225 聖騎士の執事メイスンと騎士団長ゴドヴァン2
「あの、お二人ともなぜですか?どうして、おじ様にだけ、そんな」
父である聖騎士レナートとも共闘したゴドヴァンとルフィナ。セニアにとっても兄と姉のような2人だった。先の2本の魔塔攻略でも何度も助けてもらって、助言も励ましもしてもらったのだ。
親戚の優しいメイスンを一方的に否定する姿が悲しい。
「私からも、伺っても?ゴドヴァン騎士団長に、ルフィナ院長?」
冷静な口調でメイスンが問う。実に落ち着き払っていて、大柄なゴドヴァン相手にも一歩も引いていない。
「俺らは、お前のことは、ただの生意気な野郎だとしか知らねぇ。シェルダンやペイドランのことは認めてたから、何も言わなかったがな。お前は別だ」
メイスンを見据えてゴドヴァンが言う。今にも大剣を抜いて振り回しそうな雰囲気だ。
セニアの前では、無骨ながら温厚で優しかったゴドヴァン。なまじ見上げるばかりの巨漢である分、今は横から見ているだけのセニアですら怖かった。
「そのシェルダン殿が私に、セニア様を助けよ、と手引きしたので、私はここにいるのですが?」
メイスンもいつになく冷ややかで怖い。抜身の剣のような鋭さを漂わせている。
「ちょっと、シェルダンは部下に甘いんじゃなくて?」
ルフィナが口を挟んだ。こちらも、今までセニアには見せてこなかった冷笑を浮かべている。武芸の達人でもないのに、メイスンの闘気にもまるで動じない。
「あの子もまったく間違わないわけじゃないから。あなたを推薦したのも、それかもね。私、治せないような怪我する人とは、魔塔へ上りたくないわ」
メイスンでは即死する、とルフィナが仄めかした。
ゴドヴァンとルフィナ、2人がかりでメイスン1人を拒んでいる格好だ。
「頭から信用せず、拒もうとは随分と理不尽ですな。知り合いとしか共闘しないとでも?」
メイスンもメイスンで正面から2人に挑みかかるような言い草だ。
(どうにかしてください)
セニアはクリフォードに助けを求めて、視線を送るも首を横に振られてしまう。燃やすこと以外では本当に役立たずなのだ。
「魔塔の戦い、過酷よ。信頼できない相手とでは、こっちも危険なの。それぐらい、自分で分からないものかしら?」
呆れた、とばかりに肩をすくめてルフィナが言う。
ゴドヴァンとも意味有りげに笑みを交わし合った。メイスンが拒まれているのでなければ、仲睦まじい光景だ。
「私はシェルダン殿やペイドラン君と同じく、元は軽装歩兵でした。偵察でも実戦でも、2人に劣らぬ働きをしてみせますよ」
メイスンが力強く断言する。
「口だけでならなんとでも言えらぁ」
ゴドヴァンが吐き捨てるように言う。
「そうね、あの二人の仕事ぶりを知らないから、言えるのよね、そんな、いい加減なこと」
ルフィナも相槌を打つ。
やはり2人とも息ぴったりだ。取り付く島もない、とはまさにこのことである。
「では、どうしたら」
言いかけたメイスンが後ろへ大きく飛び退いた。
さらに腰に指した片刃剣を抜き放つ。
ゴドヴァンの大剣が練兵場の地面を叩いていた。
「ゴドヴァン殿っ!」
咎めるようにクリフォードが叫ぶ。
「いくらなんでも、ただの執事相手にやり過ぎです」
さらに険しい顔でクリフォードがゴドヴァンをたしなめる。言葉のやり取りよりもクリフォードとしても、荒事のほうが話しやすそうなのは気になってしまう。
(本当に、殿下ったら)
メイスンもメイスンとて、ただの執事ではないわけだが。止めようとしてくれるのは有り難い。
「デケェ口叩いたんだ。俺に勝つぐらいしてみせろ」
ゴドヴァンが風車のように大剣を振り回す。
メイスンが両手で片刃剣を持ち、大剣をかいくぐって斬りかかろうとする。
