188 聖騎士の執事〜メイスン・ブランダード1
(全くあの人は)
クライン侯爵家の執事となったメイスンは、屋敷宛の郵送物を仕分けるために設けた一室にて苦笑する。もう一人、執事の補佐についているルーシャスも一緒だ。
眼の前の机には、セニア宛の各種書類の束が、いつもどおりに並べられていた。いつもと異なるのは、もう1つ、自身への郵送物も置かれていることだ。
細長い、革張りの黒い箱である。差出人はルベントに住む元上司にして友人のシェルダン・ビーズリーだ。『聖騎士の執事に相応しい剣を餞別として贈る』との手紙も添えられている。
「本当に隠す気があるんですか?」
思わず小声で、ここにはいないシェルダンに指摘してしまう。そもそも執事に剣が相応しいかどうか、という問題もある。
(まぁ、セニア様が郵送物など見るわけもない、と踏んだのだろうが)
原則、セニア宛のものであっても、どんな罠が仕掛けられているかも分からないので、まず自分が検めることとなってはいる。
(何せ、お美しい方だからな)
花がら模様の封に入った手紙を見てメイスンは顔をしかめる。セニアを見初めた貴族男性たちの、埒もあかないものも混ざっているのだ。
それでも、うっかりセニアの目についてしまうことが全くないわけでもない。危険を犯してでも自分に贈りたかったのだ、とメイスンは好意的に捉えることとした。
「メイスンさん、その立派な箱は、剣ですか?」
元貴族の執事をしていて、今では自分を助けてくれるルーシャスが興味津々といった様子で尋ねてくる。
「軍人時代の戦友が餞別として贈ってくれたのです。急なことでしたから、すぐには仕上がらず、郵送してくれたのですよ」
屈託なく笑ってメイスンは告げる。
当初は国境への置き去りのこともあり、死んだふりも不快に感じたのだが。シェルダンにもシェルダンなりの事情があった。
「また、剣の稽古に駆り出されてしまいますから、セニア様にはご内密に」
苦笑いして告げるメイスンにルーシャスも苦笑いで返す。
自分の口からはシェルダンの生存をセニアには報せないこととしよう、とメイスンは決めている。
「どうにも良い剣のようですから、自室に納めてきます」
白髪交じりで初老のルーシャスに告げて、メイスンは部屋を後にした。
部屋に入って確認すると月光銀で造られた名剣である。
(有難いが、まだ手に馴染むには、時間が必要だな)
シェルダンからの厚意には感謝をしつつ、メイスンは元々吊っていた片刃剣と見比べて一旦納める。徐々に鍛錬を積んでモノにするまで実戦では使えない。少なくとも自分の場合は、だが。
箱の中からドサリ、と分厚い手紙の束が落ちてきた。何通かが紐で括られており、内容ごとに分けたようだ。
(全く、本当にシェルダン殿らしい)
メイスンは拾い上げて苦笑する。本当に言いたいことは心の内に秘めておく。そして、抑えられなくて内々で伝えようとしてしまう。
友人の生き方がそのまま現れているかのような行動だった。
一つ一つ紐解いて目を通していく。気に入らないのは1通だけだった。それ以外は神聖術についての所感や分隊と自身の近況である。
「自分の死んだふりがどれだけセニア様の心の傷となっているのか、分からないのか?甘やかすな、厳しくしろ、だと?あの方は成人前に父を失い、身内もほぼいないのだぞ?」
その1通を机に投げ捨てて、メイスンは告げる。
セニアに対する接し方についての注意書きのようなものだった。基本的には、甘えが見られるので甘やかすことなく厳しくし、攻防、回復問わず、まずは神聖術を教え込むべきだ、と書いてあった。
(ここまで世のため人のため、健気に頑張ってきた少女になんてことを言うのだ)
内心で、メイスンはシェルダンに反発する。
これ以上、厳しくすると壊れる、というのが直接セニアと再会してからの、メイスンの受けた印象だった。
「まぁ、神聖術云々についてはまったくもって、そのとおりだと思うが」
セニアに向けた先日の問い。なぜセニアより弱いはずの者が活躍できるのか。
