189 聖騎士の執事〜メイスン・ブランダード2
教育方針を考えていたところ、ちょうど当の本人があらわれた格好だ。
「どうされました?」
たじろぎつつもメイスンは答えた。そしてシェルダンからの贈り物を棚の奥に仕舞う。
「ちょっと、いいですか?」
扉の外からセニアが更に言うので、メイスンは招き入れざるを得なくなった。
「どうぞ」
本来、使用人の、それも男の部屋など貴族の子女が訪ねてくるものではない。
たしなめようかと思ったが、セニアの紫がかった瞳が不安そうに揺れるのを見るにつけ、メイスンには出来なかった。
拒まれることへの恐怖があまりに無防備にさらけ出されている。
(やはり、この方は寂しいのだな)
思えば幼い頃から、父のレナートに連れて来られた時も、自分を始め年長の子供について回って、嬉しそうに遊んでいたものだ。
(シェルダン殿はもっと優しく寄り添ってあげるべきだった)
メイスンは恨めしく思う。
少しセニアから聞いているだけでも、共に戦うとなった段階からシェルダンがかなり素っ気なくしていたのだ、と窺い知れる。
そのせいでセニアの方は未だに自身がシェルダンを失望させたのだ、と思い詰めていた。
「どうされましたか?」
結局、いつもどおりメイスンは優しい声で尋ねてしまう。
あからさまにセニアがホっとした顔をする。
「あの、また、剣の稽古を、今日もお願いしたくて」
ためらいがちにセニアが見上げるように尋ねてくる。下から見上げるようにされると、どうしても長いまつ毛が色っぽい。
動きやすいように白いボタンシャツに黒いズボンすがたではあるが十分に美しかった。
(問題はいつも、この方が美しすぎる、ということだ)
メイスンは腹に力を入れる。
白く透けるような肌に、ほっそりとした肢体、水色の髪は明るく、大きな紫がかった瞳と相まって神秘的ですらあった。
ただ、見た目の可憐さに騙されてはいけない。今日もまた性懲りもなく剣技の稽古を打診されているのだから。
「セニア様、剣技の稽古も悪くないですが、神聖術の方はどうされましたか?独学でしっかりと進んでいるのですか?」
シェルダンの言う事全てに納得したわけではない。
メイスンはあくまで柔らかい口調で、優しくセニアに問いかける。
「私の強みは、父よりも剣が強いことって、ゴドヴァン様もルフィナ様も、シェルダン殿も仰ってたわ。剣技の腕も伸ばしたほうが良いって思って」
クリフォードの名前が出てこない。
思わずメイスンは失笑してしまう。要するに剣を振りたいだけだ。だから、神聖術の方をいつも勧めるクリフォードの名前を出さないのである。
「それに、おじ様みたいに剣の切っ先に法力を纏わせる技を出来るようになりたいの」
口を尖らせてセニアが言う。
シェルダンを認めさせた父レナートの光刃。それとは別にメイスンだけが現在出来ることだ、とシェルダンも言っていた。
「あれは気合のようなものです。神聖術とは別ですよ」
苦笑いしてメイスンは言う。
自分は知らず斬撃に法力を乗せていたのである。ジュバのような強力な魔物と戦うまで気付いてもいなかったのだが。
法力を乗せると斬れ味が増すのである。
(あれを見られたからな)
セニアにも真剣で木を斬り倒しているところを、たまたま見られてしまった。自身の鍛錬のためだったのだが。さすがに、一目で法力を纏わせている、とバレてしまい、以降、同じことが出来るようになりたい、と言われ続けている。
「なら、やっぱり神聖術より一緒に剣の稽古をしたいです」
口を尖らせてセニアが言い募る。
失敗した、とメイスンは思った。神聖術の一環だ、とでも言っておけば良かったのだ。
「セニア様」
メイスンはどのように、優しさを担保しつつ、セニアの我が儘を嗜めるべきか思考を巡らす。
頑固で我儘な甘えん坊が本来のセニアである。真面目で使命感に駆られており、善良であることも間違いないのだが。
シェルダンのようにして素っ気なくして傷付ける、という手法は取りたくなかった。
(もう十分に努力し、傷ついてきたではないか)
どこか縋るようなセニアの眼差しを見てメイスンは思う。
セニア自身もまた、子供のような我が儘を口に出していると分かっているのだ。
「素晴らしい向上心ですが、まず聖騎士でいらっしゃるのだから、教練書どおりのことを手順通りに学びましょう。私の剣は我流で邪道です。私も手助け致しますので」
言葉を選んでメイスンは告げる。かつてのルベントの自分では考えられない姿だ。他の人間が我が儘を言えば怒鳴りつけている。場合によっては蹴り飛ばす。
「おじ様が付き合って下さるなら」
セニアが頬を赤らめた。気のせいでなければ年相応の女子らしく身をくねらせている。
(え?)
思わぬ反応にメイスンは驚く。
「我慢します。光集束と快癒を早く修得しなくちゃですよね」
甘えるように言うセニアが可愛らしい。再会してから初めて抱く感想にメイスンは戸惑う。
右腕を掴まれて引きずられるように訓練の広場へと連れて行かれる。可憐な容姿とは裏腹に力は驚くほどに強い。
「おじ様、おじ様の光集束が見たいです」
ニコニコと笑ってセニアが言う。
「いや、セニア様」
神聖術は見たいと言われて見せるような、見世物ではないのである。メイスンは叱りつけたいのをグッと堪えた。
シェルダンからの手紙がなければ、逆に叱りつけていたかもしれない。
「まず、お手本を見たいです」
重ねてセニアが懇願する。
(くっ、手本というなら仕方ない、か?)
メイスンは片刃剣を抜き放ち、集中する。剣先に法力を集め、研ぎ澄ませた力を放出した。
身体が後ろにずれるほどの反動。狙った大木に大穴が空く。
「すごい」
セニアが顔の前で手を合わせて感嘆する。
「格好いいです」
また、頬を赤らめて何やら思いもよらぬ感想まで口に出している。
メイスンは聞かなかったこととした。
まだもっと見たい、などと子供のような駄々をこねるセニアをなんとか説得する。教える、というのは実に根気がいることだと思う。
「セニア様。まず集中して。法力を束ねるのです」
木剣を構えたセニアにメイスンは告げる。
本来は剣無しでも撃てるはずなのだが。メイスンの場合は剣を構えているときのほうが感覚も研ぎ澄まされ、法力を操りやすいのであった。
「光集束」
セニアが呟くようにして、光集束を放とうとした。
目が潰れそうなほどの光がほとばしる。驚くほどの光量であり、そこだけを見れば軽くメイスンを超えている。目眩ましとしては最高だ。
(しかし、なぜだ。全く固まっておらん)
メイスンは首をひねった。
その後もセニアと訓練を続けるも一向に良くならない。
(息が上がるのも早い。無駄が多いのか)
剣術の稽古とは打って変わって、あっという間にセニアの額から汗が滲んでいることにメイスンは気付く。メイスン自身も神聖術を使えば疲労を覚えるが、セニアほど酷くはない。
まだ時間には余裕があるというのに、セニアが膝をついてしまう。
「ごめんなさい、おじ様。時間をだいぶ取らせてしまって。でもおかげでだいぶ良くなったように思います」
自分で言ってしまうセニア。
実のところ全く良くなってはいない。光が拡散してしまい、貫通するどころか、ただただ眩しいだけなのだ。ずっと同じことを繰り返して、膨大な量の法力を使い切るという。
(これは、先が長いな)
思いつつもメイスンは自分も腰を据えて訓練に付き合っていこう、と決意するのであった。




