219 第三次第7分隊〜副官ハンター3
シェルダンと少し離れて、ハンス、ロウエンらの方に向かう。ちょうどガードナーをからかって歓談しているところだった。
「ひえええ」
悲鳴を上げるガードナーを見て、デレクは辟易する。これではいつまでも関係が構築出来ない。
「デレクさん、どうしたんですか?また夜営中に訓練しろって?」
ハンスが苦笑して尋ねてくる。嫌がっているのが見え透いているので、いつか修正してやろうとは思った。一応、自分のほうが年長で軍歴も長いのだ。
「次の戦地は、カニが出るってよ。デカくて硬いらしい」
端的にデレクは告げた。名前も言われていたが出て来ない。
「手強いってことですか?」
焚火に目を向けたままロウエンが尋ねてくる。
長身も、長い手足も羨ましい。口に出して言いたいのをデレクは堪えた。こういうとき、素直に聞いてくれたり、訓練もこなしてくれたりするのがロウエンだからだ。
「おぅ、あと、サーペントの泳ぐのも出るとかなんとか、隊長が言ってたな。水から襲われるかもってことらしいぜ」
さらにデレクは告げる。憶えているのはこれぐらいであった。一応、ハンターの言いつけどおりにしている格好だ。別に手間としては大したことではない。
「なんだ、デレクさんが詳しいんで意外だ、なんて思ってたら隊長の入れ知恵か」
声を上げてハンスが笑う。
さすがに失礼過ぎる。デレクは頭を小突いてやった。知恵が入るだけ良いではないかと思う。
「いてぇ、すいませんっ」
ハンスの謝罪には愛敬がある。憎めない男なのだった。ガードナーまでがクスクス笑っている。真面目な顔をしているのはまだ通信具を点検しているリュッグだけだ。
「硬いカニじゃあ、剣が効きませんね」
考え込むような顔でロウエンが言う。
「頼り過ぎも良くないけど、ガードナーの雷魔術頼みかな」
しばし考えてからロウエンが結論づけた。たしかに刃こぼれしてしまうぐらい、硬いのではロウエンたちや一般の軽装歩兵には厳しい相手だろう。
「俺は、隊長から良い武器をもらったからな。叩き潰してやる」
グッと拳を握ってデレクは宣言した。アカテとやらが出れば仲間の分まで自分が戦うだけだ。
(あぁ、そうだ、アカテだ、アカテ)
デレクは思い出して安堵する。次は忘れないようにしようと思う。
「あんなもん、振り回せるのデレクさんと隊長ぐらいでしょ。正式装備に推挙しようとしてボツになったって話ですよ、あの鉄球」
呆れたような口調でハンスが言う。
正式装備とならなかったことを、デレクは残念に思った。
「いや、隊長も重すぎて課題が残る、とか自分の鍛えが足りないのか、とか、あのとき大真面目に悩んでたな」
ロウエンがハンスに言う。あまり話さない男だが、あくまで余計な口を仕事中に叩かないだけだ。こういう場ではよく話す。
「じゃあ、俺らは逃げ回るしかないって?」
ハンスがロウエンに尋ねる。自分に直接聞くと怒られそうだ、と思ったのかもしれない。
「奴等は甲羅は硬いが目がむき出しで脆い。死にはしないが動きは止められる」
シェルダンが近付いてきて告げた。ハンターも一緒だ。
「止め役が行くまで、そうやって時間を稼いでおけ。あとはシーサーペントやら海面コウモリなんかが出てたかな。この辺は」
記憶をたどるような顔でシェルダンが言う。
期せずして分隊全員での打ち合わせとなってしまった。
(なんでぇ、結局シェルダン隊長に喋ってもらっちまったな。難なら俺より詳しく話してら)
だが、自分のやることなど、こんなものだ。デレクは、思いつつぼんやり分隊の仲間を見渡していた。
ハンターと目が合う。何やら頷いている。
一応、言いつけどおりにしたからだろうか。
(俺はハンター殿を舐めてたか?無意識で)
デレクは自問する。自分でも気にしているのはハンターへの敬意や態度の面だった。口調はともかくとして。
