194 第1皇子の思い1
シェルダン・ビーズリーを上手く使って、最高の従者を得ることが出来た。
(やはり次期皇帝たるもの、腕の立つ、優れた従者は必須だ)
青を基調とした制服に身を包むペイドランを見て、シオンは改めて満足した。本人は自覚がないようだが、実によく似合っている。退屈そうにあくびをして台無しにしているのだが。
(この少年は持って生まれた素質が素晴らし過ぎる。教育はおいおい、少しずつで良い)
もう勤め始めてから1ヶ月が過ぎようとしていた。
以前からいた護衛たちとも良好な間柄を築いている。と、いうよりもイリスとの純情な恋路をネタに可愛がられているようだ。ただ、真面目な話もしっかりとしていて、『いざというとき、どうシオンを守るのか』など、かなり細かいところまで詰めている。
「ちゃんと、招待客全員に招待状を送ってあるのかね。一生に一度の大事な式だ。漏れがあってはならん」
シオンはゲルングルン地方の住民たちから届いた、廃れた村や家についての陳情書に目を通しつつ尋ねた。家屋の老朽化があまりに酷すぎるので援助してほしいという。
「俺とイリスちゃんの大事な式で、俺たちにとって、一生に一度なんです」
口を尖らせてペイドランが言い直す。
「私にとっても、君とイリス嬢の結婚式は一生に一度しかない」
シオンはすかさず、言い返してやった。間違いではない。
上手い切り返しが思いつけないらしく、ペイドランがむくれる。
(まぁ、魔塔がある、という前提ならば、全て正しい政策ばかりなんだが)
頭の中ではシオンは別のことも考えている。
魔塔を取り除けなかった以上、仕方がないとも言えるが、アスロック王国王太子エヴァンズがかなり無茶な政策を取っていたしわ寄せの1つだった。
ただ、魔塔がある中では最善の選択肢を器用に取り続けている。
(私ですら思いつきそうもない政策も幾らかあるのだからな)
ある意味、天才的ですらあった。しかし、そもそも魔塔を温存していることが最悪の愚策だ。
アスロック王国の為政者としての立場を考えれば、聖騎士セニアと破談すべきではなかった。為政者としては、自身の結婚もまた道具とすべきだ。その点では失格である。
「みんなにちゃんと出しました。お返事ももう、届いてます。殿下にだって、俺、すぐ手渡したじゃないですか」
ペイドランが口を尖らせる。
愛嬌のある若者だ。成長が楽しみでもある。かねてからの報告どおり、勘が異様に鋭い。礼儀作法こそなっていないものの、シオンの欲しい物や必要としていることを先回りして手配してくれる。
後でなぜ分かったのかを尋ねると、なんとなくだという。暗殺などにも、すぐ勘づくだろうと思えば、政治をする人間としてはとても心強い。
「君とイリス嬢のイチャイチャをお披露目する、人生、最高の晴れ舞台でなくてはならん。万一にも手落ちがあってはいかん」
シオンは陳情書への回答を、現地にいるアンス侯爵に宛てて書いた。
「なんだか殿下、俺たちより力が入ってるみたいで、怖いです。お金、出してくれるのは嬉しいですけど」
黒髪の従者が困り顔で言う。
正直、力は入っているし、楽しみだ。シオンは心の内で頷いた。
反省しているのは、勢い余って提案書まで作ってしまい、イリスの花嫁衣装にまで言及してしまったこと。後になって流石に自分でも気持ち悪くなったほどだ。
(ふふ、だが提案書自体は後悔していないぞ。私も参加したくてしょうがないのだからな)
ペイドランとイリスの結婚式を援助すると決めたのには、楽しみであること以外にもいくつか理由があった。
(万が一にもクリフォードの元へ戻って、魔塔へ上られては困る)
従者にしたペイドランというこの若者を、魔塔へ上げることで浪費するのはあまりにもったいない。
