195 第1皇子の思い2
主君であるシオンがペイドランとよく話すので、護衛の騎士や文官たちも一緒になって、ペイドランをからかうようになった。
(一応、護衛の騎士たちは皆、一流の剣士というわけだが、ペイドランの飛刀というのは避けられないのか)
武術に疎いシオンではあるが、投げる技や威力のせいというよりも、避けられない、間を狙って投げているせいのように見えた。
何度か目の当たりにしているが、投げられた相手は皆、完全に不意をつかれている。
「あんまり皆、からかうなら、招待状、返してもらいます」
プンプンと怒りながらペイドランが言う。パターソンからなだめられるとようやく機嫌を直し、パンを齧り始めた。
シオン以下、この離宮に勤める者たちもほぼ全員出席することとなっている。
(ふふっ、職場の上司や仲間も原則招待するものだ、などという話を鵜呑みにするとは。つくづく可愛いものだ)
シオン自身、今からでも楽しみだった。
ペイドランとイリスの結婚式には自身も1番の特等席で臨むこととなる。
細い、鋭い、怖いなどとシオンが言われるものだから、新しく造ったこの離宮の雰囲気も、ペイドランが来るまでは硬く重かった。シオン自身も黙々と仕事をこなすばかりだったが。
ペイドランもイリスも小柄だが美形だ。16歳同士での晴れ舞台などそうそう見られるものではない。新しい可愛げのある従者が来て、主であるシオンへの印象が変わった。そこに来てのこの、結婚式という一大行事である。皆が湧き立つのも無理はない、とシオンは思っていた。
食事休憩を終える。
「ペイドラン、その結婚について、そろそろ君には話しておかなくてはならないことがある」
午後の政務に入る前に、シオンはペイドランにしておくべき話があった。
ペイドランが神妙な顔をする。いつもの悪ふざけではない。直感だけでよくも分かるものだ、とシオンは思う。
「君のほうがなぜか先になってしまったが。私は次期皇帝だ。当然、即位するに先だって結婚する必要がある。世継ぎをもうけねばならんからな」
シオンは極めて重要な問題を打ち明けた。自分には結婚相手や婚約者はおろか、有力な候補すらいないのである。もちろん、次期皇帝であるから有力貴族などからの申し出は後を絶たない。
(私が心を決められる相手がいない、ということが問題なのだ)
もとより希望や理想など結婚に抱いてはいないのだが、数ある候補から選ぶ決め手にも欠ける。結果、いつの頃からか結婚すること自体に後ろ向きになり、考えないようになっていた。
「なら、他人の結婚式にかまってる場合じゃないんじゃ」
呆れ顔でペイドランが言う。自分とイリスの結婚式にどれだけの価値があるか分からないらしい。
シオンはため息をつく。
「それはそれ、これはこれ、だ。まず、私が結婚を素敵だと思わねばならん。君とイリス嬢の幸せいっぱいの結婚式はさぞやそう思わせてくれるだろうと、期待しているのだが?」
大真面目にシオンは告げた。いつしか後ろ向きになってしまった気持ちを前向きにすることが手始めに必要なのだ。
「うーん、別に俺もイリスちゃんも殿下のために結婚式するわけじゃないのに」
小さな声でペイドランがこぼす。
「もちろん、私もそんなことは分かっている。あくまで、私の気の持ちようの話だと思って聞きなさい」
シオンはこぼした独り言にも返事をした。
自分がかつて、なかなか皇位を譲られないどころか、政務に疎いクリフォードに取って変わられかけた、最大の要因だ。
25歳にして未婚。ドレシア帝国でもかなり遅いほうだ。世継ぎを作る気もないのに皇帝など、と父に思われてしまった。片やクリフォードのほうが、隣国の見目麗しい聖騎士と恋仲となり、父皇帝には跡継ぎとして魅力的に見えたらしい。
