222 聖騎士セニアの変化2
「メイスン様、セニア様が来てほしいそうです」
遠慮がちに言うのはシエラの声だ。
いつぞやのように向こうが来るのではなく、自分に対して来い、だという。
(それでもどうかと私は思うが)
メイスンは無防備な主からの要請に困ってしまう。
クリフォードの離宮とて、口さがない他人の目はいくらでも有るのだ。夜の訪問は妙な勘繰りを招きかねない。
「神聖術のことでって」
もう、夜も遅い時間だというのに、まだ根を詰めているらしい。シエラも寝るように促してはいると思うのだが。睡眠を削ってしまうなど、身体にとっても思考にとっても害悪でしかない。
メイスンは深くため息をついた。
(たしなめるにせよ、神聖術の話をするにせよ。私が行かないと、セニア様が寝てくれない、ということか)
シエラの苦悩が目に浮かぶようで、メイスンは仕方なく立ち上がった。
「分かった、今、行く」
机の上を片付けてから部屋を出た。なんであれ、出しっぱなしにしておけない性分なのだ。
「すいません、私がちゃんと出来なくて」
シエラがひどく落ち込んだ顔をする。
言われてみればセニアよりもさらに5歳ほども年下なのだ。いざ言い張られてしまうと、真面目な話題では勝てないのだろう。かつて従者をしていたイリスなどであれば、もっと歳が近く遠慮もない。
「真面目に頑張りだすと、それはそれで大変な人なのだな」
苦笑してメイスンはシエラを慰めた。
よくやってくれている方だ、と個人としては思う。ルベント滞在中であるが恋人のリュッグとも、しっかり会えているような印象もない。遊ぶ間もないのだ。
(遠距離恋愛だから、もっと、会いたいだろうに)
気の毒に思っていたが、途中で当のシエラが姿を消した。どこかで、なにか手伝いでも頼まれたのかもしれない。時折、目にする光景ではあった。
深くは考えずに、メイスンはセニアの部屋に至り、ドアをノックする。
「入ってください」
了解を得てドアを開けると、座っていたセニアが嬉しそうに顔を上げた。やはり机に向かって教練書を熟読し、根を詰めていたのだ。ただし、身につけているのは薄い紫の夜着のみ。
「おじ様、私、書見をしていて、気付いたんです」
薄着のセニアが立ち上がり、立ち尽くすメイスンに接近した。
目のやりどころに困ってメイスンは視線を逸らす。
「な、何を気付かれたのです?」
たしなめるより先に、相手の話題にメイスンは乗ってしまった。
「私、最近、瞑想を怠けていたんです。しっかり気を落ち着けないと、特に光集束は駄目なんですって。でも、私は、もともと落ち着きないから。精神集中するには瞑想が一番だというのに。がむしゃらに光集束を撃ってばかりでも、駄目だったんです」
言っていることは至極正しい。ただ、結局は落ち着きのなさがこの上ない形で表に出ている。
(あなたはご自身が年頃にして、妙齢のご令嬢だと早く思い出すべきです)
メイスンの祈りも虚しく、セニアがメイスンの手を握る。
「いつも、訓練に付き合ってくださるおじ様に、お知らせしたくて。こんな時間にも来てくれてありがとうございます」
ブンブンと力任せに腕を振るセニア。
(呼び出しておいて、『来てくれてありがとう』、もないでしょう)
跳ね除けるわけにもいかず、そもそもセニアのほうが単純な腕力は上だ。メイスンは少しでも神聖術が落ち着いたなら、次は貴族令嬢としての嗜みを身に着けさせようと決意した。
(だが、当座のこの危機をどうする)
柔らかな手の感触と温かさに固まりつつメイスンは悩む。
「そうだね、たまには止まってみることも大事だよ、セニア殿」
クリフォードが部屋の入口に立っていた。悠然と微笑む赤髪の第2皇子の傍らにはシエラも控えている。少々きまり悪そうな表情だ。どうやらメイスンの危機を予期して応援を手配してくれていたらしい。
「ク、クリフォード殿下、そんな、いま、わ、わたし、こんな恰好なのに。は、恥ずかしいです」
