213 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑥
考えていると岩の上からヨロイトカゲが降ってきた。とっさに転がって避ける。ぶつかれば自分の体などただでは済まない。
「ちぃっ」
舌打ちしてシェルダンは鎖分銅を放ち、頭部に衝撃を与える。怯んだ隙に体の下に潜り込んで喉を斬り裂こうとした。
「なにっ」
思わずシェルダンは声を発した。相手の身体が真上に逃げたからだ。まさかと思っていると、赤茶けた毛がヨロイトカゲごしに見える。怪鳥レッドネックに敵が連れ去られたのであった。
怪鳥レッドネックの握る力と羽ばたく力は体の大きさの割にかなり強い。自分も気をつけなくてはならない相手だ。
「まったく、いやらしい」
ポツリとシェルダンは毒づく。
岩陰からあらわれた別のヨロイトカゲを鎖分銅の一撃で止める。そして岩陰に回って歩いて逃げた。いちいち仕留めるのも煩わしい。
とにかく魔物の多い第3階層だ。戦っては進み、進んでは戦って、を繰り返している。
立ち止まって岩陰に身を潜めた。岩穴なども随所に見られるが、逃げ場のない暗所へ身を置く度胸は無い。相手の動きを避けるのに、空間が必要だ。
地図と見かけた魔物を記録する。
書き上げてから顔を上げた。
(あれは)
岩と同化するような色の中、鱗や背中の突起で違和感に気付く。
(黄竜、竜種だが)
弱い竜ではない。ただ今更ここにきて黄竜が階層主であるとは思えなかった。フレイムサラマンダーよりも劣るとされる魔物だ。ヨロイトカゲを貪っている。
「減らしておくか」
シェルダンは呟き、胴回りの鎖を解いて腰のポーチに入れていた、魔石の球と結着させる。先祖伝来の流星鎚。3つあるうちの、火と氷だ。
黄竜は地属性寄りの竜種であり、雷の効きが悪い。
息を殺して黄竜の背後についた。
長い尻尾に流星鎚を叩きつけてやった。
「グオオオオッ」
激痛に咆哮をあげて振り向いた黄竜の頭部、そこに渾身の一撃を叩き込む。
頭部がひしゃげて、黄竜が横倒しに倒れて死んだ。いくら竜であろうと、食事中に不意を討たれれば脆い。
「鎖鎌もいいが、俺はやっぱりこっちの方が好きだな」
シェルダンとしては、流星鎚の方が魔力による身体強化と相まって得意なのだ。魔石に魔力を流し込めば魔術代わりの属性攻撃にもなる。
同じビースリー家といっても個性は出る。魔力を持たない父のレイダンは、鎖鎌の方を得意としていた。シェルダンでは真似できない器用な使い方もしていたものだ。特に速射するのが上手い。
「今のうちに」
ポツリと呟いて、黄竜からシェルダンは距離を取る。
まもなく怪鳥レッドネックにヨロイトカゲ、周辺の魔物が黄竜の死骸に群がり始めた。付近岩場に隠れるシェルダンなど気にもとめない。
警戒を維持しつつも手際よくノートに記録を取った。
「よし」
一通り書き終えてから検索に戻る。
孤独な作業だ。命を落とす危険とも隣り合わせであり、ともすれば恐怖に呑まれそうになる。
今回が初陣だった。最古の魔塔といえど、第1階層であれば確実に生還する自信はあったのだが。
転移魔法陣を初めてくぐる、先に何がいるのか分からない恐怖と緊張。本当は怖かった。
(聖騎士というのは、みな、お人好しなのだろうか)
心の中で自問する。少し違うことを考えると、恐怖が紛れるのだ。
今回の魔塔攻略も聖騎士レナートの働きで決まったのだという。魔塔のない国土を次代の若者に残してやろうではないか、と。
レナートとて怖くない訳はない、とシェルダンは思うのだ。
(マックス様やフィオーラ様もなぜ?)
あの2人は自分に近い、とシェルダンは見ていた。使命感よりも役割を果たす、という色が濃いような気がする。実力も十分にあり、人柄も申し分ない。
(じゃあ、俺は?)
シェルダンにとっては、戦いは仕事であり、出来れば避けたいものだ。本来、仕事をろくにせず給料だけ貰うほうが良い。何せ、自分は死ねないのだから。
(それでも俺は軍人だから、軍人になったから戦うんだろう)
楽をして給料を貰うだけではいけない。そう思ってしまう。
(誰も、思わなかったのか。ご先祖は。1000年もやってきて、蓄えた知恵を、技術を、活かしてみたいと)
レイダンなどが今の自分を見たら確実に叱責する。下手すれば勘当だ。
(まして、レナート様はビーズリー家の歴史も評価してくれた。俺自身も惜しみなく、法力を用いて助けてくれた。こんな御方を見捨てられるわけもない)
始まりはゴドヴァンとルフィナの窮地を見捨てられなかったこと。見殺しに出来ない自分がどうゴネても、ついレナートに手を貸すのは避けられないことだった。
「人を見殺しに出来ないならせめて、強く、用心深く、しぶとくならなくてはならない」
シェルダンは流星鎚で立て続けに5匹ほどのヨロイトカゲを殲滅した。やはり流星鎚の威力はいつも素晴らしい。
「なぜ、レナート様に助力するのか。この、たちの悪い魔塔を倒せそうだと思った。倒せたなら誇らしいことで、俺も報われる。先祖も。そして子孫も平和に暮らせる」
シェルダンは結論づける。
ビーズリー家の過去と未来、双方に胸を張れる自分になりたいから戦っているのだ。
とめどなく思考しながら、どれだけの時間、探索をしたのか。時計を見る。外は夜の時間であり、開始した時間から1日が過ぎていた。
携行食を摂って、感覚の半分だけ眠る。魔塔での休息のため、幼い頃からレイダンに叩き込まれた技術だ。
身体が回復した、と感じるとまた進む。
「あれか」
険しい顔でシェルダンは呟く。
太陽のない魔塔にあって、光を弾く鱗。
鏡のような鱗、ミラードラゴンという上位種の竜だ。黄竜などとは比べ物にならない強力な魔物である。フレイムサラマンダーよりもさらに強い。
単独で感知されれば、自分であっても命を落とす。
そろそろと息を吐いて、ミラードラゴンに視線を据えたままシェルダンは後ずさった。
「さて、これはまずいな」
シェルダンはミラードラゴンから十分に距離を取り、付近の魔物を一掃してからノートに目撃地点を書き込んだ。
歩きながらずっと考えていた。
ミラードラゴン。相手が悪すぎる。
(しかし、それでも、なんとか)
見つけた段階で本来の自分なら諦めている。退却を勧めるべきだ。
シェルダンは時に怪鳥レッドネック、ヨロイトカゲを。さらには岩に擬態した大亀などを倒しながら天幕へと戻る。
帰りのほうが気持ちは楽だが、気を抜くことは出来ない。敵の強さは変わらず、自分は疲労しているのだから。
(それでも、待っている人がいてくれる、というのは力になるんだな)
思いながらシェルダンは歩を進め、とうとう光り輝くオーラを放つゴドヴァンの姿を見つけた。
すでに自分の頭の中では、自分の抱くべきではない考えと言葉が整然と纏められている。シェルダンは思いつつも、レナートに報いるため、そんな自分をありのまま、受け入れるのであった。




