205 ゴドヴァンとルフィナ〜結婚式後
ペイドランとイリスの結婚式から3日後。ゴドヴァンはルフィナとともに、のんびりと穏やかにルベントで過ごしていた。
「珍しいわね、あなたがあんな風になるなんて」
たおやかに微笑んでルフィナが言う。
ルベントに建てられたシオンの新しい離宮に設けられた客室だ。赤を貴重とした絨毯に、新築の匂いが鼻を刺激する。
ペイドランとイリスの結婚式参列にあたって、あてがわれたのであった。既に滞在して8日目になる。快適そのものだ。
「まったく、シオン殿下は何を考えてんだ」
ゴドヴァンはルフィナと卓を挟んで向き合い、こぼす。
シェルダンとイリスの生存を知っていながら知らせることもなく、ペイドランに至ってはいつの間にか自分の従者にまでしていた。シオンも魔塔攻略の必要性と大変さは分かっていると思っていたのだが。
「ダメよ、殿下に文句をこぼしたら。可愛い二人の結婚式をお膳立てしてもらっているのだから、そこは良かったことでしょう?本来は親代わりの私たちが面倒を見ることよ?」
事情が事情なだけにルフィナもたしなめこそすれ、いつものようにツンケンと怒ってはこない。
「それにシェルダンも。もうカティアって娘にプロポーズまでしてて、もうすぐあの子も結婚ですって」
更にルフィナが続ける。顔が笑っていた。
自分も似たような表情だろう。シェルダンについては上手くやられたように思えて、笑ってしまうくらいだった。
じいっとルフィナの紫の瞳が自分に据えられる。
何か自分の言葉を待っているかのように。『このままではシェルダンにも先を越されるわよ』とでも言いたいのだろうか。
ドレシアの魔塔攻略後、自分とルフィナは婚約した。式も挙げて、多くの人々に祝福してもらった上で。
(何を自意識過剰なことを)
ゴドヴァンは自嘲した。
紫色の髪に紫色の瞳。陶器のように白い肌にほっそりとした肢体。あまりに魅力的な美女との婚約である。自分には本当に勿体ない女性だ。何年も一緒にいて、今なお惹かれ続けている。
「本当にこんな俺でいいのか」
戦いに身を置く人間として思う。本当は激闘の中、いつ死んでもおかしくない身だ。
先日のラルランドル地方の戦いでは、敵が不可解な崩れ方をしてくれたおかげで、危なげなく勝つことが出来た。現在ではアンス侯爵の指揮する第1ファルマー軍団が同地方を完全に制圧し、南方のガラク地方を窺っている。
この後のガラク地方の制圧戦に、魔塔攻略と命がけの戦いが待っているのだ。アンス侯爵からも『遊んでないでとっとと戻って欲しい』との要請を持つ伝令が毎日送られていた。
数日かかる遠隔地から毎日伝令を送ってくるあたりに、アンス侯爵の性格がよくあらわれている。
「なぁに?」
ルフィナがいたずらっぽく笑って言い、甘えるように身を寄せてきた。
口に出ていたようだ。更に体を密着させられたことにゴドヴァンは慌てる。
「ねぇ」
ためらいがちにルフィナが口を開く。
恥じらっているのか、顔が真っ赤だ。
自分は何か決定的な、勇気の要る言葉をルフィナに言わせてしまうのだろうか。
男の自分が言うべきことだ、とゴドヴァンは思うも言葉が出てこなかった。
そっとルフィナが身を離す。
「あの、メイスンって男に怒ってたみたいだったけど?」
思っていた言葉ではなかった。決定的な言葉はルフィナも言うことができないようだ。やはり自分との将来にはまだ不安があるのだろう。
「メイスン・ブランダード。魔塔が立ってた土地の、領地の次男坊だそうだ。貴族学校じゃ有名な剣豪で、いずれは軍に入って頭角をあらわすはずの男だった、と」
シオンから聞いたばかりの話をゴドヴァンはルフィナに披露する。
「あら、じゃあ、あなたの同僚になるはずだったのかしら?」
ルフィナが笑って尋ねてくる。
世代もシェルダンたちよりも上で、29歳の自分たちと同じぐらいだろう。
「あんな、さりげなく殺気を向けてくるような、生意気なやつはごめんだ。どれだけ腕が立っても、な」
ゴドヴァンはわざとムスッとした顔を作る。
本当に面白くないのはそこではない。
「そんなことで怒ってたんじゃないでしょ?分かるわよ」
ルフィナにはすべてお見通しなのであった。理解されているようで、かえってゴドヴァンは嬉しくなってしまう。
「俺らのほうが付き合いは、長いんだけどな」
苦笑いしてゴドヴァンは打ち明けた。
