200 結婚式参列1
ルベントの中央神聖教会は、赤レンガ造りの荘厳な建物であり、観光名所にもなっている歴史的建造物だ。100人以上収容出来る礼拝堂も備えている。
「凄いわね」
カティアが零す。
「まったくだ」
弱冠16歳同士でありながら、ここで結婚式を挙げるというペイドランとイリスに対し、シェルダンは驚きを禁じえないのであった。
シェルダンも中に入るのは初めてだった。イリスの側から招待されたカティアと2人である。
(これ、貴族の人だよな)
受付をしている金髪と黒髪の偉丈夫を見て、シェルダンは思う。ペイドランの職場同僚とのこと。恐ろしく出世したものだ。
「すごい式ね。2人とも若いのにすごいわ」
自分自身も若く美しいカティアが言う。白いワンピース姿が紺色の髪とよく似合っている。待ち合わせ場所ではつい、シェルダンも見惚れてしまった。
「まったくだ」
辛うじて相槌を打ちながら、天井の高い建物に足を踏み入れる。光を信奉するだけあって明かり取りの窓が各所に設けられていた。廊下ですら晴天の日は極めて明るい。
「シオン殿下の肝いりだと。出席者が我々以外は今いる職場の関係者ばかりなんだと思う。お偉いさんばかりだから、会場は高価にしたんじゃないかな」
シェルダンは歩きながらカティアに告げる。まだ丁寧ではない口調で話すのがくすぐったい。ともすれば敬語で話してしまいそうだ。
「ルベントに住む女の子なら、みんな憧れてるのよ。ここで式を挙げること。でも、すごいお金がかかるのよね」
カティアがあごに細い指を当てて、教会内を見渡して告げる。
「殿下から尋常じゃない額の金銭援助も受けてるんじゃないかな、これは」
苦笑して、シェルダンは告げた。
若い二人に中央神聖教会での結婚式資金を工面できるとは思えない。つくづく見た目によらず、第1皇太子シオンは、他人の世話を焼きたがる男のようだ。
だが、カティアはともかく自分まで招待するとは、あまり親しい人を呼べていないのだろう、とシェルダンは思っていた。
他にも第7分隊からはハンター、ロウエン、ハンス、リュッグも呼ばれている。また、副官だったカディスも同様だが、せいぜい6人しかいない。自分やカティアを招待したのは出席者が仕事関係ばかりで心細いのだろう、と考えていた。
間違っていた、と知らしめられたのは礼拝堂に2人で足を踏み入れた時だ。
(あの2人、謀られたな)
既に礼拝堂にいる面子を見て、シェルダンは身構える。つい上着をまくりあげて鎖鎌を出しそうになってしまう。
隣に立つカティアの表情も和やかなものから険しいものへと変わった。
大勢の人混みの中には、メイスン・ブランダードがいる。メイスンは構わない。問題はかたわらに水色の髪、緑色のレースをあしらったドレスを着込んだ美しい女性が立っていること。
当代の聖騎士セニア・クライン。
クリフォードにゴドヴァン、ルフィナもいる。ついでにリュッグと恋人らしき少女もいた。
(あいつら、片っ端から知り合いを全部招待したのか。死んだふりはどうしたんだ?)