類稀な魔力によるカリスマ性と聖騎士セニアがあれば、政務に疎くともクリフォードに皇位を継がせ、実務をシオンに担わせる方が安定する、と考えたようだ。
(もちろん、そうは問屋が卸さない)
シオンもそこまでは受け入れられなかったのである。
「そうかもしれませんけど。結婚したくなるぐらい好きな人がいて、それで結婚するんじゃだめなんですか?」
悪意なく、可愛い従者が素敵なことを言う。
ただ、好きな相手と結婚する。自分も同じようにできればどれだけ幸せなことかと思う。
(誰しもが君らと同じようにできるわけではないのだよ)
微笑ましく思いつつシオンは内心で苦笑した。
ふと、好きな相手に対してまっしぐらに進んでいくクリフォードが羨ましくもなる。それまでの結婚話を全て蹴り飛ばしてセニアへの求愛を始めたのだった。
「皇族はそういうわけにはいかんのだ。世継ぎをなすのも大事な務め。国母となる女性を選ぶのも務め、だ」
重々しくシオンは告げる。
ペイドランが首を傾げた。同じようにクリフォードのことにでも思い至ったのかもしれない。
「かといって、悲しい結婚をして不仲になり、相手を不幸せにすることも当然避けたい。出来れば心寄せられる相手を選びたい」
さらにシオンは告げる。自分自身でも幸せな結婚を出来ればしたいのだ、と付け加えながら。
「大変なんですね」
半ば他人事のようにペイドランが言う。
決して他人事ではないというのに。
「あぁ、だから君の力が必要だ」
シオンはさらりと告げてやる。
きょとん、としてペイドランが固まった。予想通り、大混乱に陥っている。はっきり顔に出してしまう、黒髪の従者が微笑ましかった。
「私の花嫁選びを手伝ってほしい。君は勘が鋭い。当然、全てを委ねるつもりもないが。姿見と経歴だけでは、最早、私も決められない」
実際、膨大な量の推薦書と姿見などの釣書が、ルベントに新造した、この離宮にも届けられている。
「ええっ、そんなの無理です。そもそも殿下、どんな女性が好きなんですか?」
困惑しつつ尋ねてしまうペイドラン。その質問をしてしまうと、泥沼にはまる、とまだ分からないところがまた、可愛げなのである。
(つくづく、シェルダン・ビーズリーを召し抱える羽目にならなくて良かった。彼では、こうはいかんからな)
シオンは一癖も二癖もある、このペイドランの元上司を思い出した。
(まぁ、そもそも彼の場合、こんな相談をする気にもなれないしな)
不思議とペイドランとイリスのことは応援したくなるのに、シェルダンとカティアにはあまりそういう気持ちにもなれない。2人とも嫌いではないのだが、シェルダンたちの方はなんとなく隙が無さすぎるのであった。
「そうだな、ふっくらと柔らかい印象で髪は少し長めの、優しげな、そして落ち着いた女性が良い」
シオンは思ったままを告げる。国民全体の母、となれるような女性であってほしい。また、もしクリフォードがセニアと一緒になった場合、見劣りしないような女性でもあれば。
「ご自分で選んだほうが」
困った顔でペイドランが言う。
「特に内面の善良さなどは、会ってみないと分からんが、候補者全てにじっくり会う時間も設けられん。君は私と空いた時間に資料を眺めて、思ったままを自由に言ってくれればいい」
シオンとしても、重要ごとをペイドランに丸投げするつもりもない。せいぜい横から一緒に資料を眺めて、「この人だったら、お似合いです」ぐらいの助言をくれれば良いのだ。
「うーん、うーん」
早くも頭を抱えてしまうペイドラン。完全に困り果てている。
「まぁ、まずは自分の結婚式に君は集中すればよろしい。君は君でイリス嬢を幸せにする責務があるのだからね」
シオンが、告げるとまた顔を上げてペイドランが重々しく頷くのであった。




