202 結婚式参列3
「そこまでだ、ゴドヴァン、クリフォードもいい加減にしろ」
一喝とともにドレシア帝国第1皇子シオンがあらわれた。
神聖教会の結婚式では、礼拝堂の一番奥にある、御神体の水晶玉の前で結婚の誓を新郎新婦が行う。
シオンの席はペイドランの雇用主にして出資者、次期皇帝ということで、最前列であった。対してシェルダンらが揉めたのは礼拝堂の入口付近である。騒ぎを察知するのにも来る判断を下すのにも時間がかかったらしい。
「あ、兄上、なぜ私まで」
珍しく、まだ何も失点をしていないはずのクリフォードが困惑する。
さすがに少しだけ気の毒だが、日頃の行いのせいだと察するべきだ。
「まず、今日は私のっ、可愛い従者であるペイドランとそのっ、これまた可愛い恋人であるイリス嬢の結婚式。一生に一度の晴れ舞台だぞ」
細い、鋭い、怖いと三拍子揃ったシオンが熱を込めて力強く言う。どうやら本人たちと同じぐらい、或いはそれ以上にこの式典に入れ込んでいるようだ。
「これ以上の、いかなる争いも許さん。2人の気持ちが分からんなら私の権力を行使して強制退出の上、処罰を下す」
力強くシオンが宣言した。
(2人の気持ちというより第一皇子殿下のお気持ちでは?)
いかなる罪状に当たり、いかなる刑罰に当たるかシェルダンにもわからないが、冗談ではない、ということだけは語気と表情からよく伝わってくる。
「そして、ここにいるシェルダンも、私の従者ペイドランのこともそっとしておいてやりなさい。もう、十分働いただろう?よって第1皇子にして次期皇帝である私の名のもとに、魔塔攻略参加への無理強いは禁ずる」
シオンが明言してくれる。もとより今日の式典にはシオンの部下たちも多く参列しているようだ。さりげなく人払いまでしてくれた。
気の回し方が異母弟とはまるで違う。
「しかし、殿下。シェルダンの力は」
ゴドヴァンがシェルダンに一瞥をくれてから言いかける。
対するシオンが一睨みで黙らせた。
「繰り返すが、この式は私の援助で前途有望な若い二人のために挙げるものだ。命懸けで弟のため力を尽くしてくれた、まだ幼いながら真に愛しあう2人に報いるために、な」
シオンがクリフォードにも視線を向けて告げる。
やはり、これだけの式場を押さえ、客を呼べたのには金銭の援助があったのだ。なんとなくシェルダンはホッとしてしまう。
(そりゃそうだよな)
シェルダンは思い、式場とぎっちり埋まった参列客の席を見渡す。
ただでさえ自分より5つも年下のペイドランが先に結婚するので、その面では心中穏やかではなかったのだ。まして、自分とカティアが将来挙げるであろう式よりも随分立派な会場である。
(それは、俺だって、すべてを超一流に出来るならしてやりたいが)
ちらりと美しいカティアの横顔を見てシェルダンは思う。
軽装歩兵の稼ぎでは派手な式は難しく、その可能な範囲の中で最高のものを、と日々、自身に言い聞かせているところだったのである。
「兄上、ペイドランをご自身の従者としたことについては、私からも、言いたいことがいくつもありますよ」
低い声でクリフォードが言う。ペイドランを自分の魔塔攻略に際しての助手にでも、クリフォードはしたかったのだろう。まだ若く素直なペイドランのほうが、クリフォードとしてはシェルダンよりも御しやすい、という打算もあったはずだ。
「本人が希望したことだ。魔塔からは距離を置いて、違う人生を歩みたくなったのではないかな」
シオンが涼しい顔で言う。
「世帯まで持つのだし、本人も嫌がった。そして私には腕利きの従者がちょうど必要であった」
お互いの利害がピタリと一致したのだ、とそう言いたいらしい。
