193 第三次第7分隊〜ガードナー3
シェルダンには恐ろしく美人の妻がいる。ルベントの軍営では評判だった。
「あら、その黄色い髪と目」
紺色の髪の、ほっそりとした美女が自分を見下ろして言う。
シェルダンに連れられてきた、一軒家である。どうやらシェルダンの自宅ではないらしく、奥の方には初老の男女が見えた。
(奥さんのご実家?)
思うも黙ってガードナーは緊張した面持ちでシェルダンの後ろに控えていた。
「ガードナー・ブロング君かしら?」
名前を言い当てられてしまった。
(こんなきれいな人、見たこともない)
整った細面の顔立ちを見上げてガードナーは思う。返答などできなかった。
「えぇ、例の我々が魔術の受講料を出している部下ですよ、カティア」
シェルダンが涼しい顔で言う。ただ、口調と呼び捨てが妙に一致していないように思える。
シェルダンの妻はカティアというらしいということを、ようやくガードナーは把握した。
「ただ、別の部下との諍いで雷を撃ちそうになりましてね。説教しようと思って、連れてきたのですよ」
まさか、妻の実家で説教するつもりだとは思わなかった。
ガードナーは愕然としてしまう。
「あら、ハンスさん辺り?」
カティアが面白がるように告げる。
人の良いハンスに怒るわけもない。ガードナーは首を横に振った。
「デレクのヤツだよ。この間の筋肉質の」
シェルダンが苦笑している。シェルダンの口調が砕けたことにガードナーは気付く。
「あぁ、あの人ね」
カティアが納得している。会ったことはないが、自分達のことをかなり詳しくシェルダンが知らせてしまっているようだ。
「本当は水入らずのつもりだったのに。覚えさせた魔術で人を傷つけようとしたのでは、放ってもおけん」
シェルダンが軽く自分の頭を小突く。
「大人しそうな子に見えるけど」
カティアが自分を見て微笑んで告げる。優しそうな笑顔にガードナーはホッとした。
「あまり人馴れしていないうちに、魔術を覚えたから。たぶん力を持て余しているんだろう」
どこまでもシェルダンのカティアに向ける口調は優しい。ただ、お互いへの深い愛情をガードナーは感じるのだった。
「す、すいません。こんな、ご迷惑、お、おかけ、してっ」
デレクのことはともかく、恩人のシェルダンにまで迷惑をかけるつもりはなかったのだ。
「そうねぇ、2人して結婚式に参列しなくちゃだから、その話を詰めておきたかったのだけど。シェルダンが連れてきたのだから、面目を潰せないわ。上がりなさいな」
カティアからもシェルダンへの思いが感じられて、ガードナーはなぜだか安心してしまう。
シェルダンに促されるまま、居間へと通される。
「あ、あの、お、俺はどうやって責任を取れば」
ガードナーは恐縮して尋ねる。
「デレクのやつにも問題はあったし、雷を撃とうと思ったのは、たまたま俺だから分かったことだ。説教といっても心配だからする説教で、叱責するための説教じゃない」
シェルダンが言葉を切った。
隣にはカティアがいる。面白がるような視線に、ガードナーは緊張させられてしまう。
「ガードナー、なぜデレクを撃とうと考えた?吐き出してみろ」
シェルダンが告げる。
カティアの母だという女性が夕飯を並べてくれた。
「デレクさんを、実力で止められるのは、隊長か俺しかいないから。あ、あの人はリュッグ君や俺の進みたい方へ行くの、じゃ、邪魔するから」
思ったままをガードナーは答えた。
シェルダンが一瞬、目を瞠ってから、深くため息をつく。
「お、俺はもっと、雷を、リュッグ君は通信をしたいのに、あの人は筋力、筋力だから」
さらにガードナーは言葉を重ねた。
話してみると、三者三様というだけのことのようにも思える。
「まずガードナー」
シェルダンが切り出した。ガードナーは緊張して次の言葉を待つ。
「せっかくの心尽くしの料理を頂こう」
カティアが嬉しそうにシェルダンの世話を焼き始める。
見ていると結婚というものは素晴らしいものに思えてきた。実家にいたときには、自身への扱いのこともあって嫌なものに見えていたのだが。
「リュッグのことは心配いらん。あいつも、お前よりも軍人では先輩だ。本当に無理なら、俺かハンターに相談する頭ぐらいはある。それに試験が近いのは俺もハンターも分かっているから大丈夫だ」
食事を進める中でシェルダンが告げる。
「それにな、傍からキツく見えていても、まぁ、やってる本人がキツイことも、人生で一度は経験しておいて方が良いんだ」
シェルダンの言葉にカティアが頷く。まるで力づけているかのようだ。カティアの両親だという初老の上品な男女も微笑んで2人を眺めていた。
「その時に苦労しておけば、その後の人生でキツイことがあっても対応できる。まぁ、人生の振り幅が大きくなるとでもいうのかな?」
シェルダンも何か苦労をしたことがあるのかもしれない。言葉に不思議な重みがあった。
ただ、ガードナーの気になることはデレクの横暴である。
「でも、俺、あ、あんな人と上手くやってける自信、あ、ありません」
ガードナーは正直に告げた。どう想像しても平行線な気がする。
「現実問題、この世のすべての人間と上手くやれるわけがない。上手くやれとは、俺も言わん。だから、線引を知ることが大事だ」
シェルダンが言う。
なんとなくガードナーは胸のつかえが下りるような気がした。
「一応は味方だ。本格的な攻撃はするな。それが線だ」
はっきりと禁じられた。攻撃だけはしない。とても分かりやすい指示である。
ガードナーは、勢いこんで何度も頷く。
「まぁ、実力云々の分析がしっかり出来ているのには驚かされたがな」
シェルダンが苦笑して言う。
「あ、あの、分かりました。でも、な、なんで執務室とかじゃなくて、奥さんのご実家で?」
ガードナーは気になっていることを尋ねた。
なぜだかシェルダンが気まずそうにし、カティアがとても嬉しそうな顔をする。
なにか変なことを言っただろうか。
「お前の魔術講義には、カティアからもお金が出ている。良い機会だから、しっかり謝意をだな」
シェルダンが大真面目に言おうとするのを、カティアが微笑んで見つめている。
「あら、良いんですよ。私達は夫婦なのだから。あなたが覚えさせたい技術のために、ね。お金を出すのはやぶさかではないの。ガードナー君のことはとっても大きな養子だとでも思いましょう」
楽しそうにカティアが言う。
食後のお茶までご馳走になってガードナーはカティア宅を後にする。泊まっていくとかで、シェルダンだけは残っていたが。
(隊長、格好いいな。あんな美人と結婚して、強くて魔塔も上れて)
夜道を歩きながらガードナーは思う。
魔塔攻略をする人々について、ガードナーの中には憧れがある。
(俺もいつか雷魔術を極めれば、魔塔上層へ行けるのかな。そんで、活躍して、家族に吠え面をかかせてやるんだ)
実家であてがわれた部屋は物置だった。物置にあったのは実家ではくだらないとされていた、冒険物語などの読み物である。
読み耽る中でガードナーは、聖騎士や勇者といった存在に憧れるようになった。居てもいなくても同じである自分とは随分違うとも。
「そうだ、下らないことでいちいち、人とぶつかるのは、ほ、本当に、く、下らない」
シェルダンやカティアから見放されて、雷魔術が中途半端になっても困る。
生きていれば立ち向かっていることになり、活躍すれば、きっと後悔をさせてやることになるはずだ。




