212 聖騎士と軽装歩兵の思い出⑤
青みがかった黒い鱗のトカゲ。その喉を鎖鎌の刃で片端から掻っ捌いて回る。体長は1ケルド(約2メートル)ほど。ヨロイトカゲという竜の下位種にあたる魔物だ。竜に近いだけあって、鋭い爪と牙、鱗による硬い防御が厄介である。
もう10数匹は倒しただろうか。最初は数匹だったところ、わらわらと争闘の気配を察して集まってきたのである。
(まったく、本当にいやらしい魔塔だ)
自分でなければ死んでいる。思いつつ、シェルダンは鎖鎌を振るう。
倒し方を知らなければ、自分も死んでいたかもしれない。
シェルダンは鎖分銅で近くにいたヨロイトカゲの額を撃ち、昏倒させた。ひっくり返ったところを鎌で急所の喉を掻っ捌く。
今のが最後の一匹だ。
転移魔法陣で移動してきて早々、死角の多い岩地にあって、多量の魔物に囲まれる羽目になったのだった。まったくもって悍ましい。
首を横に振り振り、つくづくこの魔塔にはうんざりしてしまう。
「うおっ、なんだ、こりゃっ!すげえな」
オーラを纏った3人が第3階層へとあらわれる。
ゴドヴァンが転移魔法陣付近にまで転がるヨロイトカゲの死体を見て声を上げた。一応、後続の3人が転移してすぐ血まみれにならぬよう、シェルダンは掃除をしておいたのである。常識的で重要な、それでいて当たり前の配慮だ。
「これ、独りでやったの?」
呆れたようにルフィナが言う。
簡単なことではなかった。軽く数箇所を手負っている。噛まれることだけは避けたが爪が掠めるぐらいのことは、何度もあったのだ。
今回は素直にシェルダンも負傷箇所をルフィナに晒した。
「反応と小回りでは、私に分がありましたのでね」
シェルダンは回復光をかけてもらいながら告げる。なぜだかゴドヴァンが羨ましそうだ。
何か1つでも勝る点があれば、そこを突いて倒す。人間が魔物を倒す鉄則にして、魔物には出来ない芸当だ。
「この連中はヨロイトカゲと言います。頭への衝撃に弱く、体の下側は柔らかいのです」
シェルダンはゴドヴァンにヨロイトカゲについて説明した。ついでに口の中も柔らかい。心の中で加えた。
体の外側は硬く、ゴドヴァンの大剣でも一撃で両断することは難しい。急所に衝撃を与えて気絶させてから、柔らかい喉を斬るしかないのだが。
幸い自分の鎖鎌なら両方出来る。後は鋭い爪や牙にも注意を払わねばならない。
「しかし、この数を倒すだなんて、シェルダンはすごいな」
手放しでレナートが褒めてくる。
第2階層の階層主フレイムサラマンダーを一刀両断した張本人だ。今までならシェルダンもただの皮肉としか思わなかっただろう。
「大したことではありません。数がいても魔物は滅多に連携してきませんから」
それでもシェルダンは横を向いて言う。褒め言葉を褒め言葉として受け取ることに慣れていないのだ。
「ハッハッハ、こいつ、照れてやがる」
笑うゴドヴァン。顔面近くを狙って、シェルダンは鎖分銅を放る。
赤茶色い羽毛をした、首の長い怪鳥。額を打ってひるませてやった。さらに、すかさず鎖を絡めて締め上げながら、シェルダンは怪鳥の長い首に跨り、鎖の刃を脳天に突き立てて仕留める。
この敵は怪鳥レッドネックという。
「おっ、すまねぇな」
こともなげにゴドヴァンが礼を言う。わざと顔の近くまで引き寄せてから鎖分銅を放ったのに、まるで驚いてはいなかった。
「他人を笑うくらいなら、もっとしっかり気を張っていてください」
憎まれ口をシェルダンは返した。自分はさぞ憮然とした顔をしているだろう、と思う。
第2階層とは違い、熱気のような悪条件はないものの、とかく魔物が多い。