最古の魔塔に上っている。酒を呑んで腹を割って話したこともあった。レナートへの敬意や縁という面でも、ゴドヴァンの方は親近感を抱いている。
(それなのに、シェルダンのやつ)
隠れた実力者であるシェルダンの、本当の実力を知るのは、レナート亡き今、自分とルフィナぐらいだ、と思っていたのだが。
ペイドランとイリスの結婚式場でも披露宴でも、シェルダンがメイスンと随分親しそうにしていた。セニアはおろか、自分やルフィナにも見せたことのない気さくな様子で、年相応の姿に見えたものだ。
横に並んでいたカティアともメイスンは親しそうに見えた。
「そうねぇ、メイスンは部下だったのでしょう?一緒に仕事をした間柄、っていうのはシェルダンにとっては大きなことなのかしらね」
ルフィナもため息をつく。メイスンのことは最初から呼び捨てである。
「私も、シェルダンたら私達にまで生きてることを隠して。すっかり寂しくなってしまったわ」
最初にセニア達と自分達とで詰め寄った時と、分隊員たちやメイスンと話をしている時とでは、表情がまるで違った。
セニアに至っては、生きていた喜びよりも生存を隠されていたことに冷淡さすら感じて、かなり落ち込んでいる。そのセニアを現場で慰めていたのがまた、クリフォードではなくメイスンであったこともなんとなく気に入らないのであった。
「シェルダンのやつ、部下をセニアちゃんのところへ送り込んだってわけか」
なんとなくゴドヴァンは言葉にして告げた。
セニアのメイスンを見る顔が、まるで父親を慕う娘のようで。自分とルフィナの婚約式と違って最初から美しい緑色のドレスを身に纏っていた。
「次の魔塔攻略についてくる、なんて話になりかねないわね」
ルフィナも困り顔である。
嫌がっているのは自分だけではなかったのだ。
ただ、思い返せばペイドランもシェルダンが、魔塔へ連れて行かれるよう仕向けたのであった。
(そんなに上りたくなかったのか、あいつ)
つい苦笑してしまうほどシェルダンの行動は一貫していた。
魔塔はどうにかしたいが、自分は上りたくないのである。
だが、ゴドヴァンたちにとって、幼い頃からの姿を知っているペイドランならばともかく、人格も能力もほとんど知らないメイスンでは、ワケが違う。そこの心情を勘案出来ないのもシェルダンらしさではあるのだが。
「それに剣士だってことなら、あなたはもちろん、セニアさんだっているのよ?同じような能力の人ばかりを集めても、ねぇ?」
ルフィナが更に言い募る。
ゴドヴァンの意を汲んでくれている、というよりもルフィナはルフィナで考えがあってメイスンに好意的ではない、というのが嬉しかった。
「ただ、かといって、ペイドランとイリスを、俺ももう巻き込みたくないな」
ゴドヴァンのこの言葉にも、ルフィナが頷いてくれた。
先の魔塔で無理をさせすぎた、という反省がある。2人とも十分に働いて、死にかけて、それでも生き延びて、幸せを掴む姿を見せてくれた。
初々しい2人の姿がちらつく。
なんとなく、背中を押されたような気持ちとともに自分の中の何かが満たされて明快になった。やはり自分の隣に最後までずっといてほしいのはルフィナなのだ。
「ルフィナ」
ゴドヴァンの心が急に決まった。自分でも急だと分かる。
「結婚してくれ」
何年も口に出したくても怖くて出せなかった言葉。いざ口にしてみると呆気ない気もする。
「へ?」
あまりに唐突だったせいで、ルフィナが間の抜けた声を上げる。
「指輪も何も準備していない」
準備していたら逆に自分は何も言えなかったろう、とゴドヴァンは思う。
「気の利いたことも言えない。こんな俺だから、捨てて、振ってくれても構わない。ただ、もし受け入れてくれるなら、次に落ち着いた時、皇都で挙式して結婚しよう」
思ったままを漏れなく言葉にできた。
ルフィナが両手で口元を覆い、目からポロポロと涙を流し始める。
「な、何よ、そんな藪から棒に、急に、話しの順番がぐちゃぐちゃよ」
言葉の上ではツンケンと咎められてしまう。
やはり自分では駄目なのか。この、心地よい関係も終わるのか、とゴドヴァンは不安になる。
「もう、嬉しい。こ、こんな私で本当にいいの?」
ポツリとルフィナが告げて、また身を寄せてきた。
良いに決まっている。
こうして2人はようやく長い恋愛を経て、結婚する運びとなったのであった。




