191 第3次第7分隊〜ガードナー1
皇都グルーンにあるブロング家の屋敷、実家では誰からも必要とされていなかった。
戦場であったラルランドル地方からルベントに帰ってきてガードナーは思う。黄色い髪に黄色い瞳の異相を、実家では誰からも忌み嫌われてきた。
「よおっ、ガードナー、魔術の勉強か?」
先輩の分隊員ハンスが声をかけてくる。
ちょうど、シェルダン許可のもと軍務を休んでレンドックのところへ魔術の講義を受けに行くところだった。
私服であり、手提げカバンを持っているので分かるのだろう。
「は、はいぃっ。さ、最近は訓練キツイのに、一人で抜けてすいませんっ」
ガードナーは上ずった声で返事をしてしまう。
声をかけられるのは嬉しい。分隊内にシェルダン以外で怖い相手もいないのだが。特にハンスは気さくである。
「いや、すげえよな。魔術、使えるなんてさ。実戦になると心強いから、頑張ってな」
ハンスが優しく応じてくれる。特に気にかけているのではなく、自然体であるのが有り難い。魔術を覚える前から声をかけようとしてくれていたのもガードナーは覚えている。
ただ少し上の空なようにガードナーには思えた。
「じゃ、俺は隊長に用事あるから」
軽く告げて、シェルダンの執務室へと向かうハンスの背中を見送った。
隊長であるシェルダンのことは怖いが、酷くされたことはない。ただ、あまりに強くて恐ろしいのだ。人柄も実力も。魔物を恐れるのと同じ感覚である。
(でも、俺がここまで出来るようになったのは、隊長のおかげだ)
感謝はしている。嫌いか好きかで言えば間違いなく好きだ。だが、怖いか怖くないかで言えば間違いなく怖い。
思いながら、ルベント郊外のレンドック宅へと向かう。街を少し出た郊外の、丘の上に立っており、小ぢんまりとした一軒家の脇に広い庭が付いている。
この広い庭でなら、思う様、ガードナーも魔術を放つことができ、ここで覚えた魔術が実戦で活きた。戦場でも仲間たちから必要としてもらえるようになったのだ。
「サンダーランスもモノにしたのぅ、順調、順調」
ガードナーのサンダーランスで出来た穴を見て、満足気にレンドックが頷く。
この上機嫌な姿に騙されてはいけない。実に些細なことですぐ怒鳴る老人だ。それでも勇気を出して聞きたいことがガードナーにはある。
「先生っ、か、雷以外は俺、使えないんですか?」
長く気にしていたことをガードナーは尋ねる。
物語で読んだ魔法使いたちは実にいろいろな魔術を駆使して、凶悪な魔物を倒していた。格好良いなぁと憧れていたのである。自分もなれるのであれば、ああなりたい。
「バカモンッ!余計事に色気を出すでないわぁっ!」
レンドックが案の定、豹変して怒鳴りつけてくる。雷属性魔術以外は教えようともしてこなかった。それも習い始めた最初からだ。何か考えがあってのことだったのだろう。だがいい加減、その考えを聞いてみたくなった。
「ひ、ひえぇぇぇっ」
つい、ガードナーも悲鳴を上げて腰を抜かしてしまう。こればかりは習慣のようなものだ。
「まぁ、それだけ視野が広くなり、積極的、前向きになれたということか。良い良い」
レンドックが頷きながら言う。
どっちなのだろうか。口に出すと怒鳴られるだけである。
親身になって魔術を教えてくれるレンドックを、ガードナーも嫌いではない。雷属性魔術もどうやら人より早く覚えられたことから、教える人間としての優れた手腕も感じる。
シェルダンに続いて自分が今、恩義を感じている相手だ。
「全く、デジュワンめ。幼い内から普通程度でも教育しておけば、まるで違ったろうに」
何度目になるのか。いつもどおりの嘆きをレンドックが口にする。父も含め、自分の実家をレンドックはよく知っているようだ。
手振りで座れ、とレンドックが示すので、2人、地べたに胡座をかいて座る。
「お前の魔力は、どうも雷に特化しておる」
レンドックが切り出した。
自分でもすんなり覚えられた自覚があり、他の属性を使えない事実もある。ガードナーは黙って頷く。
「サンダーウィンドも問題なく使えるぐらいじゃから、本来、風属性も覚えられたのじゃろう」
