214 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑦
「おっ、シェルダン!」
オーラを纏い、きらびやかな偉丈夫が人懐っこい笑みを浮かべて声を上げた。呑気に手まで振りながら。人懐こい仕草とは裏腹に、魔物の死体が天幕の周囲に散乱している。
自分が不在の間にも魔物の襲来が相次いだようだ。
「階層主を見つけました」
短く、シェルダンは告げた。安堵が全身を包もうとする。
(やっと、少しは休めるということだが。いや、いかんな)
天幕の中でも完全に気を抜くのは危険だ。シェルダンは気を引き締め直した。
「おうっ、さすがだ。中の2人に知らせてやってくれ」
笑顔のまま、ゴドヴァンが天幕の中を、顎でクイッと示した。疲労を感じさせない、この大剣使いには、まだ見張りを続けてもらわなくてはならない。
シェルダンは大人しく言われるまま、天幕の中へと入る。
「シェルダンッ、無事で何よりだ」
レナートも嬉しそうに告げてくれた。手放しで安堵してくれる姿にシェルダンも嬉しくなる。当然、顔には出さないのだが。
「今回は傷を隠してないでしょうね」
対してルフィナが厳しい顔を作って告げる。さらに信用ならないから確かめる、と言わんばかりにあちこちを叩いてきた。
「軽い傷が何箇所か。今回は隠しませんよ」
肩をすくめてシェルダンは答えた。叩くのは痛いので止めてほしい。
「で、どうだったのかな?」
穏やかに微笑んでレナートが尋ねてくる。
シェルダンは水を飲み、携行食を摂って一息つく。ルフィナが無言で服の上から手負った箇所に回復光をかけてくる。
「階層主を見つけました。ミラードラゴンという、聖騎士の天敵です」
自分はさぞ苦い顔をしているだろう、と思いつつもシェルダンは報告する。
ここまで聖騎士の神聖術任せでのぼってきた者共を仕留めるため、わざわざ準備した階層主に思えてしまう。
(まるで魔塔が何か意図でも持っているかのようだ)
自らの発想にシェルダンはゾッとする。
「今までと同じ手は使えないってことか」
腕組みしてレナートが言う。
シェルダンは2人にミラードラゴンの厄介さを伝えた。鏡のような鱗が神聖術の光を弾くのである。ただし炎ではなく光線を吐いてくるが、どちらかというと爪や尾による格闘戦を得意とし、挑んでくる。レナートによる特大の光刃ですら一刀両断というわけにはいかない。ただし、物理的な攻撃は割合に効果的だ。手練が数人いれば倒せない相手ではない。だが、今、手練は数人いないのである。ゴドヴァン1人だ。
(いつもの自分なら退却しましょう、というところだが)
シェルダンはレナートの視線を受け止めて思う。
レナートとルフィナもまた自分が後ろ向きなことを言い出すとでも思っているようだ。
「ですので、今回はこれまでと逆にしましょう」
あえて、こともなげにシェルダンは言い切った。内心は少し、葛藤している。
「逆、とはどういうことかな?」
訝しげにレナートが尋ねてくる。
「これまでとは逆に、私とレナート様で階層主に至るまでの雑魚を撃退し、階層主への止めをマックス様にお願いするのです」
シェルダンは道中、考え続けた方針を伝える。大した策ではないが、ゴドヴァンの怪力による大剣の衝撃は計り知れない。ミラードラゴンにも有効だろうと思えた。
「体力を維持してもらうため、それまでの戦闘は私とレナート様でこなすので、これまでとは逆、ということです」
第2階層では逆にレナートの法力を温存していた。今回はゴドヴァンの体力を温存する。
「分かった、やろう」
レナートが微笑んで頷く。
やるつもりしかないのに、よく言えたものだ、とシェルダンは思った。
「おぅっ、シェルダンに当てにされりゃ、やるしかねぇな。任しとけ」
外に立つゴドヴァンにも、説明すると快諾された。
「フィオーラに俺の活躍を」
妙なことまで言い始めるゴドヴァン。
ルフィナが赤面する。
「そういう不謹慎は命を縮めますよ」
冷たくシェルダンは言い放って天幕を片付けた。この2人はとっととくっつけば良いのである。
4人でミラードラゴンを目撃した地点へと向かう。
(多彩、だな)
シェルダンは鎖鎌を操りつつ、横目でレナートを見て思う。流星鎚は3人の前ではまだ使わない。手の内をまだすべて晒したくはなかった。
「いけっ」
レナートが無数の閃光矢を放つ。3匹のヨロイトカゲが目を貫かれて絶命した。
さらに今度は青竜と遭遇する。
シェルダンは青竜の爪先に鎖分銅を叩きつける。痛みで悶絶する青竜を、レナートの光刃が一刀両断した。
「ぐっ」
さすがに疲労したレナートが膝をつく。数時間も神聖術を使い続けているのだ。
「少し、休憩しましょう」
シェルダンは告げて、ゲンナリとした。
もう2度目の休憩だ。進みが遅くなるだの、という悩みではない。
「マックスさん、大丈夫よね?どっかの偏屈坊やみたいに怪我を隠してないわね?」
ルフィナが優しくゴドヴァンの肉体をさすりながら尋ねる。今回は温存しているのであまり負傷をしていないはずだ。
「俺はフィオーラには隠し事はしねぇ」
男らしく言い切るゴドヴァンに、頬を赤らめるルフィナ。
この2人は魔塔でデートでもしているつもりなのだろうか。
(怠けて良いとは言っていない)
怪鳥レッドネックを鎖で絞め殺しながらシェルダンは呆れる。難なら自分は休憩出来ていないではないか。
