209 元重装歩兵のデレク1
張り合いのある職場に来た、と第7分隊に赴任してからデレクは日々感じるようになった。
(隊長の下に来ると分かってたら、たとえ、給金を重装歩兵のままじゃなくて、軽装歩兵の格に落とされていた、としても、俺は第7分隊に来ていただろうな)
実際は給金も減らされていないから、良いこと尽くしなのであった。
(元々、金の使い道なんて無かったんだけどな)
シェルダンと同じ分隊に勤められる、というのは本当に僥倖なのだ。こんな上司に出会える機会は軍人人生に一度、あるかないか、なのではないか。
(隊長だけじゃないな。軽装歩兵にもとんでもないのがゴロゴロいるってことだ)
軍営近くの居酒屋トサンヌにて、焼いた肉と麦酒を喰らいながらデレクは思う。4人がけの卓を3人で陣取っている。
元第7分隊員であり、現在は聖騎士セニアの執事をしているメイスン・ブランダードを見て、抱いた感想だ。
シェルダンとの分隊の運営についての意見交換も含めた飲み会を邪魔されている格好だが。文句など言える相手ではない、と一目で思い知った。
仕方なく気を取り直して、上機嫌で酒と肉を楽しむことにしたのである。
シェルダン本人も良い笑顔でいつも頼む煮込んだ卵料理をつついていた。
「あなたはセニア様を見くびり過ぎだ。現に、一度も魔塔攻略への無理強いなどないでしょう?」
酔ったメイスンがシェルダンの肩を叩く。
馴れ馴れしいと思ったが、やはり文句は言えない。2人は2人で自分の知らない頃からの関係性があるのだから。
そして、メイスンにはどう打ちかかっても斬られる、と分かる。シェルダンの怖さを得体の知れなさとするならば、メイスンの方は鋭さだ。
「そんなことを言って。本当はお前がうまく止めてるだけじゃないのか?そんなんじゃ、ほだされんぞ」
シェルダンもニヤリと笑って返した。
聖騎士セニアへの死んだふりについて話しているのだろう。
チラチラとメイスンが覗うように自分を見てくる。
「その件なら俺も知ってっから気にせずどうぞ」
デレクはニタリと笑って言い放ってやった。メイスンの驚いた顔を見ると胸のすく思いだ。
(そもそも聞かれて困る話なら、こんなとこですんなってんだ)
トサンヌには他の軍人たちもチラホラと姿を見せているのだから。
同い年ということもあってか、自分はかなりシェルダンから信頼されているようだ。くだらない話1つしても馬が合う。聖騎士様への死んだふりなども、かなりマズい案件だと思うのだが、手合わせをした3日後には打ち明けられている。他の面子には言っていないというのに。
(ドレシアの魔塔攻略に同行してきた、なんてな。でも実力からして、それぐらいやりかねない人だからな)
その人物が信頼し、高く買ってくれているのだから嬉しくないわけがない。
「順調に人として成長されているから、いずれあなたの方から、協力したくなるでしょう」
メイスンが更にいう。
聖騎士セニアは『魔塔の勇者』とも言われる英雄だ。そんな人物に、人として成長、などとは随分偉そうな言い方だ、とデレクは違和感をおぼえる。
とりあえず聖騎士セニアの人間性までは自分には分からない。
「ったく、俺も混ざれる話にはしといてほしいもんだ」
麦酒を呷って、デレクは釘を差しておく。
「お前がしたいのは筋肉強化訓練の話だけだろ」
すかさずシェルダンに混ぜっ返されてしまった。
「その話に喜んで乗ってくるのは、あんたじゃねぇか」
デレクも言い返してやった。不思議と馬が合うのである。
更に言葉を紡ぐ。
「でも、隊長と会って少し変わった。筋力が欲しかったのは強くなるためだ。強くなれるなら、筋力にだけこだわるんじゃねぇって分かったよ」