(自分にしか出来ないことや役割をしっかり把握しているかどうかの差だ)
セニアもガードナーと会えば良い、とメイスンは思っていた。ガードナーは間違いなく弱くてヘタレだが、魔術を覚えて自分なりに役割を果たすことで変わりつつある。
メイスン自身も人を見る目を変えてもらえた、と思う。
セニアの場合はどうしても剣技より強力な神聖術を、ということになる。
(こんなものを私に書いて寄越すぐらいなら、自分がセニア様を指導すればいいのに)
自分に短い時間で神聖術を教えた手腕は見事の一言に尽きる。ただ、シェルダンもシェルダンで心に傷があるらしく、セニアを気にかけはするものの、決して直接関わり合いたくはない、という妙な距離を保とうとするのだ。
シェルダンからの手紙を凝視してメイスンは思う。光集束と快癒、2つの神聖術をセニアに先んじて修得することが出来た。神聖術の手助けをすべきところ、つい本人の希望で先日のように剣の稽古をしてしまうことも多い。
(いたずらに厳しくするのも違うが、神聖術のほうへうまく私が誘導しないとな)
メイスンはため息をついた。
「私はここまでの実力だ。自分でも分かる」
ポツリと呟いた。
現在28歳になる。実は聖騎士らと同じく法力がある、ということには驚いた。持っていただけだったものも、シェルダンのおかげで使えるようにもなっている。が、伸びしろは少ない。
(何の術であれ、要領をつかめば使うのは容易いのが神聖術のようだが)
メイスン自身、生まれつき覚えは人並み以上に早い方ではあった。
故に時折、覚えの悪い人間を見ると歯痒くなり、苛立つことも多かったのだが。
(つくづく世の中にはいろいろな人がいるものだ)
メイスンは短いながらも時折、第7分隊でのことを大切に思い出すのである。
素質の面では突出したものが少ないながら、すべてを駆使して自分と同等以上に強いシェルダン。
武術では見るべきところがなくも、魔術の素質を開花させつつあるガードナー。通信具に精通しているリュッグに、懸命に生きているハンスらを見ていて、間違いなく自分の角は取れた。視界もスッキリとして広くなったように思う。
「だが、セニア様はまた別だ」
メイスンはポツリと呟いた。
独学であり、分かりづらい教練書のことを差し引いても、神聖術についてはあまりに覚えが悪いように、再会したばかりのメイスンにすら思える。
剣技にしろ神聖術にしろ、現段階で向き合えばまだ自分のほうが強い。
(だが、セニア様の場合は未だ眠っている力があまりに大きい)
剣の腕を磨き、貴族学校時代から貴賤問わず立ち会い続けてきたせいか、メイスンはいつからか向き合えば相手の実力が分かるようになっていた。
魔力の面だけはさっぱり分からないのだが。
メイスンはセニアを見ていると、まるで可憐な容姿の内側で、巨獣が眠っているかのような錯覚を覚えるのだった。そして、神聖術を修練していると、時折身じろぎしているような気配も感じる。
(しかし、その力を正しく使えるかは人柄にかかっている。そこを厳しくし過ぎて潰すのでは)
今、セニアに向けるべきは優しさだろう、とメイスンは思っている。間違いなく努力はしているのだから。
「それとも、そういうことこそがシェルダン殿の言う甘やかしで。私は甘過ぎるのかな」
メイスンは自嘲気味に呟いた。
同時に遠慮がちなノックの音がする。
「おじ様」
ドアの向こうから訪いを入れるのはセニアの声であった。
久しぶりの後書きを失礼します。黒笠です。
いつも閲覧や感想、ブックマークを賜り、本当にありがとうございます。とんでもない駄作を自己満足でだらだら描いているだけではないかと、ふわっと魔が差すときも大いなる励みとさせていただいております。そして、変わらず楽しく書かせて頂いていることに大いなる感謝を。
セニア様への評価は諸説あるかと思いますが、今回はあくまでメイスンから見たらこう、ということであります。
各登場人物たち、それぞれが人生を進めている状況ですが、今後とも見守ってあげて頂けると幸いです。