(人材のすべてを魔塔へ費やすのではなく、特に前途有望な若者は温存しておきたい)
魔塔内の詳細について、報告をクリフォードから受けてはいても、どうしても文官寄りのシオンには実感として分からない。
ただ聞く限り過酷な魔塔の中である。命を落とす危険を除外してはならず、一度の失敗で優秀な人材全てを失いかねない。
「そりゃ、イリスちゃんの花嫁衣装姿は絶対可愛いし、俺だって見たいし、自慢もしたいですけど」
時折、飛び出す、べた惚れな言い回しもシオンには面白くてならなかった。
しまった、という直後の顔や口を押さえる仕草からして可愛げがあって面白い。
(私が死ねば、この国が終わりかねん)
シオンはやはり頭の中では別なことを考えている。
ゲルングルン地方を始めとする新たな国土の統治は難事業だ。ドレシア帝国で着手できるのは次期皇帝たる自分だけ、という自負もある。
(それだけに、アスロック王国から私は暗殺の対象となるだろう)
後に残るのは高齢で激務にはもはや耐えられない父と燃やすこと以外からきしの異母弟だけである。
暗殺や不意打ちに滅法強いと見えるペイドランが、ルベント入りの当初から従者に欲しくてならなかったのだ。
(どれだけ盛大にやろうと、結婚式の費用ぐらい、私費で出しても私には端金だ)
いつか結婚式の数年後に威張って、ペイドランの反応を見てみたい、とシオンは思った。
「そうか。毎日、顔を合わせながら、いつも衣装姿を夢想しているのか。君も案外、助平だな」
シオンはペイドランを冷やかしながら作業を進めていく。
「あっ、殿下、ひどいです。俺からイリスちゃんのこと、好きだって言葉、失言するように仕向けて、冷やかすなんて」
ペイドランがさすがに泣きそうになってしまう。助平は酷すぎたようだ。内心でシオンは反省する。
高い集中力を要する難題に差し掛かるとペイドランが黙ってくれる。ペイドランには、なんとなく、でその辺の呼吸も分かるらしい。
昼時になる前に、シオンは見るべき書類全てに目を通し、判断を下すことが出来た。
「殿下、お昼をお持ちしました」
護衛の一人が盆に載せた料理を手にしてあらわれた。
金髪の偉丈夫パターソンである。伯爵家の三男坊で剣の腕が立つ。もう少し実戦慣れしてくれれば、ペイドランと並ぶ護衛となるのだが。
「いや、ペイドラン君が来てくれてから、しっかり昼食を摂ってくださるので助かります。見ているこちらも安心できますよ」
パターソンが笑って告げる。確かにペイドランが来る前は碌に昼食も睡眠もとっていなかった。
シオンはパターソンには答えず、手振りでペイドランにも弁当を食べるよう促す。
「可愛い従者が、幸せそうに愛妻弁当を広げている前で、仕事などは出来ん」
シオンは再びペイドランを冷やかした。
「ま、まだ結婚式あげてないから、結婚出来てないです。したいけど、出来てないから、まだ、愛情たっぷり弁当です」
可愛い水色の布にくるまれた中からパンやら肉やらを取り出しつつ、真っ赤になってペイドランが訂正する。
「ん、昨日は愛情いっぱい弁当と言ってたじゃないか。ああ、肉と魚の違いか」
一緒になって冷やかそうとしたパターソンの額を、削っていない鉛筆が直撃する。
ペイドランお得意の飛刀だ。見事なものである。
「ぐあっ」
額を押さえてパターソンがうずくまる。
パターソンを始め、シオンの元からの護衛たちもペイドランを冷やかすようになった。本人なりに嫌がっているようで、度を越えている、と判断すると鉛筆を飛ばすのである。
(まぁ、私はそこまでは嫌がられていない、と)
一度も飛刀を受けたことはない。
シオンは満足して思い、昼食に舌鼓を打つのであった。