飲むときだけはシェルダンに対しても口調を崩すと決めていた。長く付き合っていくことになるから、気兼ねなくやり取りをしたい。
シェルダンの方も改めさせようとはしてこなかった。
「なるほど、しかし、それでも君の強みはその腕力だろう?どういう戦い方を?」
メイスンがまじまじと自分を見て尋ねてくる。ここへ来る前に握手で痛い目を見せてやったばかりだ。
「元重装歩兵で、その中でも筋力は異常だ。全身甲冑を着込んでも、人並み以上に動ける。武器は大槍だな。柄まで鋼で出来てる」
代わりにシェルダンが答えてくれた。
褒めてくれているのだが、自分では物足りないものを自身に対して感じる。
軽装歩兵離れした筋力と、重装備による防御力は余人に替えがたい武器だろうとは、デレク自身も思うのだが。先日、揉めたときに、状況によっては貧弱なガードナーにも劣るのだ、と思い知らされた。
離れた位置から雷を撃たれれば死んでしまう。
重装歩兵のときから感じる、自身の実力への閉塞感をいい加減、打破したい。
「得物を変えてみては?力が強いなら打撃武器がよいでしょう」
メイスンがシェルダンに対して提案する。確かに槍の穂先で正確に突くのよりも、柄でぶん殴るほうが得意だ。槍は標準装備だったから惰性で使っていたに過ぎない。
「そうだよなぁ。俺もそう考えてる。突くより叩くほうがこいつには合ってると思う」
シェルダンも頷いていた。
最近、いろいろと試しにつきあわされていた理由を、ようやくデレクは理解する。自分に合った戦い方や武器を試行錯誤してくれていたのだ。
3人の話が武術談義へと移る。話が盛り上がれば盛り上がるほど、シェルダンの婚約者カティアがあらわれるのではないか、と恐ろしい。
メイスンは卓越した剣技に、神聖術、という聖騎士と同じ技が使えるのだという。
「まったく、あんたは先日の従者といい、とんでもないのばかり部下に持ってたんだな」
呆れてデレクは言い放つ。
ペイドランという少年もかなりの実力者だったと聞く。
「お前も、その馬鹿力で、とんでもないのの仲間入りをしろ」
上機嫌のシェルダンに言い返されてしまった。言うは易し、である。
「そうだな、腕利きの重装歩兵がいれば、私も心強い」
さらりとメイスンが告げる。
おや、とデレクは思う。自分にも魔塔へのぼれ、というのだろうか。
シェルダンがギョロリとメイスンを睨む。だいぶ酔っ払っているようだ。また、さめざめと泣くシェルダンをカティアの元へ連れて行くことになるのだろうか。
最初のことがあって怖いのだが、不思議と酔い潰れたシェルダンを見るとカティアが喜ぶのだ。シェルダンが涙ながらに、日頃は言わない睦言を並べ立てるからだろう。玄関で少し見ただけでも、見ているこちらの顔から火が出そうになったほどだ。
「訂正、デレクは駄目だ。うちの分隊に必須だ。絶対に手放すものか」
思いの外、強い口調でシェルダンが言う。
有難すぎる言葉にデレクのほうが泣きそうになる。
「私のときとは随分違うじゃないですか」
苦笑してメイスンが言う。
「ペイドラン君だって、あなたが送り込んだようなものでしょう」
扱いの違いをさらに指摘されている。
シェルダンが口をへの字に結んだ。
「お前は聖騎士セニア様の親戚で、ペイドランはゴドヴァン様やルフィナ様に使われていた密偵だった。本来いるべき場所へ背中を押してやっただけだ」
拗ねたようにシェルダンが言う。
「俺も、第7分隊でやっていくって決めてるんでね。魔塔にのぼる気はねぇよ」
はっきりとデレクも宣言した。
(まぁ、もし、シェルダン隊長がのぼるってんならついてくがね)
たとえどこであろう、と部下としてついていく、とデレクは心の中で付け加えるのであった。




