217 第三次第7分隊〜副官ハンター1
第3ブリッツ軍団総出でガラク地方へ向けての出征となった。侵攻も敵国の深くまで、となれば動線も比例して長くなる。
今は全体で休憩中であった。
(また来やがったな)
敵でも魔物でもなく、怒り顔で近づくハンターを見て、デレクは思う。
長くなった行軍の数日前から、副官のハンターが自分にだけやたら厳しい、ということにデレクは気付いていた。怒られるのも、ハンスやロウエンが同じことで怒られているのを見たことがない、そんな内容ばかりだ。
「デレクッ!もっと他の連中に気を回せっ、お前が声掛けをするんだよっ!誰がどんぐらい疲れてるか、今、訊かれて答えられるか?」
随分、理不尽なことをハンターが言う。嫌われているとも思わないのだが。時には駆け足をしながらであっても、よく分からない説教をしてくるのだ。
(なんで、俺が答えられなきゃなんねんだ。そんなのは副官のあんたの仕事だろうが)
軍人生活は長いのである。口には出さないぐらいの要領はデレクにもあった。
装備を背負っての駆け足だ。デレクだって楽ではない。
確かに言われてみればリュッグやガードナーには疲労の色が見える。だが、行軍しなくてはならないのは皆一緒だ。
(難なら鎧やら鉄球やら背負ってる俺のほうが、あぁ)
思っていてデレクは気付く。シェルダンから貰った武器に目をやる。
(このおっさん、俺の貰った棒付き棘付き鉄球が羨ましいのか?)
シェルダンから出征前に家から持ってきたという、柄まですべて重魔鉄製の打撃武器を受け取ったのだった。一度振ってデレクも気に入ってしまう。
だが、やはり口に出せることではない。むしろ、図星をつくと、もっといきり立つ可能性もある。
「副長、奴らには根性が足りねえだけでしょ。甘やかして声をかけてやることぁねえや」
角が立たぬよう、疲れた分隊員の落ち度として、デレクは指摘した。
ポカリ、とハンターに軽く頭を殴られる。
「ばかたれっ、下の連中に力を出させるのも仕事だ」
ここ最近、二言目には『やる気を出させろ』だの『力を出させろ、よく見てやれ』だのと言われる。
(だから、そりゃ、副官のあんたがやることだろ)
デレクは思いつつ、内心では言われていることが分からないでもない。
リュッグもガードナーも、自分の時よりハンターやシェルダンがついているときのほうが、訓練を頑張るのだ。こなせる運動の回数で、はっきりと差が出るので、指摘されるとデレクはグウの音も出ない。
(それとも俺が入ってから筋力強化訓練が2倍になったのがおもしろくない?いや、そんな感じはねぇ)
走りながらデレクは考える。
もしも悪意によるのでないならば。
(あぁ、他人に訓練つける以上、もっと面倒見ろってことか?でも、俺、そういうのは苦手なんだよな)
ようやく多少はハンターの意を汲めたような気がする。比較的に自分が若手揃いのこの分隊の中では、21歳と年長に当たることもあるのだろう。
「俺が奴らの分まで働きますよ」
人を動かすのが苦手なら自分が動けば良いだけだ。
実際にデレクはいつも仲間の分まで戦ってやろう、というぐらいの気概は持っている。
悪い考え方、心がけてはないはずだ、と思っていたのだが。
「そういう問題じゃねぇっ!」
またハンターにポカリとやられた。
では、どういう問題だというのだ。
なんとも癪なことにガードナーがニヤリと笑い、リュッグもクスクスしている。
(あんたが、わけ分かんねぇから、むしろ、笑われちまったじゃねぇか)
顰め面を作ってリュッグとガードナーの笑いをデレクは止めた。
さらに小うるさい小言をいくつか告げて、ハンターがリュッグやガードナーに声をかけに行く。やはり、なんとも癪なことに、リュッグやガードナーがまた頑張りだすのである。半分くらいは自分への当てつけもあるのではないか。
気にしないこととする。これから待つのは戦いなのだ。
(相手は魚やら蟹やらみてぇな魔物が多いだろうって、隊長は言ってたな)
先頭を駆けるシェルダンの背中を見てデレクは思い返していた。
沿岸部のガラク地方には、水生生物型の魔物が多いらしい。アスロック王国にいた頃から、存在していた魔塔なのでシェルダンもよく覚えているとのこと。
(何でもよく知っているんだよな)
自分とハンターのやり取りにも我関せず、で走り続けているシェルダンである。
(そのくせ、実は逐一全部聞いている、ときたもんだ)
頭の出来が違うのだろう、とシェルダンについてはデレクは思っている。
だが、自分と似た人柄だと思っていたハンターも、その実、様々なことに留意し、気を配りながら仕事をしているようだ、と怒られながらも分かってはきた。
集団を運営する、ということに楽はないのだろう。
ゲルングルン地方に入ったところで、第3ブリッツ軍団全体での小休止となった。
遠くに煙が上っている。細い灰色の煙は生活していてあがるものだ。最初の侵攻時には見られなかった。
(こういうのを見ると、解放してやったようなもんだから、侵攻っても、相手にとっても悪くねぇように俺なんかでも思っちまうが)
デレクは水を飲みながら思う。体力がまだ有り余っている。自主訓練でも少ししようかな、と思い始めてしまう。
「デレク」
シェルダンが真面目な顔で近付いてきた。
「何ですか?」
デレクはシェルダンを見て、若干の緊張感を持った。ハンス、ロウエンとは声掛けをして話もし、元気であることは確認してある。リュッグ、ガードナーがヘトヘトなのは見れば分かること、確認するまでもない。
聞かれれば答えられる。
「次のガラク地方の話だ」
地べたに胡座をかいてシェルダンが切り出した。
「上からの話じゃ、やはりアスロック軍は砦に籠もって出て来ない。第1ファルマー軍団が張り付いているから、俺たちの相手はガラク地方の魔塔から出た魔物になる」
出征前と同じことをシェルダンが告げる。
相手が魔物であろうと軍であろうと、自分らとしては戦うしかない。
デレクは頷いて先を促す。
「あの辺はアカテ、というデカい蟹の魔物が出る。あとはシーサーペントっていう泳ぎも達者なサーペントなんかだな。魔塔の外ではこいつらが中心だろう」
ガラク地方での予想される戦闘について下話がしたかったらしい。
「そいつら、強いんですか?」
端的にデレクは尋ねた。要するにどんな相手であれ、生き物として自分より強いかどうかだ。
(それか、腕っぷしでどうにかなるやつかどうかだ)
なんとなく、ガードナーの黄色い髪と目をデレクは思い浮かべた。
「完全武装したお前なら、どうとでもなると思う。ただ、だからお前の方でもよく若い連中を見てやってくれ。今までとは戦い方も変わってくるから」
シェルダンが苦笑して言い、ハンス達を見やる。
高く買われている、と分かる口ぶりでデレクも嬉しくなった。
「いざとなったら、盾になってでも守ってやりますよ」
力こぶしを作ってデレクは宣言した。
行軍の合図、ラッパの音が響く。やる気も新たにして、デレクはひときわ重たい装備を背負うのであった。