レンドックの説明はとても分かりやすく、いざ始まると怒鳴ることもない。
「じゃが、本来、その風属性の基本を覚えてから発動するはずなのがサンダーウィンドじゃ。お主は順番が逆じゃ。これは由々しき異常事態」
レンドックが言葉を切った。
ガードナーも驚いてしまう。では、自分は一体何だというのか。
「お主は雷でもって、風を起こすことができる。もはや生まれついてのもので、体の魔力を無意識に雷に変換してしまう。風も含めて他の物に精製することが出来ん。極めて珍しい事例じゃ。普通はただ魔術が使えん」
レンドックが痛ましい顔をしてくれる。何もしてくれなかった実家への怒りが湧いてこないのもレンドックのおかげだ。
「そ、そうなんですね」
ガードナーにも言っている意味は分かった。分かるだけの教育をレンドックからしてもらえている。
詠唱でもって、魔力を属性に変換し、術式でもって形を与えるのだ。最初に叩き込まれた基本である。他の属性はまるで駄目でも雷だけは自分でも驚く程に簡単だった。
(だから俺、発動が早いんだ)
ガードナーは得心する。勝手に魔力を雷としてしまう。だから詠唱が多少いい加減で早口でも発動していたのだ。
「お、俺、小さい頃から雷は、好きでした。でも、おっかなくて」
ガードナーもまた幾度と繰り返してきた話を話す。不思議と親しみのようなものを雷には今でも感じる。
幼い頃から何時間でも雷を眺めていられたものだ。
「それだけ怖さも強さも無意識に分かっているということじゃ」
うんうんと頷いてレンドックが言う。
「このまま行けば、雷については当代随一どころか最強の遣い手になれる。精進せい。じゃが」
言葉を切ったレンドック。気の毒そうだ。
ガードナーにも続く言葉の予想はついた。
「他の属性は諦めるしかない。生活魔導具に魔力を注ぐことすら出来んじゃろう。お主は魔力をそのまま放出することすら出来ん。雷を流して壊すのがオチじゃ」
期せずして最後通牒のようなものを受け取ってしまった。
ただ、悪くはない。今までは雷どころか何もなかったのだから。
この後も昼食を挟んで午後遅くなるまで、使えるようになった魔術の訓練と、さらなる術の詠唱や術式の学習を行う。
「今日はここまでじゃ。キツイ話をしたつもりじゃったが、よく頑張るのぅ」
レンドックから思わぬねぎらいをいただいた。
暗くなり始めた空の下、ルベントの軍営に向かいながらガードナーは考える。
(雷の術を使えるだけでも、今までの人生を思えば。今、何の心配もなく生きていて、生きてても良いみたいだから、少し贅沢になった)
ブロング家では、魔術書は父が全て管理していた。読めるのは父の妻の子供たちだけ。ガードナーには触れることも書斎に入ることも許されない。
魔術の訓練も教養も一切させてもらえなかった。
(でも使用人みたいにもされなくて。何もさせてもらえなかった。ただ、俺はあそこにいた、それだけだった)
粗末ながら、食事も出されていて。ただ決して優しくもされない、不思議な冷淡さの中で育った。
まるで、緩やかにいつか死ね、とでも言うような。
なかなか死なず、16歳まで生き永らえると、いよいよ業を煮やしたかのように父の手でルベントの軍営に放り出された。
(簡単に死んでやるもんか。見苦しくてもみっともなくても生きてやるんだって)
ただ、何の技量も体力もない自分がなりふり構わず生き延びるには臆病になるしかなかった。
悲鳴を上げて、うずくまって怖い戦いをやり過ごすぐらいしかない、と。
(それでも、生きてれば実家に立ち向かってることになるんだ、俺は。今だって変わらない)
そして、案の定、軍隊でも役立たずとされて、いつ追い出されるかというところ。
居場所と技術を与えてくれたのがシェルダンであり、人の見る目が変わるということを教えてくれたのがメイスンだった。
今、自分には恩人が何人かいて、全く使えなかった魔術が雷だけでも、まして人並み以上に使えるのなら。
(悪くないなって思うんだ)
ガードナーは心の内で呟きながらルベントの軍営に帰り着いた。
それでも軍隊にはいろいろな人間が集まるのである。




