211 対談
ことの次第をデレクから聞かされて、もう2度とメイスンとは酒を呑むものか、とシェルダンは思った。素面でいたなら決して約束をすることはなかった、と自分としては思いたい。
(カティア、すまん)
ルベントにあるクリフォードの離宮、正門を見上げてシェルダンは思う。幸いだったのはカティアも今回ばかりはあまり怒らなかったこと。
『その代わり、きっちり決別してきてくださいね』と怖い笑顔で念押しされてしまったのだが。
どういうわけだか、カティアからは自分がセニアへ恋慕するかもしれぬ、と以前から危惧されていたようだ。
(そんなわけあるか、まったく)
そこについては不本意なのである。自分はカティア一筋であり、この離宮にしてもカティアと逢引するために訪れた場所だ、という認識しかない。
「酔い潰れているところを、狙うことないだろう」
正門にて待ち構えていたメイスンにシェルダンは告げる。恨めしい気持ちを当然、前面に押し出して、だ。
「たかが口約束。それでも来たんですね」
メイスンが苦笑して告げる。黄土色の軍服姿から今の執事の正装に変わってもあまり違和感がない。もともと貴族だったせいか、さりげない所作も様になっているのだ。
(さすがにそういうわけにはいかんだろ)
口約束だから破っても、とメイスンは言いたいようだが。
あとでまた何をされるか分かったものではない。
シェルダンは深くため息をついた。酒のせいとはいえ、間違った選択ではなかったかもしれない。だからカティアも責めなかったのだ。
「手を焼いてるのか?」
セニアとの対面を諦めて受け入れつつ、シェルダンは尋ねた。
「ええ、とっても」
苦笑いしてメイスンが頷く。
そのままシェルダンを先導して案内する。
「隙あらば神聖術よりも剣の修練をしようとするし。察しも悪い。世間知らずですし、おまけに方向音痴で」
前を向いたままメイスンが答える。
とめどないセニアの欠点を聞かされるにつけ、シェルダンは申し訳なく思う。ペイドランも苦労したのだろう、と思った。
「ですが、才能はすさまじく、将来は楽しみで。人柄も清純で見目麗しい。お仕えできて楽しいですよ。やり甲斐はありますから」
身内だからか、今現在のメイスンの人柄からか、セニアの良い面にもしっかり目を向けているようだ。
シェルダンの場合、つい、セニアについては悪いところばかりを見ようとしてしまうのだが、言われてみれば、良いところも幾つかは、あるのであった。
「ガードナーのやつに聞かせてやりたいな。本当にメイスンの言う事か、と悲鳴をあげるだろうよ」
あの黄色い目で何度も瞬きをする姿をシェルダンは想像した。
「腰を抜かして、ですな」
くっくっ、とメイスンも笑みをこぼした。
メイスンが案内したのはシェルダンにも見覚えのある庭園であった。カティアと初めて出会った場所だ。
いつぞや対談した四阿にセニアがいる。黒い質素なドレス姿のまま、立ち上がったり、また座ったり、を繰り返していた。
(私など緊張する相手ではないだろうに)
呆れてシェルダンは苦笑いだ。頼りないところはあまり変わっていない。
「シェルダン殿っ!」
セニアが自分に気付いて声を上げる。ちょうど立ち上がったところだった。
頼りない所作とは裏腹に、だいぶ腕を上げたように思う。向き合っていて、正直怖い。一方で、所在なさげにメイスンの隣に来ようとするところは本当に頼りなく、甘えも見られるのだが。
「本当に、ごめんなさい。いつも、いつも」
急に謝られた。
『いつも』と言われるようなことが何かあるほどの接点はない。おそらく自分が死んだふりをしてから、いつもセニアが落ち込んでいた、というだけのことなのだろう。
そう、シェルダンは解釈した。
「しばらくぶりですから、そういうことはありません」
言葉の誤用を指摘する形で、素っ気なくシェルダンは告げる。魔塔のことがあろうとも、自分とセニアは他人なのだ。
(だから、本当は呼び出されるのも変な話なんだが)
改めて、恨めしく思い、メイスンを睨む。
知らぬ顔でメイスンが涼しい顔をしていた。
「でも、いつも私はあなたを失望させてばかりでした。きっと。違いますか?おじ様やペイドラン君から、いろいろ聞いてるんじゃ」
おどおどとしてセニアが尋ねてくる。
シェルダンは首を横に振った。何も聞かされていない。たぶん、本人でも思い当たるぐらいペイドランに迷惑をかけたのだろう。メイスンの方は、きっとこれからだ。
(まぁ、私にではないにせよ、分かるようになっただけ成長されたのでは?)
