192 第3次第7分隊〜ガードナー2
「あっ、ガードナー君、おかえり」
同い年ながら先輩のリュッグが汗を拭きつつ声をかけてくれ。
(友達も出来た)
ガードナーは魔術の講義を受けていたが、他の面子は通常に訓練を受けていたのである。
戦場から帰還すると、全訓練行程にしめる筋力強化訓練の比重がかなり増えた。随分遅くまで、みんなも訓練する羽目になったのだ、とガードナーは申し訳なく思う。
「きょ、今日も、こんな時間まで筋力強化訓練を?」
申し訳なく思いながらガードナーは尋ねる。なんとなく狡いことをした気分だ。既に日も傾いて正規の軍務は終了の時間帯である。
魔術の講義も疲れる上、大変だが、ガードナーにとっては好きなことで楽しい。
「うん、ハンター副長に面倒見てもらってた」
リュッグが苦笑いを浮かべる。ハンターなら無理な訓練を強制しないので良心的だ。
デレクがメイスンに代わって入隊してから、シェルダンも張り切り始めた。ハンターも同様だ。2倍近い時間を筋力強化訓練に費やすようになった。
シェルダン、ハンター、デレクの誰かが個別について、他4名に訓練を施すのである。
(といっても隊長と副長は無理させないから良いんだけど)
ガードナーは苦い思いを噛みしめる。デレクだけは相手の能力に関係なく無理な訓練を強いてくるので、自分やリュッグなどはしばらく動けなくなるのだ。
「鍛えれば女の子にモテるぞ、なんてハンター副長は言ってたけどね」
独特のやる気の引き出し方をするのがハンターだ。
あはは、とリュッグが笑う。
(えらいなぁ、リュッグ君は)
ガードナーはしみじみと思う。
通信技術士官を目指しており、訓練の後も遅くまで試験勉強をしているのだ。
「リュッグ君、もう恋人いるじゃん」
思わずガードナーは指摘してしまう。
ペイドランという元同僚の妹であるシエラという娘だ。1度、魔導写真を見せてもらったが、驚くほど可愛らしかった。黒髪に青い瞳の少女である。
「そうだね。良い意味でシエラちゃんを驚かせたいから。訓練も勉強も頑張ろうと思って」
汗を拭きながらリュッグが笑って言う。
(頑張り過ぎじゃないかなぁ)
寮の自室へ向かうリュッグの背中を見て、ガードナーは心配になった。
頑張りすぎて身体を壊して、試験に失敗してしまったらデレクのせいだ。
(メイスンさんとまた入れ替わらないかな)
ガードナーは名残惜しさとともに思う。厳しくされた上、散々怒られて、周囲も心配する程だった。ただリュッグとの接し方などを見ていて、最初から嫌いではなかったのだ。
(他人の努力とか、能力とか、良いところはちゃんと認めて、褒めてくれる人だった)
自分も何も無いときこそしっかりと見下されていて、雷魔術を使えるようになると見直された。腰を抜かすたび怒られもしたが、当然、戦場で腰を抜かすのは良いことではない。
存在しているのに一向に構われることもなく、見られることもなかった実家より、はるかに人間らしく扱われていたのだと思う。
「おっ、ガードナー」
デレクに見つかってしまった。自身も遅くまで訓練に勤しんでいる。一人でやる分には良いのだが。満面の笑顔で近付いてきてガードナーも付き合わせるつもりなのだろう。
今のところ、デレクのことは嫌いだ。ガードナーは思う。
相手に関係なく、筋力強化訓練を押し付ける。相手のことなど関係ない、見向きもしないというのがガードナーに実家を思い出させるのだ。
(言いなりになりたくない)
ガードナーは内心でデレクに反発する。自分には珍しい心の動きだ。魔術を覚えたことで何か内側で変わったのかもしれない。
「時間があるなら、お前も鍛えないか?」
白い歯を見せてデレクがニカッと笑う。
もう日も暮れていて、明日にも同じ訓練をするのだ。馬鹿げている、とガードナーには感じられてならない。
「きょ、今日習った魔術の、ふ、復習をしないとなので」
それでも、角の立たない断り方をガードナーはしようとした。
デレクの顔色が変わる。
「いや、魔術が出来るのは大したものだけどよ。まず軍人は身体が資本だ。一日でも全くしない日があると、すぐ鈍っちまうぞ」
こう言って、夜でも動けなくなるまで押し付けるのがデレクだ。
「リュ、リュッグ君は」
ガードナーは友人のことに言及した。それでも自分のことならばまだ良い。
「ん?」
訝しげな顔をするデレク。
「通信技術士官の試験が近いです。だ、大事な時期です。こ、恋人との将来も考えていて。よ、余計なことをさせて試験に落ちたら」
要するにリュッグに限らす自分にも、筋力強化とは違う目標があるのだから、仕事外まで巻き込まないでほしい、とガードナーは言いたい。
ただ、もともと他人に説明をすることのない人生だった。あまり上手ではなくて、つい相手の大事にしている筋力強化訓練を余計なこと呼ばわりしてしまう。
「おい」
血相の変わったデレクが詰め寄ろうとする。
怒ったようだが、まだ自分の距離だ。ガードナーは思う。
実力でデレクの横暴を止められるのはシェルダンと自分だけだ。早い段階でガードナーは気付いていた。シェルダンだけではない。自分もできるのだ。
「隊長に金出してもらって、特別扱いされてるからって調子に乗るなよ」
デレクが険悪な雰囲気のまま近寄ってくる。
自分は挑発してしまったのだろうか。ガードナーには分からない。ただ、5秒もあれば、もう自分は人を撃てるのだ。
「ガードナー!」
シェルダンが怒鳴ってきた。鎖鎌を手に持っている。
「俺はそんなことのために金を出したんじゃない」
恩義のある隊長だ。さらに鎖鎌を持ったシェルダンにはいつまでも自分は勝てない。相性の問題がある。
何をしようと考えていたのかまで、読まれてしまっては反抗などしようもない、とガードナーは思った。
「ひえぇぇぇっ」
ガードナーは悲鳴を上げた。やはりシェルダンに対すると恐怖が先に立つ。
「全く」
険しい顔のまま、シェルダンがため息をついた。
自分は悪くない。悪いのはデレクだ、とうずくまってガードナーは思う。
「デレク、お前も程々にしろ。時間外に、嫌がる相手にまでやらせるのは厳禁だ、いいな」
極めて適切な指示をシェルダンが出してくれる。
既にこのひと悶着の間にかなり日が落ちていた。
「は、申し訳ありません」
腹が立つことにデレクもシェルダンには従順だ。しかも、同い年だからか新参の自分より、もっと新参なのに気に入られているような印象を最近は受ける。
(特別扱いされてるのは、そっちじゃないか。隊の方針まで言う通りにしてもらってさ)
ガードナーは口には出さない。ただ思うだけである。
デレクとは仲良くなれることはない。ガードナーは確信するのであった。
シェルダンの深いため息が頭の上から聞こえてくる。
「ガードナー、話があるから。夕飯に、今日は少し付き合え。いいな」
そして、恐怖の晩餐に誘われてしまうのであった。