遠目に見える岩岩の間でも闊歩しているヨロイトカゲの群れがよく見られるほど。空には怪鳥レッドネックが悠然と舞っている。
付近に現在のところ、魔物の姿は無い。今のうちに、とシェルダンは天幕の設営に取り掛かる。
「マックス様に中心となって見張りをしていただくべきでしょうね。魔物の数が第2階層よりずっと多いですから」
天幕を設営してからシェルダンは告げる。
設営している間、魔物の襲撃はなかったものの、いつ魔塔が魔物を産み始めるかも分からない。奇襲を受けることも考えれば、ゴドヴァンに見張りをしていてもらうのが最上だ。
「フィオーラもいるからな。喜んで、やるさ」
ゴドヴァンが言い、華奢なルフィナの肩を見下ろして赤面した。見上げるルフィナと目が合うと、さらに縮こまる。
この二人は魔塔へデートにでも来たつもりなのだろうか。
「いや、私もやろう。シェルダン、任せておいてくれ」
レナートが胸を叩いて言う。志はいつも立派なのだが。まだ発揮するべき段階ではない。
「恐れながら、レナート様は速度の面で劣ります。反応もよろしくはないですから」
シェルダンは言葉を選んで説得を試みる。
武術に優れていないせいか、見ていてどうしても不意打ちへの対処が上手くない。魔術師とともに戦うような印象をつい、シェルダンは受けてしまう。
「だが、シェルダン、君はいつ戻ってくるのか、戻って来れるのかも分からない。その間ずっと、マックス殿にだけ、見張りをしていろというのか。負担だって公平じゃないぞ」
言い募るレナート。自身が不意打ちに弱いという認識はないのだろうか。
「死ぬよりはマシかと」
うまい説得の文言など、いつも上手にひねり出せるものではない。ゴドヴァンもルフィナも自分たちのやり取りを目にして苦笑いである。
言い放ってシェルダンは、レナートらを振り切るように偵察へと出た。
「オーラ」
神聖術オーラをかけ直してシェルダンは、鎖鎌片手に第3階層、岩の間を用心して進む。
(他に言い方はなかったのか)
シェルダンはかすかに後悔してしまう。レナートが仲間思いで申し出てくれたことに、自分は苛立ち腹を立てた格好だった。
貴人など、口では味方と言いながら、いざとなれば自分を使い捨てにする人々の集まりだと思っていた。
(下手な敵より悪気が無いだけ、たちが悪いって)
だから火傷のことも黙っていたのだ。ひどく痛むのも我慢して。敵の世話になるぐらいなら、と後遺症の危険も承知で意味のない無理をした。
(しかし、レナート様は俺と俺の家系を認めて、賞賛もして、その上で傷を治してくれた。あれは、本気だな)
すべて本気なのだ、とシェルダンは理解した。魔塔を倒そうと無茶を言うのも、シェルダンらを仲間だと言うのも。
1000年続く、と言っても、軽装歩兵ということで軽んぜられる。一方で実家では幼い頃から死ぬな、と言い聞かされ、訓練と教育を施されてきた。
(俺に死ねっていうのか、生きろっていうのか。はっきりしてほしい)
自分では死にたくないに決まっている。結婚もしたいし子供も欲しい。レイダンとマリエルの仲睦まじさを見ると羨ましくてしょうがない。
軍に入ってからまだ日が浅い。それでも自分の命は外では使い捨てであり、命を大事に、と言われるのはあくまで家庭内、内輪のことなのだ、と分かり始めてもいる。
(聖騎士というのは、不思議な人なのだな)
家族以外で本当に自分を心配してくれているのはレナートが最初だ。
シェルダンとしては、出来るだけ報いてやりたい、という気持ちが芽生え始めており。そんな自分に戸惑いを覚え始めているのであった。