レナートをしばしば休ませ、その度にゴドヴァンとルフィナのお惚気を見せつけられつつも、確実に一行は歩を進めていく。
岩場の中、とうとう光を照り返すまばゆい鱗を視界に捉えた。今回は偵察ではないから、気づかれずに退くつもりなどない。
向こうもこちらに気付いた。白銀の鱗をもつ巨竜が憎々しげにこちらを見下ろしている。
「うおっ」
光を吐いてきた。質量のある粒子のようで、大剣で受け止めたゴドヴァンの身体が後にずれる。
「ぐぅっ」
さらに尻尾を振り回されて、こちらも受け止めたゴドヴァンが呻く。
シェルダンは鎖分銅を放る。首筋を直撃したが少し鱗を砕いただけだ。
(硬い、な)
シェルダンの遣う鎖鎌は鋼鉄製だ。人間や並の魔物相手ならば良い。
(だが、魔塔の階層主相手となれば力不足だ)
手練というのは武器も大事なのだ。
もっと硬い材質ならばミラードラゴンにとっても脅威となれるのだが。
「私が光刃で」
レナートが聖剣オーロラを抜き放つ。背後に赤い竜が見えた。
「ダメです、レナート様。それよりも」
言いながらシェルダンは赤竜の頭部に鎖分銅を叩きつけて怯ませる。
レナートが光刃で赤竜を一刀両断した。他の魔物がまったく寄ってこないものでもない。
ゴドヴァンとミラードラゴンが激しく打ち合っているのも見える。やはり、ゴドヴァン一人が前衛では苦しい。離れた距離からルフィナが薄い回復光を飛ばして援護しているが。
「近づく雑魚をお願い致します」
シェルダンはレナートに告げて、自身も都度、ゴドヴァンとレナートを忙しく援護する。
どれだけ、苦しい戦いが続いたのか。
ゴドヴァンもレナートも目に見えて動きが悪くなっていた。このままでは、やられる。
やはり退却しかない。が、相手は空を飛べる竜なのだ。誰かが死を前提に足止めするしかなかった。
シェルダンは覚悟を決める。
「レナート様、マックス様」
シェルダンは叫ぶ。
「あとフィオーラ様」
一人忘れていたのであわててシェルダンは言い足した。
「なんでわたし、ついでなのよ」
ボソッとルフィナがこぼす。非常時につき無視することとした。
「私が足止めをします。退却を」
流星鎚ならば、足止めして時間を稼ぐくらいは戦える。
3人を引かせてからならば、刺し違えで倒せるかもしれない。
「ならんっ!シェルダン、だめだっ!」
レナートが叫ぶもあえなく、怪力のゴドヴァンに引き摺られていく。
「だめだ、レナート様、シェルダンの決意を無駄にするなっ」
厳しい声で叫ぶゴドヴァン。脇には小柄なルフィナを戦利品のように抱えている。
「千光縛っ!」
レナートの声とともに、ミラードラゴンの全身を光の鎖がくまなく覆う。さらに負傷したゴドヴァンを回復光で癒やしていた。
(こ、こんな術まで)
驚愕しつつもシェルダンはポーチの中身を取り出して、胸に巻いた鎖と結着させる。
出し惜しみしていた、流星鎚を遣う。手の内などと言っている場合ではない。レナートの活躍に報いるのだ。
風を切る、鎖分銅よりも重たい音が轟く。
「な、なんだありゃ」
ゴドヴァンが呆れ顔だ。
だが、戦果は素晴らしく、一撃を叩きつけるごとに、ミラードラゴンの鱗が砕かれていく。
シェルダンは動けないミラードラゴンの鱗を骨を、流星鎚で一方的に攻撃した。狙いは胸部だ。核がある部位の筈だから。
やがて、肉体まで欠損するようになり、最後には核が露出した。
「レナート様っ!」
短くシェルダンは叫ぶ。
即座に飛び退くようにして、逃げる。背中を若干、爪で斬られてしまった。深傷だが死ぬことはない。ルフィナも無事なのだ。
「ああっ!」
レナートの光刃がミラードラゴンの核を叩き斬った。
青空が広がる。空を見上げ、シェルダンは嘆息した。
「私の失敗談義も混ざってしまいましたが」
話をひと通り終えてシェルダンが言う。若い頃の思い出を語るとどうしても自分の青臭さを思い知らされる。特に当時は今ほどには神聖術に詳しくなかったから、千光縛も攻略の選択肢に加えていなかったのだ。
また、本来なら事前にもっとレナートと戦略を詰めてから挑むべきでもあって。ここぞの場面でシェルダンの未熟さを、レナートが嫌な顔一つせずに補ってくれていたのだった。
「レナート様の実力と人柄は尊敬するに値するものでした」
シェルダンは言い足して、セニアの様子を窺う。
当代の聖騎士が力なく項垂れていた。
無言でシェルダンは、セニアの脳天に拳を振り下ろす。ゴツン、と無粋な音を立てる。
色をなして、メイスンが何事か介入しようとするのを一睨みで制した。この男が予想外に甘やかすのが、そもそもいけないのである。
「もう、いい加減に。落ち込んでいる暇があったら、気合を入れて、もっと死にものぐるいでやってください。自分を鍛えるのは、最後は自分です。誰かに甘えることなど許されない。何かをなそうと、声高に仰るなら、責任も生じるのだと知りなさい」
言いたかったことを言えて、シェルダンはすっと肩が楽になるのを感じた。自分は怒るだけで良い。一人ぐらいはセニアの人生にそんな相手も必要だ。
セニアが頭を抑えている。表情を窺い知ることは出来ない。泣いているのかもしれない。
「私は生きています。あなたがレナート様のご息女として、それに相応しい働きが出来ているか、ずっと見ていますからね」
言い捨てて、シェルダンはクリフォードの離宮を去るのであった。




