218 第三次第7分隊〜副官ハンター2
しばらく走ると、またハンターが近付いてきた。
ちょうど進路を南に向けたところである。いよいよガラク地方を目指すのだ。
「さっきの休憩中、隊長と何を話してたんだ?」
どうやら自分とシェルダンとのやり取りを眺めていたらしい。詮索している、という感じがしなくて、デレクには相手の意図するところが見えない。
しばしデレクは考える。
(あぁ、なるほど。俺は知恵が足りねえ。ちゃんと話を覚えてるか、試したいんだな。ところがどっこい)
デレクは背筋を伸ばした。
戦いのことについては覚えはむしろ良いほうなのだ。
「蟹が硬えってのと、蛇が泳ぐって話でしたよ」
かいつまんでデレクは告げた。長話のシェルダンである。もう少し言葉は長かったものの、間違ってはいないはずだ。
「馬鹿野郎」
また殴られた。
流石に理不尽だ。当然、阿呆な自分と、まどろっこしいシェルダンとでは細かい言い回しは違う。シェルダンは本当にくどいのである。
(でも、要はそういうことじゃねぇか)
シェルダンとの会話を思い出し、憮然としてデレクは、ハンターの日焼けした顔を睨みつける。
「何だってんだ。そりゃ一言一句、間違わずに復唱出来るかってんだ。あの人ぁ、話が長えんだから」
自分よりシェルダンとの付き合いが長いハンターに、分からないわけが無い。
しかし年嵩の先輩軍人が呆れ返った顔をする。
「そうじゃねぇ。なんで、自分からハンスやロウエンにその話を教えてやらねぇんだ」
不可解なことをハンターが言い始めた。
「なんで、俺が隊長に言われたことを、他のやつにも言わなきゃなんねーんだ」
走りながらデレクは首を傾げる。まさかそんなことで怒られているとは、思わなかった。気が向けば言ってやらないでもないが、しなくてはならないこと、とは思えない。
また、拳骨が飛んできた。
「情報の共有って発想がお前には無えのか!隊長自身が、お前からハンスやロウエンにも話が伝わるのを期待して話をしてるんだ。当たり前に引き継げっ!」
ハンターがしたい話が今一つ見えてこない。
デレクは答えず考え込んだ。そもそもハンターの拳骨ですら自分はさして痛くない。だから、殴られても考える余裕がある。精神的にへこたれることもない。
(7人しかいねーんだから、奴らにも教えてぇなら隊長も自分で言うでしょうよ)
先頭を走るシェルダンの背中を見てデレクは思う。
自分に特段の期待をして、戦いの話を向けたのだ、と考えるほうが自然だ。
「軽装歩兵ってのも窮屈なもんだ」
思わずデレクは零していた。
「あ?」
聞きとがめてハンターが剣呑な声を出す。
「なんでもねぇす」
不貞腐れたままデレクは告げた。
ハンター以外には聞こえないであろう小声だ。何か言いたげな顔をして、ハンターが距離を取る。少し言い過ぎた、とでも思ったのか。
(俺ぁ、背が低かったから駄目だったが。しょっちゅう隊列を揃えろって。俺より弱いくせに図体だけはでけぇ奴等が)
吐き捨てるように当時の思いを蘇らせるデレク。
軽装歩兵も軽装歩兵で何かしらかを揃えろ、と。ハンターは言いたいのだろう、とさすがにデレクも分かってはきた。
(そうなると、ハンター副長がどうのじゃねぇや。俺がそれを気に入るかどうかだ)
デレクとしても少しは考えたい。
ひたすら南へと走り、第3ブリッツ軍団はあまり手入れのされていない街道に差し掛かった。
「おおっ、道がある」
シェルダンが感動したように声を上げる。どうやら道ですら、アスロック王国では無くなりつつあったらしい。
「走りやすくて助かるな」
独りで喜ぶ姿がどこかほほえましい。
シェルダンとしては、祖国がドレシア帝国に吸収されつつあって、良かったと感じられる出来事なのだろう。
街道を走っているうちに日が暮れた。街道沿いの平野地帯で夜営を行う。
隊から少し離れたところで、デレクは自主訓練を開始する。さすがのハンターも呆れ顔で近づいては来なかった。
「随分、しごかれてたじゃないか」
代わりにニヤニヤしながらシェルダンが近付いてきた。
デレクは腕立てを継続しつつ顔を上げる。なお、今しごかれているのは自分の筋肉だ。
「見てたんなら、助け舟を出してくれても良いでしょうよ。お袋かってぐらいに小うるさくって、しょうがねぇや」
デレクは、嫌味ったらしい笑顔の上司に顰めっ面の愚痴で返した。
さりげなく、周りを見てハンスやロウエン、リュッグ、ガードナーの姿を確認する。自分の視線に気付いたのか、シェルダンが嬉しそうに笑う。
(大先輩の副官殿がうるせぇから、癖になっちまったんだよ)
素直に成長したとは認めたくなくてデレクは内心で悪態をついた。
「ゲルングルン地方とは、だいぶ状況が違うな」
シェルダンが切り出した。
「どうやらアスロックの連中は、ここを手放したくはなかったらしい」
言っている意味がやはりデレクには分からない。アスロック王国の意図が自分とどう絡むというのだ。
「鉱山がある。それに沿岸で漁業に養殖もしてるな。首の皮一枚で生きていたアスロック王国の、まさに首の皮だった場所がここ、ガラク地方だ」
ゴシップ紙のあとに新聞も通読するシェルダンだ。ましてアスロック王国の実情には誰よりも詳しい。
「それが、いま、何だってんです?」
デレクは疑問に思う気持ちそのままに質問をぶつけた。
「魔塔の管理もゲルングルン地方などとは比べ物にならないぐらいやってた。外を徘徊している魔物が、ゲルングルン地方より圧倒的に少ない」
ようやく話が繋がった。シェルダンとしては、過剰な用心は不要だ、と言いたかったらしい。
「あんたのことだ。だから、気を抜いていいって話じゃねぇんでしょうよ」
デレクは皮肉を混ぜ込んで告げる。
シェルダンが苦笑いを浮かべた。
「そりゃそうだ。だが、ハンターのおかげで心配出来るようになったみたいだから、知らせてやったのさ」
カラカラと笑ってシェルダンが言う。一見、しっかり者だが酔っ払うと泣き出し、最愛の婚約者の前で骨抜きなのだ。
ここで言ってやろうか束の間、デレクは迷う。
「だが、奴さんがうるせぇから、俺ぁ窮屈だ。重装歩兵のときと変わんねぇや」
代わりにデレクはハンターのことを言う。
腹にためておくよりは、こうやって吐き出してしまいたいのだった。
「奴には奴の考えがある。絶対に悪意なんてないから、聞いておいて損はないぞ」
シェルダンが笑顔のまま言う。
「それぐらいは俺にも分かりますよ」
静かにデレクも返した。
本当はまだ不満が残っている。それでもシェルダンが取りなすのであれば矛を収めるしかない、とデレクは思うのであった。