シェルダンにしてみれば、聖騎士セニアというのは助けてはやりたいが、距離を置きたい相手でもある。2つの感情を都度、天秤にかけて、重い方の選択をしてきた。大概、距離を置きたい方に傾くのだが。
初めてこの四阿で話した時にはがっかりしたのと、美しいカティアからひっきりなしに世話を焼かれて、照れくさくてそれどころではなく、平伏してやり過ごそうと思っていた。
(ずっと隣りにいて、あの美貌が微笑んでいたのだからな)
シェルダンは思い返しては惚気けてしまう。
カティアを安心させるためにも、この場でセニアとの話をつけておきたい。
「私にとって、聖騎士様となると、まずレナート様が思い浮かぶのですよ、どうしても」
シェルダンは切り出した。セニアだけを見て、人となりを評価しているわけではないのである。
レナートの名を聞いてセニアが居住まいを正した。
「私がもし、セニア様に失望しているように見えるのなら、それはレナート様と比べてしまうからです。既に人品、神聖術ともに完成されているところで出会ったのですから」
冷静さを保ったまま、シェルダンは言う。今思えば、どう頑張ってもセニアは、自分の中で減点から始まってしまうのだ。公平ではなかったかもしれない。
「そうですね、私は、父はおろか、メイスンおじ様にも勝てません」
すっかり悄気げてセニアが言う。剣技でまともに戦えばレナートより強く、メイスンに勝てないのは人間同士の立会に慣れていないだけだ。
メイスン本人も慰めるように肩を優しくさすっている。
(だから、甘やかすなって言ったんたが)
シェルダンは軽くメイスンを睨む。
「その、2人よりもお若いですから。まだ、これから神聖術の訓練に励めば、超えることも可能でしょう。客観的には、そう思いますよ」
かつて得意げに大きいだけの閃光矢を見せられたときの困惑。何の訓練もしていないはずなのに、莫大な法力を持つことへの期待。
「客観的には、ですか」
訝しげにセニアが尋ねる。
「主観ではどうしても、私はレナート様をいつまでも、大きく見ているのではないかと」
贔屓目なしに、とはいかないだろう。だから、もし自分がセニアに何か神聖術の指導をしようなどとすれば、必要以上に厳しくする。
(だが、メイスンのやつはちょっと甘すぎやしないか?)
様子を見ていてシェルダンは思うのだが。1つ、釘を差すことにした。
「メイスンから聞いていますよ。神聖術より剣術ばかりだ、と」
ささやかなメイスンへの意趣返しのつもりもあった。先日、無粋なこと扱いされたのは忘れていない。
メイスンが気まずげに苦笑いだ。
「あ、あの、それは」
セニアが縮こまる。
自分からは今まで叱ったこともない。せいぜい軽蔑するぐらいだというのに、過剰な反応だ。
「かつて、レナート様と最古の魔塔をご一緒したときには、この方を最上階まで連れていけさえすれば、魔塔攻略はなる、と。そう思わされたものです」
だから自分は判断を誤った。
シェルダンは首を横に振って、苦いものを抑え込む。
「神聖術というのは、本来、それほどのものでした。攻撃も防御も回復も、その他の小技も。魔物に対する万能さでは群を抜いていました」
シェルダンは軽く言葉を切った。
遅まきながらでも、素質はあるのだから、しっかりと訓練に打ち込んでほしい。メイスンに甘えている場合ではないのだ。
「ゴドヴァン様やルフィナ様からも話があったかもしれませんが。私からも、最古の魔塔でのことを少しお話させてもらいましょう」
レナートの実力を知り、少しでも神聖術へのやる気を出す一助となってくれれば、とシェルダンは思うのであった。




