224 聖騎士の執事メイスンと騎士団長ゴドヴァン1
クリフォードのルベントにある離宮。裏側にある練兵場にて。
「くうっ」
セニアは視界が揺らぐに任せて、膝から崩れ落ちた。
もう、今日一日だけで何百発の光集束を放っただろうか。まだ昼過ぎくらいの時間だ。日は高い。まだ頑張る時間は十分にある。
「セニア様っ」
メイスンが駆け寄って助け起こしてくれる。どこまでも優しくしてくれるので、安心して無理をすることが出来るのだ。
(ちょっと甘いけど)
さすがに思いつつも、内心でセニアは感謝する。クリフォードに抱くのとは違う、温かな感情が自分の胸のうちにあることを、セニアは、はっきりと自覚していた。
「大丈夫です。それよりも、おじ様」
セニアは光集束を向けた大木に目を向けて言う。
幹のど真ん中に、人の頭ほどもある大穴が空いていた。後ろにある木にまで貫通して向こう側が見える。
「ええ、見事な光集束でした」
手放しでメイスンが褒めてくれる。
自分に対しては甘々なので、メイスンの褒め言葉は真剣になると当てにならないのだ、と最近になって分かった。が、目の前には大穴の空いた巨木があるのだ。成長した、という物的証拠であり、手応えを実感できる。
「まったく、一応、その木も私の所有物なんだけどね」
クリフォードが姿を見せて告げる。金縁の施された赤いローブを身に纏っていた。領地の視察に回っていたらしい。
苦笑いをしている背後にはゴドヴァンとルフィナの姿もある。仲睦まじげにゴドヴァンがルフィナの腰に手を回し、ルフィナもまたいとおしげに見上げていた。
(お二人とも何かあったのかしら?いつにも増して、熱々だわ。肩とか、ピッタリくっついてるもの)
セニアはつい無遠慮にも2人をまじまじと眺めてしまう。
放っておけば、そのまま口づけをしてしまいそうな雰囲気だ。
「セニア様、あまり視線を露骨に向けるのは失礼ですよ」
メイスンが顔を寄せて耳打ちしてくる。
慌ててセニアはクリフォードへと視線を移した。温かく向けられる視線が今度はくすぐったくなって、視線を落としてしまう。
「す、すいません、つい」
木の穴とクリフォードのローブから覗くズボンとを見比べて、セニアは謝罪した。ひと呼吸おいてから顔を上げる。
「いや、いいんだ。君のためになるなら。見事な光集束だったよ」
温和な笑顔を見せて、クリフォードが労ってくれる。
撃ったときに、上へと射線を逸したからクリフォードたちにも先程の光集束が見えたようだ。
端正な顔に正面から見つめられて、セニアはドギマギしてしまう。
(あら、おかしいわ、私。今までだって、クリフォード殿下には近寄られたり、いろいろ言われたり、してたのに)
自身のおかしな状態にセニアは戸惑ってもいた。
隣に立つメイスンが何やら満足げに頷いている。なんだというのか。
「セニアちゃんも順調に腕を上げてるし、ガラク地方の鎮圧も順調だからよ」
ルフィナの腰に手を回したままゴドヴァンが口を開いた。ルフィナも微笑んだまま頷く。
「いよいよ次の魔塔を?」
セニアはクリフォードからの視線を振り払うように前へ一歩出た。
「あぁ、その話をしようってんで、クリフォード殿下に直接呼び出されたんだ」
屈託なく笑ってゴドヴァンが言う。
自分が腑抜けたせいで、バラバラになりかけた前回と違い、今回は本当に順調だ。先んじてシェルダンと話をつけ、喝を入れてもらった甲斐もあるというもの。
(これもシェルダン殿を呼び出してくれたから、おじ様、ありがとう)
セニアはメイスンに感謝した。
「今回はゴドヴァンさんと、私、セニアさんに殿下の4人しかいないから、厳しい戦いになるわよ」
