203 結婚式〜ペイドランとイリス
ペイドランはすっかり固まってしまう。
礼拝堂の荘厳な木製扉の前、つややかな木材に複雑な造りの彫刻がなされている。光り輝く様子を描いたのだ、と予行練習の時に聞かされていた。扉からして高価そうだ、ということ以外、教養のないペイドランには分からないのだが。
(どうしよう、可愛すぎ、綺麗すぎ、目が離せない)
そんなことよりも純白のドレスを身に纏うイリスを目の当たりにして。
言葉も出てこない。胸元まですっぽりと覆いつつも背中を見せるデザインのものだ。汚れない純白の、華奢な背中の線が露わになり、ペイドランを魅了する。
予行練習で見ていなくて、やはり正解だった。結婚式前に自分は卒倒して、今日の式が出来なかったかもしれない。
「やっぱり、ペッド、かっこいい」
一度、自分を見てから、俯いてイリスが言う。恥じらっていて、真っ赤になっている。対するペイドランはただ、従者の制服に錦糸の肩章を着けただけなのだが。
「イリスちゃんのほうが可愛すぎ、綺麗過ぎるよ」
ペイドランは思ったままを口にするしかなかった。
お互いに緊張は隠せない。
これから、扉を開けて神官に先導してもらい、参列者の間を歩くのだ。御神体の前に至ってから夫婦の誓いをする。その後は用意された会場で披露宴をする流れだった。
既に参列者はみな、礼拝堂で席についているはずだ。
案の定、一悶着あったらしい。止めに入ろうか迷っていたのだ、と神官から聞かされている。結局は第一皇子のシオンが丸くおさめてくれたとのこと。
(結局、俺たちより殿下の方が楽しみにしてたぐらいだもんな)
思わず笑いそうになってしまう。
だが、一悶着あることそれ自体は、シェルダンとセニアたちを双方とも招待すると決めた段階で分かり切っていたことだ。
(でも、こうでもしないと、隊長のこと、セニア様たちは知らないままだろうし。バレるの、後になればなるほどこじれるから。隊長も変なこと続けるよりは)
ペイドランは思っていて、シェルダンとセニアたち双方の招待を決めた。
自分たちの結婚式が和解のきっかけとなるなら、素敵なことだと思えたのだ。イリスの方はまた別の考えがあったようだが。
「イリスちゃんの可愛さのほうが。俺、心臓止まりそうだもん」
ペイドランも告げる。
何度も何度もイリスの頭の天辺から爪先までを視線が往復してしまう。目に焼き付けておいて一生の記憶に留めておこうと思ったのだ。
「もうっ、本当に、もうっ」
いつになく恥じらってイリスが言う。ただただ本当に可愛らしい。
「それに、すんごい綺麗で、ドレスも似合ってて」
追い討ちをかけるようにペイドランはイリスを褒め称える。いくら言っても言葉が魅力に追い付かない。
本当は力いっぱい、我を忘れるぐらいに抱きしめたいのだが。それをすると衣装が崩れてしまう。
「このままずっと見ていたいぐらいに、本当に大好きだよ」
グッと抱きしめるのを堪えて、代わりにペイドランは耳元で囁く。
「もうっ、くすぐったいよ、いろんな意味で」
イリスが身をよじって距離を取るような動作をした。
恥ずかしさに耐えかねた、という所作からして、どうしようもなく可愛いのだ。
「こほん」
わざとらしく、いつの間に来ていたのか、若い神官が佇んでいた。短く刈り込んだ髪の上に白い丸帽子を乗せている。
本来なら家族の誰かに先導してもらうのだが。ペイドランもイリスも、お互いに親がいないため、2人で手を取り合って入場することとしていた。
お世話になっている人たちみんなに祝福されながら、御神体の前まで進むのだ。
「まず、おめでとうございます。本当に素敵で可愛らしく、初々しいご夫婦の、出発の日に立ち会えることを嬉しく思います」
ニコニコと笑顔で神官が言ってくれる。
「お二人の仲睦まじさをいつまでも独り占めしているのも、良くないですから。入場することとしましょう」
ペイドランはイリスと顔を見合わせて頷いた。
微笑んで神官が両開きの木製扉を押し開く。
きらびやかな礼拝堂の中、お世話になった人々、これからも御世話になる人々で溢れている。
(良かった、みんな、笑顔で優しそうだ)
改めて、イリスの手を握り、並んで歩きながらペイドランは思う。
自分もイリスも二人っきりの人生ではないのだ。みんなにも仲良くしてほしいのであった。
「おめでとう、やりやがったな」
ハンターの野太い声が聞こえてきた。第7分隊の人たちの席近くだ。ハンスやロウエン、カディスまで一緒である。
「すんごく可愛い娘だ」
ポツリと聞こえたような気がした。たぶん、ロウエンあたりの独り言だろう。
シェルダンもカティアと並んで微笑んでいた。
一瞬、『やってくれたな』と言わんばかりに渋い顔を、わざとらしく作って見せてくる。ただ、『冗談だ』と言わんばかりにすぐ、ニヤリと笑う。
ペイドランはニッコリと笑顔を返す。多分、再会は酷いことにならなかったのだろう。
更に歩を進める。
「イリスッ!本当にっ、本当に生きてたっ、良かったっ、おめでとう!」
セニアが両手で顔を覆って大泣きだ。膝から崩れ落ちそうなところを執事らしき端正な顔立ちの人に支えられている。
隣に立つクリフォードが自分らを見て喜び、セニアを見て複雑な顔をしていた。執事らしき人がメイスンという人だろう。
(イリスちゃんを助けてくれて、ありがとうございます)
ペイドランは小さくメイスンに頭を下げた。いずれ直接お礼を言いたいと思う。
花嫁のイリスも長く主人であったセニアを見て涙ぐんでいた。
『驚かしてやるの。だから本番まで会わないでおこうと思うの』
招待状を送っておいて、今日まであえて会わずにいたイリスを思い出す。プククといたずらっぽく笑っていて可愛かったのだが。
今は涙を浮かべて、セニアと手を取り合っている。
「まったく、お前はほんとうに。いやぁ、めでてぇなぁ」
ゴドヴァンがおいおいと男泣きに泣きながら、我が子のことのように喜んでくれる。
「ほんとうに良かったわねぇ」
ルフィナも目元にハンカチを当てていた。時折、別のハンカチでゴドヴァンの目も拭いてやっている。
親代わりの2人であった。今日まで至れたのは2人のおかげだ。思うにつけて、ペイドランは衝撃的なことに気付いてしまう。
(俺、親代わりのお二人より先に結婚しちゃった)
待つつもりもサラサラなかったのだが。この二人はとっととくっつけば良いのである、とペイドランは切に思った。
やがて、今、お世話になっているシオンら仕事の関係者がいる位置へと近付く。最前列にいるシオンがとても誇らしげに時折、後ろを振り返る。また、ペイドランとイリスとを見比べて、満足気に頷く。
そして、ペイドランは光を吸わせるかのごとく、降り注ぐ陽光の中に据えられた、御神体の水晶玉にイリスとともに向き合った。水晶玉の横には炎と翼を象った飾りが据えられている。
2人息を合わせて同時に跪いて、今日という日を迎えられた感謝とお互いに出会えたことの喜びを捧げた。
神が了承してくれれば、水晶玉は七色の美しい光を放つという。実際は神官が魔力を注いで光らせるのだが。
七色の光に包まれながら、ペイドランはみんなの前でイリスと誓いの口吻を交わす。
こうしてペイドラン・ヒュムは、イリス・レイノルと結ばれて夫婦となった。




