗を感じてしまうのだろうな。ヤツは仲間ではない、そんなのを連れていけばシェルダンが、来るはずの者も来なくなる、と。私が又聞きする限りでは、そんな印象だな」
困り顔でシオンも言う。
クリフォードもシェルダンの心強さ、安定感はよく分かっている。だが、メイスンを最初から否定するつもりもない。
(セニア殿のことで、穏やかでない部分もあるが)
先のゴドヴァンとの諍いでも、セニアにしてほしかった動きをメイスンの方が尽く出来ているのである。一緒に戦うとなれば、シェルダンとは違う心強さがある、と思えた。
「でも、隊長、クセ強いし、変わってるし。扱いづらいですよ。やる気出してくれるメイスンさんのほうが、よっぽど良いと思うけど」
ペイドランが他人事のように言う。
イリスとさぞや楽しい新婚生活を送っているのだろう。クリフォードは恨めしくなった。心なしか顔色も明るいように見える。
「あの3人の絆は余人には覗い知れぬものがある。理屈ではないのかもしれないな」
シオンが穏やかにペイドランに告げる。
最古の魔塔という、苛烈な環境を上がった仲だ。ここまで2本の魔塔を上がってきたクリフォードにすら想像はつかない。
「アスロック王国の聖騎士であった故レナート殿は、急場でありながら、あの3人をまとめて最上階までは行ってきたのだから、大した人物だったのだろう、と私も思うほどだ」
確かにシェルダンの口からもセニアへの厳しく素っ気ない言動が目立つものの、ゴドヴァンやルフィナに対しては嫌っている様子もなかった。むしろ仕方がないか、とため息をついては苦笑していた印象が強い。
(ゴドヴァン殿とルフィナ殿も、あの死んだふりにすら腹も立てずに笑っていたぐらいだものな)
考えていると、シェルダンとメイスン、どちらに上がってもらうべきなのか、クリフォードにも分からなくなってきた。
「どうしたらいいのでしょうか」
困り果ててクリフォードは言う。
シオンがペイドランの方を向いた。
「ペイドラン、君が話して来なさい。クリフォード、お前も付き添いだ」
穏やかな口調でシオンがペイドランに命じた。なぜかペイドランに優しく、自分には厳しい口調だ。
「え!俺ですか?しかも俺が付き添いじゃなくて?」
本人にとっても予想外の依頼だったらしく、戸惑いもあらわにペイドランがシオンとクリフォードとを見比べる。
(君、完全に他人事だと思っていたね?)
クリフォードもペイドランにとばっちりがいくとは、思っていなかったが。戸惑いぶりが素直で可愛いので良しとした。
「本来、あの2人を納得させるなら、シェルダン本人が一番良いのだが。君もあの2人との因縁は浅くない。君からでも納得はするだろう」
涼しい顔でシオンが言い放つ。
主からの突然の無茶な要請にペイドランが目を白黒させていた。
(やはりペイドランの反応は面白いな)
愛嬌ある反応を見て、改めてこの少年を従者に取られたことをクリフォードは恨めしく思う。
「でも、なんであの2人とメイスンさんとのことに俺が」
ペイドランが困り顔で言う。嫌がっているというより理解が追いつかないという様子だ。
「君は、メイスンには愛妻イリス嬢を助けてもらった恩義があるではないか。あの恩を返すと思いなさい」
シオンに言われると、ペイドランが重々しく頷いた。イリスのことを出されればペイドランの不満はすべて氷解するとシオンには分かっているのだ。
「それに、君を従者にとどめるのにも、メイスンに上がってもらうほうがやりやすい。かといって、たった4人で弟に魔塔上層攻略という賭けに近い冒険をさせたくない。雇い主として私からも頼みたい」
理路整然とシオンが並べる。
ペイドランも納得はしたようだ。だがまだ困った顔をしている。
「でも、俺、そういう、喋って人を納得させて、とか器用なこと出来ないです」
確かに口の上手いペイドランというのは、クリフォードにも想像できなかった。
「なに、君とイリス嬢の、熱々の新婚生活を話してやれば、親代わりを自負する2人だ。微笑ましくなって、些細な意地を張ることはしなくなるだろう」
はっは、と笑ってシオンが言い放つ。
一見、魔塔やメイスンとはまったく関係のない話題に思えるのだが。
ペイドランも同感なのか、憮然とした顔だ。
「また、からかうの、ひどいです。でも、確かに御二人とはたまにはお話したいし、メイスンさんに恩返し出来るなら頑張ります」
ペイドランがシオンの執務室を後にしようとする。
慌ててクリフォードもついていこうとして、前触れなく扉の前で立ち止まったペイドランの背中にぶつかりそうになった。
「あ、パターソンさんは駄目です。ちゃんと殿下を俺がいない間、守っててくださいね」
なぜか持ち場を離れようとしたパターソンにしっかり釘を刺してから、ペイドランが部屋を出た。見なくても他人の動きを察せられるあたりは、やはりペイドランなのである。
クリフォードも後に続く。
「頑張らなくていいから、いかに熱々かをよく話してやりなさい」
シオンのよく分からない助言が後ろから飛んでくるのであった。