顔は微笑んだままなのに、ルフィナから受ける印象が変わった。どこか感情の奥底の方で金属を思わせるような、硬さと冷たさをセニアは感じる。
ただ、たしかに4人での魔塔上層の攻略は初めてだ。
(でも、私はもう、イリスとかペイドラン君、シェルダン殿には甘えないって決めたの)
セニアは決意新たに仲間たちを見渡した。
「シェルダンはともかく、ペイドランにはもう、シオン殿下の側についてて貰わないとだからな」
言い訳するようにゴドヴァンが言う。
セニアも賛成のつもりで頷いた。
「いま、広大化したドレシア帝国の、新たな領土を統治出来るのは兄上しかいない。父上はもう年齢がいっているからね。つまり、兄上を暗殺されでもしたら、それだけでこの国は傾くこととなる」
さらにあとを引き取ってクリフォードが言う。
まるで他人事のような口調だ。いざというときには、自ら国の舵取りをしよう、という気持ちは皆無らしい。
(殿下らしいといえばそれまでだけど)
指摘したところで『私は燃やすこと以外駄目なんだ』と返されるだけだろう。
「勘の鋭いペイドランなら、暗殺を未然に察知して防ぐことにも向いていると思う」
セニアの気を知ってか知らないでか、クリフォードが微笑んで言う。
クリフォードに言われた事情がなくとも、セニアも今となってはペイドランとイリスを、魔塔に連れて行くつもりなどない。
2人には先の魔塔で無理をさせた。自分が、傷つくあの2人の姿を見ることに、おそらくもう耐えられない。
(それにシオン殿下が亡くなったら確かに大変だわ)
ドレシア帝国が魔塔どころではなくなる上、今、周りにいる人々の暮らしもどうなるのか。
(皆が不安になったら、きっとまた、新しい魔塔も)
思い至って、セニアはゾッとする。
「さて、その2人に、シェルダン殿がいないとしても、私がおります。5人ではありませんか?」
何食わぬ顔でメイスンが話に割って入る。
一瞬、ゴドヴァンが信じられないほどに険しい視線をメイスンに向けた。ルフィナの視線も冷ややかだ。
「そうだわ、おじ様、今回からはおじ様もいてくれます。5人です」
嬉しくなって、セニアも言い、皆の顔を見回した。ペイドラン達はともかく、自分より強いぐらいのメイスンの存在は心強い。
だが、全員、微妙な顔で見返してくるばかりだ。
「あの、何か?」
さすがのセニアも微妙な雰囲気を感じ取って、首を傾げた。
ゴドヴァンがため息をつく。
「そいつは要らねぇ」
端的にゴドヴァンが言う。
あまりの言い方に、セニアはかえって動揺のあまり、咄嗟には何も言い返せなかった。固まってしまう。
ルフィナも頷いた。
「私も反対よ」
2人とも思ってもみなかったことを、予想外に強く言うので、すっかりセニアは混乱してしまう。
「え、そんな、2人とも、どうしてですか?」
セニアはゴドヴァン、ルフィナへ交互に視線を送る。
2人とも別人であるかのように、メイスンを冷ややかに睨んでいた。すぐには答えてくれない。視線で圧力をかけて、メイスン自身が思いとどまるように仕向けている。
「殿下も、おじ様の参戦には反対なんですか?」
縋るような気持ちでセニアはクリフォードにも話の水を向けた。
クリフォードが首を横に振る。だが、反対とも違うようだ。
「メイスンが参戦したいということも、お二人が反対であることも初耳だよ」
つまり、まったく当てにならないということだ。
「まったく、本当に生意気な野郎だ」
メイスンと睨み合ったまま、ゴドヴァンが口を開く。
「そちらが睨むからでしょう?」
涼しい口調でメイスンも返す。
頼みのルフィナもメイスンに対しては冷たくて取り付く島もない。
セニアはすっかり困り果ててしまうのであった。