なぜだかニタァッとこちらも実に良い笑顔を浮かべていた。
「グダクダ言われるよりよっぽど良いですな。私もこっちのほうが分かりやすくていい」
メイスンが鋭い斬撃を下から切り上げる形で放つ。
ゴドヴァンが後ろへ下がって避ける。
「ですが、怪我しても恨まないように願います」
メイスンが懐に入るような形で斬撃を連続して放つ。
巨体に似合わぬ俊敏な動きでゴドヴァンも避けていた。
「あぁっ、ゴドヴァンさん、多少の怪我なら、そんな男でも治すから、遠慮なく真っ二つに斬って!」
いつの間にか隣に来てルフィナが叫ぶ。そして、熱心にゴドヴァンを応援し始める。とんでもないことを言う治癒術師だ。
「お前の大事な魔力を、こんな奴に使わせてたまるかっ!傷も負わせずに勝ってやる!」
今度はうまく間合いを取って、ゴドヴァンがメイスンに対して斬撃を畳み掛けるように繰り出していく。
「あぁっ、ゴドヴァンさんっ!」
切ない叫びを漏らすルフィナ。相手がメイスンでなく魔塔の魔物であったなら、セニアも助けるなりしていたかもしれない。
「ルフィナ様、お願いだから止めてください」
セニアは懇願する。いつもならば、自分の言うことをすんなり聞いてくれるのだが。
「あら、大口叩くのだもの。相応の実力ぐらい、見せてほしいものだわ」
ルフィナが真顔で言う。すぐにまた、心配そうにゴドヴァンの応援を再開する。
「ゴドヴァン殿とあれだけやり合えるんだから、十分と私は思うが」
呆れ顔でクリフォードが口を挟む。
「ややもすれば、シェルダンやペイドランより、あれはあれで凄くは無いですか。あの二人がゴドヴァン殿とまともにやり合えるとは、思えません」
確かにクリフォードの言うとおりだ。珍しく適切なことを口にしてくれる。
セニアはコクコク頷いてルフィナの方を向く。
「あの2人ならそういう無謀なことをしないのが、味方として魅力なの。大口叩いて戦うのなら、ゴドヴァンさんに勝たないと不合格なのよ」
ルフィナが分かるような分からないようなことを言う。
激しく切り結ぶゴドヴァンとメイスン。このままでは、どちらかが大怪我をしてしまう。
まともに鍔迫り合いをすると、負けてしまうという判断なのか、メイスンのほうは斬撃を上手くかわして、斬り込んでいく、ということを繰り返している。
一方、ゴドヴァンの方は細かい突きや斬撃を交えつつ、時折、致命傷を狙って強振していた。
ともに互角の戦いだ。
「ちぃっ」
メイスンが大きく後ろに飛び退いて、距離をとる。
ゴドヴァンも大剣を構え直した。
(すごい、2人ともあれだけ激しく切り結んで、息が乱れてないわ)
セニアはつい感心してしまう。
聖剣をちらりと見おろす。かつて、聖剣を巡ってゴドヴァンと戦ったときには、手もなくひねられてしまった。その後も稽古をつけてもらっていたが、メイスンほどには戦えていない。
(でも、まったく意味無いから、もう止めてほしいわ)
セニアはゴドヴァンに声援を飛ばすルフィナを無視して、2人を制止しようと思った。
「やるじゃねぇか。しぶといな」
ゴドヴァンがついに認めるようなことを口にした。
「そちらこそ、肩書きだけかと思っていましたよ」
メイスンも相槌を打った。
(きっと、これは戦ったことで認め合うってことよね)
セニアはホッと胸をなでおろす。2人とも未だ剣を構えたままだというのに。
「じゃあ、こっから本気でやってやるよ」
ゴドヴァンの巨体からゾクリとするような殺気が漏れ出してきた。
「それはこちらも同じだ。手並みを見せてやりましょう」
同じくメイスンも返した。
この2人にとっては、先の激しい切り合いは序の口でしかなかったようだ。
「ゴドヴァンさん、頑張って!」
セニアの気も知らず、隣ではルフィナが応援を続けるのであった。