隊長のシェルダンと馬が合うからと、いい気になってハンターのことを軽く見てはいないか。分隊員として自戒していることではあった。
(いや、俺はそこまでクズじゃねぇ。話し方がこんななのは、隊長にもおんなじだしな)
デレクは問題がないことを確認した。
翌朝も行軍を続ける。すでに魔塔に近づいたことで道もなくなり、軍団は森の中で分隊ごとに分かれた。
「止まれ、いるな」
シェルダンが立ち止まり、振り向いてニヤリと笑う。
森の中、開けた場所だ。
藪の中、チラチラと赤い影が見え隠れする。カサカサと独特の音もしてきた。
「だいぶ魔塔に近付いたからな。さすがに出るか」
シェルダンが鎖鎌を解く。
藪の中から大きなカニが飛び出してきた。一匹ではない。10匹くらいはいそうだ。これがアカテだろう。自分の胸くらいはある四角い本体に、巨大な2本のハサミ。
「ウオオオッ」
行軍中で鎧を着てはいなかったが、デレクは布に包んだままの鉄球を振り回す。持ち手まで鋼鉄製だ。
片手で振るい、ガードナーへ直接襲いかかろうとした一匹を甲羅ごと叩き飛ばした。合わせて布も破れて落ちる。
(こいつぁ、いいや)
細かいことを考えず、とにかく力任せに叩けば敵が勝手に砕けて消える。
存分に振り回し、アカテを次から次へと叩き砕いていく。鉄球に纏わりつく体液を見ることにすら、どこか高揚してしまう。
「俺が潰せねえ奴は目を潰しておけっ!」
打ち合わせ通りのことを、ハンス、ロウエンに告げてデレクは戦い続ける。
(他は?)
見回すと、ハンターがリュッグの前で剣を振るっている。力負けはしていないが、硬いハサミを前に防ぐのが精一杯という様子だ。
(助けに行くか?)
考えていたところ、ゴツッ、と硬い音がして鎖分銅がアカテの頭部にめり込んで、その動きを止めた。シェルダンが数歩離れた距離から怪我しそうな部下を援護している。
(俺らの調練のつもりだってか。軽い相手だもんな)
デレクは、ハンスとロウエンが二人がかりで目を潰した個体に、鉄球を振り下ろした。グシャリと潰れる。
最後の一匹だ。ふっと肩の力を抜く。
「まだだ」
厳しい顔のままシェルダンが言う。
別方向の藪から更に5匹ほどがあらわれる。
「よぉしっ」
大声でデレクは自分を鼓舞する。まだまだ体力には余裕があるのだ。
頬のあたりがピリッとしびれたように感じた。
「サンダーストー厶」
黄色い魔法陣が中空に浮かぶ。
(なんだこりゃ)
重装歩兵のころに魔術師とも一緒に戦ったことはあるが、威力は桁違いだ。魔法陣が中空に浮かぶのも初めて見た。
雷雲がほとばしり、アカテの頭上で止まる。そして頭上からの雷撃で新手のアカテを一掃した。
「ひ、ひえええ」
倒しておいて腰を抜かすガードナー。第3波が来たらどうするつもりなのだろうか。さりげなく、デレクは気を張ったまま、ガードナーのそばに立つ。
シェルダンが耳を澄ませて集中している。
「どうやら近くにはもういない。みんなも聞こえたな。あのカサカサという足音で接近を察知しろ」
シェルダンが告げて鎖鎌を腹に巻く。
ハンターが近付いてきた。
「よく、周りを見てたと思うし、あんなんでいい。昨日の話合いもきっかけを作ったのはお前さんだよ」
ハンターが褒めてきた。鉄球の威力で見直してくれたのだろう。素直に鉄球の威力を褒めるのが照れくさいのだ。
「ちっと、気ぃ抜くのが早かった。シェルダン隊長の脇を守るんなら。まだ温いことしてらぁ、俺は」
デレクとしては逆に反省が残るのである。
「そうだな、いずれ、お前がシェルダン隊長の副官になるんだろうから」
ポツリとハンターが言い、立ち去っていった。
(あんた、まだ退役まで何年かあるだろうに、何言ってんだ?)
デレクとしては若干解せないハンター副官なのであった。