愕然としてシェルダンは帰りたくなった。
幸い、セニア達一行は自分に気づいていない。おまけに人混みの中である。
隅っこの方に隠れていよう、とシェルダンは決めた。目指せをするとカティアも意を汲んでくれて、無言でうなずいてくれる。2人でセニア達から距離を置こうとした。
「あっ!シェルダン隊長とカティアさん!」
リュッグが自分を見つけて大声をあげた。どうやら恋人がセニアの侍女であることから、貴人たちに紹介されて、とても居心地の悪い思いをしていたらしい。
(あの馬鹿)
初めてシェルダンは心の内で理不尽にリュッグを罵倒した。次の訓練からは筋力強化訓練を3倍にしてやろうと心に決める。
弾かれたようにセニア、クリフォード、ゴドヴァン、ルフィナが自分の方を見る。
「シェ、シェルダン殿?」
セニアが幽霊を見たかのように固まった。無理もない。彼女の中では自分は死んだことになっている。
クリフォード、ゴドヴァン、ルフィナも同様だ。目を何度も瞬きさせて自分を見ている。セニアの横に立つメイスンだけが自分を見つけて爆笑していた。
(あのにわか執事め、他人事だと思って)
元部下のこころない反応にシェルダンは憮然とする。
「あっ、カティアさん、お久しぶりです」
リュッグの恋人と思しき少女がカティアを見つけて手を振ったのを皮切りに、ズンズンと人垣をかき分けて、4人が近づいてくる。
「シェルダンッ!生きてたのかっ!この野郎っ!」
嬉しそうにゴドヴァンが言う。目には涙すら浮かべて。
いつもの調子であれば、あの大きな手で肩を叩くのだろうか。痛いので止めてもらいたい。
「生きてたんなら、生きてたって、なんで言わないの!」
ルフィナも笑顔で咎めだてしてくる。
この2人は別に良い。また会えて、胸のつかえもとれて、むしろ嬉しいぐらいだ。最古の魔塔からの戦友なのだから。
「また、泣くまで呑まされるのが、御免だったのですよ」
しれっと2人にはシェルダンも皮肉で返した。
「全く、この野郎っ、ペイドランとイリスの結婚もあって、これじゃ祝い酒だ!今日は飲むぞ!」
予想通り背中をバンバンと叩きながら叫ぶ。本当に痛いのでやめてほしい。そして自分は飲みたくないと、今、言ったばかりなのである。
「あら、シェルダンったら泣き上戸なのね?」
なぜだかカティアも良いこと聞いた、とばかりに楽しそうに告げる。
「えぇ、そうなのよ?今日は此の式の後、4人で飲みましょ」
微笑んでルフィナも頷いている。ゴドヴァンともうっとりと視線を絡めて、仲睦まじけだ。この2人はとっととくっつけば良いのである。
(まんまと養子みたいだったペイドランに、先越されてるけど何も思わないのか?)
嫌だといった自分の意向は完全に無視される運びとなった。腹立ち紛れにそんな感想を抱いてしまう。
このドサクサに紛れてシェルダンはセニアたちから逃げる所存である。ゴドヴァンとルフィナと出会ってしまったのはもう諦めるしかない。
しかし、聖騎士セニアに細やかな気遣いなどできるわけもなかった。
「シェ、シェルダン殿、わ、わたし」
涙を浮かべて、逃げようとする自分の前にセニアが立ち塞がった。
残念ながら逃げ出すことには失敗してしまった格好である。隣に立つカティアが水色の髪の女聖騎士を睨みつけてくれた。
「シェルダン、生きていたのか、しかし、なぜ」
第2皇子クリフォードが、ただただ驚いた顔をしている。赤髪の整った容姿が人目を引く。
「なぜ、生きていた、と名乗り出てくれなかったんだ」
絞り出すようにして疑問を口にする。
もっともではあるが、胸に手を当てて察してほしい。
少し離れたところで分隊員たちが訝しげな顔をしている。いつの間に合流していたのか、元副官のカディスも一緒だ。
「あなたたちが私の夫に無茶ばかりを強いるからですわっ!」
自分より先にカティアが激高して告げる。
セニアとクリフォードが凍りついたようになった。
「この人が死にかけたのは紛れもない事実。生存を知らせる義理も義務もありませんわ」
流石はカティアだ。相手方はぐうの音も出ない。
隣りにいるシェルダンも気圧されてしまうような剣幕だ。
断言してくれる素敵な婚約者に感謝する。この場に少なくとも一人は自分の味方がいるというだけでも、とても心強い。
「誤解のないように願います。私はただ、いちいち生存をしらせなかっただけです。軍の死亡者一覧を見れば、私の生存など一目瞭然でしたが?」
シェルダンは言葉を切って、クリフォードとセニアへ交互に視線を送る。2人とも気まずそうに俯いてしまう。
一方的に感情のまま捲し立てて来ないだけ、2人とも成長したのかもしれない、とシェルダンは思うのであった。
いつもお世話になります。黒笠です。
この拙作もとうとう節目の200話を迎えました。
正直、これは書き始めたら長くなるぞ、と思っていたところ、一時期は休ませてもらいつつも。応援や閲覧や感想などを賜り、なんだかんだとここにまで至りました。いつもお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
最近は多忙で本当にお世話になっている方への応援や本編の更新で手一杯という日もあり、心苦しい限りです。