ひどく赤面してセニアが言う。あわてて自分から手を離し、もじもじと恥じらい始めた。
「こ、こんな格好のときに、いらっしゃるなんて、助平です。破廉恥です」
更にクリフォードを詰るセニア。
自身も迂闊だったとはいえ、自分を呼び出したことは何だったのか、とメイスンは指摘してやりたくなった。
「メイスンのことは良いのかな?」
案の定、クリフォードからも尋ねられている。
セニアがたじろいで、気まずそうに自分の顔を見上げた。
「え、それは、だって、おじ様は、おじ様だから、親戚ですし」
おかしな言い訳をして、セニアが口ごもった。
穴だらけの言い訳にクリフォードが苦笑する。
「まぁ、どの道、私は眼福だから良いのだけどね」
遠慮なく夜着姿のセニアを上から下までまじまじと眺めるクリフォード。
「いい加減にしてくださいっ!」
ドスッという低い音を立てて、セニアがクリフォードの腹に拳の一撃を加えた。メイスンの目ですら動きを追うのがやっとだ。
「ぐぅぅぅっ」
冗談とは思えない苦悶の声とともにクリフォードが腹を押さえてうずくまる。
「あ、殿下、申し訳ありません。つい、助平だから」
しばしの沈黙の後にセニアが謝罪した。さらにシエラから受け取った上着を羽織っている。助平であれば殴られるのは仕方がないらしい。
メイスンはクリフォードを助け起こして、椅子に座らせた。
「ほ、本当は私も話がしたくてね。悪かったとは思うが」
セニアからじとりとした視線を向けられるクリフォード。
「いや、本当だ。本当にすまないと」
あわてて更に言い訳を重ねている。
(そもそもセニア様があのような格好で私を呼び出したせいかと思うのですが)
メイスンはクリフォードを内心で弁護した。
挙げ句、腹に重たい拳の一撃を見舞われたのではたまらないだろう。
「本題を、はやく仰ってください」
素っ気なくセニアが言う。一撃を加えたことはもう気にしないこととしたらしい。
「今は光集束に励んでいるようだけど」
クリフォードが切り出した。
「例えば組む相手や、戦う敵によって注力する術も変わるのだろう?光集束にばかり、気持ちが行き過ぎるのも、どうかと思ってね」
思わぬ真面目な話にセニアが居心地悪そうに身じろいだ。
「その、具体的には?」
興味は引かれるようで、セニアが先を促す。
「私の魔術を活かすのに、千光縛で敵を縛り上げてくれるのは本当に助かる。この前の魔塔では、特に助かった」
メイスンの知らないところで、そんなことがあったらしい。セニアとクリフォードも、2本もの魔塔で共闘を重ねてきてはいるのであった。
「でも、殿下、以前は回復光がどうのって」
セニアが戸惑い顔で言う。
これまた自分の知らない話だ。つくづく自分の知らないところで、2人が距離を縮めてきたのだと実感できて、メイスンにとっては嬉しい。
「あれは間違いだったね。千光縛の有用性が忘れられない」
しれっとクリフォードが即答する。
セニアが頬をふくらませた。
「そのお話だと、今度は千光縛より光集束が良かったなんて、すぐに心変わりもありそうですね」
全く持って正しい理屈がセニアの口からついて出る。
「そうだね」
すぐに認めるクリフォードとセニアが顔を見合わせて、そして笑い合った。
「この間のシェルダン殿からの昔語りではミラードラゴンという神聖術の効かない魔物もいたそうです。逆もあるかもしれません」
セニアが真面目な顔で言う。
「私の炎が効かない敵もあらわれるやもしれぬと?」
クリフォードも微笑んで返す。
「その場合は殿下が敵の動きを止められますか?」
期せずして作戦会議のようになってしまった。
二人共良い雰囲気であり、メイスンは一歩下がる。
「ファイアウォールという炎の壁を作れる。それで足止めを図ろう」
楽しげに戦術の話を夜更けまで続ける2人をメイスンは微笑ましく眺めるのであった。




