201 結婚式参列2
思っていたよりもセニアらが常識的な対応をしてくれている。シェルダンは、ホッと内心で安堵した。感情のまま責め立てられ、魔塔攻略に引きずり込もうとされるのでは、と危惧していたのである。
(だが、それとこれとは話が別だ)
それでも自分を守ろうと怒ってくれる婚約者の手前、シェルダンも言いたいことを言おう、と決めた。
「まさか勝手に死んだと決めつけて、調べもしなかったのですか?」
静かな怒りを滲ませてシェルダンは告げる。
本当にもし仲間だと言うのなら、然るべき確認ぐらいはしてほしかった。気付かれないままの方が良かったとも思いつつ、心の中の何処かではそれぐらい気付ける人々であってほしかったとも。
「そ、それはすまなかったが。そっちから報せてくれてもいいじゃないか」
弱々しくクリフォードが言う。
カティアと2人、睨みつけて黙らせてやった。セニアも同様で俯いて黙りこくってしまう。その後ろでは元部下のメイスンが苦笑いだ。
「まぁ、それはさておいといて、だ」
ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべてゴドヴァンが口を挟んできた。何を言いたいのかはだいたい察しがつく。
「また、魔塔で一緒に戦えるな」
予想通りのことをゴドヴァンが言う。ルフィナも頷いている。2人ぐらい分かりやすいとかえって腹も立たない。昔からの付き合いもある。ただ、シェルダンとしては、間違いなく上りたくないだけだ。
素直に生存を喜ばれる方が、魔塔攻略を断ろうという話ではやりづらい。
「あなたたちは性懲りもなく。それはダメですわ。妻としてお断りします」
カティアがはっきりと断る。話の中では、いつしか夫婦ということになっていることに、シェルダンは気付く。厳密にはまだ婚約関係だ。
(まぁ、伝える内容は変わらない)
シェルダンも首を横に振ってから、手で☓をつくった。
「ペイドランの奴も新婚になっちまったし、可哀想だからな。何より俺とルフィナは、やっぱりお前と一緒に戦いたいんだよ、頼むって」
まるで少年が遊びにでも誘うかのような気軽さでゴドヴァンが言う。カティアにも手を合わせて頼み込んでいる。
「まったく、私にも可哀想だ、と思ってくださいよ」
苦笑いしてシェルダンは返した。
「もう、この方たちは」
さすがのカティアも毒気を抜かれたようで、同じく苦笑いをしていた。
「それぐらいに、なさるべきではありませんか」
おもむろにメイスンが口を挟んできた。
涙でぐしょぐしょに頬を濡らしたセニアにハンカチを渡しつつ、自分とゴドヴァンの間に割って入る。どうやら俯いていたセニアは泣いていたらしい。
「あ?誰だ、お前は」
珍しく露骨に不機嫌な声でゴドヴァンが応じる。口調まで見た目のままに荒々しい。本来は怖い見た目なのだが、いつもは人懐っこさで隠しているのだ。
「私はシェルダン殿の元部下で、現在は聖騎士セニア様の執事を務めます。メイスン・ブランダードと申します」
堂々と名乗り、メイスンが頭を下げた。
主人のセニアよりよほどしっかりしている。騎士団長のゴドヴァン相手にも一歩も退いていない。
「名前じゃねぇ。俺とシェルダンの間に割って入って邪魔を出来る身分なのかってことだ」
更にゴドヴァンが言い募る。ルフィナが袖を引いて諌めようとするのにすら、気付いていない。よほどメイスンが気に入らないようだ。
「身分のことをおっしゃるなら、一軽装歩兵のシェルダン殿に無理な要求をするのを、そちらも止めるべきでは?」
きれいに言い返すメイスン。
セニアの眼差しが気になった。ほれぼれとメイスンを眺めていて、少し頬も上気している。まるで恋する乙女のようだ。
「他人が俺たちとシェルダンの何が分かるってんだ。シェルダンがいないと魔塔は」
ゴドヴァンが感情のまま、公言してほしくないことまで口走ろうとする。
「それぐらいになさるべきです。公平ではありませんよ。ここで宣言してシェルダン殿を追い込むのはね」
強く鋭い口調に呑まれて、あのゴドヴァンが黙った。
ただ黙らされたことに屈辱を覚えたのか、更に何かを言おうと口を開く。
「や、やめてください!」
先に叫ぶ声が1つ、ゴドヴァンとメイスンをとどめた。
声の主はリュッグの恋人だ。どことなくペイドランに似ている。妹かもしれない、とシェルダンは思い至る。
「お、お兄ちゃんとイリスさんの結婚式で。せっかくの御祝いですよっ!」
まったくもって、この少女の言うとおりだ。可愛らしい黄色い花柄のドレスを身に着けている。兄と恋人の結婚を心から喜んでいるようだ。
シェルダンは冷淡に一同を見回した。
「正論ですね」
一言だけ添えておく。
あくまでペイドランとイリスの結婚を祝い、今後の幸せを願う場であり、自分の生存など少なくとも今は二の次であるべきだ。
「そのとおりですよ、シエラの言うとおり。今日の主役はペイドラン君とイリス嬢です。魔塔やシェルダン殿のことなど、無粋な話は後です」
メイスンがニヤリと笑って告げる。意味ありげに目配せをしてきた。また、助け舟を出して貸しのつもりなのだろう。
「おいおい、俺まで無粋な話なのか」
シェルダンも苦笑いして応じる。
「腹に鎖を巻いているのが無粋ではないと?」
教会に武器を持ち込んでいることを、さらりとメイスンに言及されてしまった。
ゴドヴァンやルフィナ、カティアまでもが自分とメイスンとのやり取りを意外そうに眺めている。
「くそっ、なんなんだよ、お前は。シェルダンと随分親しげにして」
ゴドヴァンがメイスンを睨みつけて尋ねる。
「ですから私は聖騎士セニア様の執事でメイスン・ブランダードと申します。シェルダン殿とは軍にいたころの上司部下の関係ですよ」
はっきりと告げるメイスン。つまり、ゴドヴァンらとは違った形での戦友、仲間なのだ。シェルダンとしては口を挟んでもらう資格はあると思うのである。
「だから執事の分際で邪魔をするなよ。まして、セニアちゃんの執事なら」
シエラの悲痛な叫びがあってなお、ゴドヴァンが言い募る。ルフィナのメイスンに向けられる目も冷ややかだ。この二人にしては珍しい反応だ、とシェルダンは思う。
「私の主人はあくまで聖騎士セニア様です。たとえドレシア帝国騎士団長といえど言いなりにはなりませんよ」
メイスンが正面からゴドヴァンの視線を受け止めて啖呵を切った。
「おじ様」
なぜか主であるセニアがうっとりとメイスンを見つめて呟く。
一体、自分が死んだふりをしている間に何があったというのだろうか。なんならうっとりしている間があったら、主のセニアが場を収めるべき局面だ。
「まして、馴れ馴れしく『ちゃん』付けで呼ぶなど。妙齢の貴族令嬢に。そちらこそ少しは立場をわきまえられてはいかがですか」
ひんやりとした殺気を漂わせてメイスンが言う。
ゴドヴァンを刺激したのはこの殺気なのかもしれない。自分へと注意を向けるために武人としての技術まで使ってくれたのだ。
(弱ったな。話がどんどん逸れて、どうゴドヴァン殿をおさめればいいんだ?)
有り難く思いつつもシェルダンは困惑していた。
セニアやクリフォードはおろか、揉めているのがゴドヴァンだからルフィナもあてにならない。
周囲にいる面々はまるで役に立たないことに、シェルダンはうんざりしてしまうのであった。