「ペイドランに、先に目をつけたのは私です」
子供のような理屈をクリフォードが口にする。
その理屈で言うなら一番先に目をつけたのはシェルダンなのだが。いっそ次の人事では自分の下に戻しては貰えないだろうか。
(まぁ、収入が違いすぎるか、さすがに)
そして自分で結論づけて肩を落とした。自分の収入が安いということでもある。
「お前はペイドランに何をしてやった?兄として、お前の魔術の力量も魔塔での戦果も、すべて鼻が高いが。2人のことについては聞いている限り感心出来ないぞ?胸に手を当てて思い返してみなさい」
諭すようにシオンがクリフォードに言う。兄弟喧嘩をしていた割には本当に仲の良い兄弟である。
「ぐっ、それは確かに仰るとおりですが」
クリフォードが唇を噛んで俯いた。
現にこれだけの結婚式の援助を見せつけられているのでは、ぐうの音も出ないのだろう。
「良かったわ、あなた、シオン殿下にここまで仰って頂けるなんて」
カティアが安堵した笑顔を浮かべてしだれかかってくる。
生存を隠し続けることにかなり疲れているようでもあったのが、これで一応、解消されたということでもあった。
「禁じられたのは無理強いだから、あくまで依頼はしてくるかもしれないが。それはきっぱり断ろう」
シェルダンも優しくカティアの耳元で囁いた。
「そもそもシェルダンもイリスも、生存をご存知だったなら、兄上から私に教えてくださっても良かったではないですか」
まだ残る不満をクリフォードが吐き出した。甘ったれるのも大概にしてほしい。
「お前がしっかり見るべきものを、しっかりと見なかっただけではないか」
シオンが厳しくもはっきりと言い切った。
大した隠蔽など自分もしていない。出来るわけもなかった。クリフォードたちが間の抜けているだけだ、と言われればシェルダンは大いにうなずくところである。
「シェルダン殿、しかし私達には」
相変わらず最後まで勝手を言おうとするのはセニアである。
何かを言いかけた。
「隊長!話が済んだんなら、席はこっちですぜ!」
副官のハンターが手を挙げて大声で呼ぶ。
貴人に煩わされて困惑している自分たちを助けようとしてくれたらしい。
年嵩の副官に感謝しつつ、シェルダンは一同に一礼をしてから分隊員たちの方へと向かう。カティアも皮肉たっぷりに澄ました表情で、優雅な仕草のお辞儀をして続く。
「大変そうでしたな、大丈夫ですか?」
苦笑いしてハンターが言う。筋肉質の体に黒い礼装があまり似合っていない。
「呼んでくれて助かった。この間の特命のことでお偉いさんからいちゃもんをつけられてな」
シェルダンはしれっと告げる。全部が嘘でもない言い方だ。この間というのをドレシアの魔塔の方、と考えればだが。
別にしなくとも厳密には構わないであろう、生存の報告をしなかったから起こった騒ぎなのだから。
「いつもながら、優秀だと苦労しますなぁ」
心底同情した笑顔をハンターが向けてくれる。
「まぁ、もっとお偉いさんが来てくれたんで、なんとかなった」
もうやめてくれ、とシェルダンは手をヒラヒラさせて告げた。そろそろ今日の主役の思い出話をしたい。
「しかし、隊長、見ましたか?メイスンのやつ。すっかり出世して。澄まし顔してるもんだから、俺ぁ、大笑いしそうでしたよ」
現に笑いながらハンターが告げる。
本人も覚悟の上であろうが、次の魔塔へ軽装歩兵として上るのはメイスンとなるだろう。
(俺が魔塔へ上りたがらないせいで、か)
ふと思わぬ感慨を抱いてシェルダンは驚く。
自分は関係ないのが当たり前だ。
(そう、あるべきだ)
カティアの横顔を見て、改めてシェルダンは思うのであった。
いよいよ新郎新婦の入場する時間となる。




