183 聖騎士と執事2
(なぜ、私より強くない人でも私以上に力を発揮できるのか)
セニアは自室に戻り、じいっと考え続けていた。すぐすぐに答えが出るようなことではないと思う。だが、いざ魔塔へ入ってしまえば考える余裕もないのである。
稽古をつけてもらえるようになった初日、肩の力を抜いて立ち止まってみるのも一興ですよ、とメイスンに言われた。
(おじ様は、止まるしかなかったって)
セニアはブランダード領での出来事を聞いて、胸を痛める。魔塔から溢れる魔物を切り払い、自分が逃げ延びるだけで精一杯だったという。
「おじ様はすごいわ」
ポツリとセニアは呟いた。実家の後ろ盾も何もかも失い、身一つとなっても戦うことをやめず軽装歩兵となったのだ。
そして自らを鍛え続けて今の力量に至っている。
「それに比べて私は」
助けてもらってばかりで、情けない。周囲に甘えて暴走までして。
セニアは先日、ハイネルに敗れて捕われたときのことをメイスンに語った。誰に向けたものなのか、怖いぐらいの殺気をメイスンが発していたのだが。
(あれは自分の大失敗だったのだもの)
セニアの失態であるのに、メイスンが相手に怒ってくれていて、心のどこかがこそばゆい。
「メイスン様ですか?でも、ルーシャス様には、しょっちゅう、あれが違う、ここが違うって怒られてましたよ」
同室に控えていたシエラがコロコロと笑って言う。
「もうっ、シエラったら。おじ様は慣れない、今まで就いたことのない仕事を、あの年で頑張って始めてて、それだけでも偉いことなのよ?」
憤慨してセニアは可愛い侍女へと詰め寄った。確かメイスンは自分の十歳くらい上だから、もう28歳ぐらいのはずだ。
「それでいて、剣も達人なの。本来は剣で身を立てるべき人なのよ」
懸命に働きまわっている姿をシエラも見ているはずなのに、とセニアは悲しく思う。おまけにどこで学んだのか、神聖術『光集束』までを体得している。
「ふぇっ、すいません」
若干、身を引きながらシエラが涙ぐんで謝罪する。
顔を近付けて主張したことで怯えさせてしまったようだ。さすがに申し訳無さをセニアは覚える。
「ごめんなさい、ちょっと、怖かったかしら」
セニアは謝りつつ数歩、後ろへさがった。
「とっても、怖かったです」
悄然としてシエラが答える。黒い髪に青みがかった瞳の可愛らしい少女だ。いつも元気に走り回って仕事をしている。カティアにはよく叱られていた所作なのだが。
軍隊にいたからか、メイスンも元気に働く若い人間、ということで気に入られているようだ。
「でも、セニア様がお元気になられて、楽しそうで。私もとっても嬉しいです」
可愛い笑顔を浮かべてシエラが告げる。羨ましいことに笑窪まで出来ていた。
「メイスン様のおかげですね」
ニコニコ顔のまま、シエラが言う。
心の底からセニアは頷いた。
身内をとうとう全て失った、と思っていたところ、あらわれてくれたのがメイスンである。イリスのことを忘れることなど当然出来ないが。
ノックの音が響く。
「セニア様、お食事の準備が整ったとのことです」
メイスンがドアの外から告げる。セニアへの報告ごとは、極力、自分で行うと決めているらしい。
「すぐに向かいます」
セニアは答えて立ち上がる。急いでドアを開けるとメイスンがにこやかに立っていた。
食事など、今まではただ腹に入れば良い、と思っていたのだが。強くなるために体に何を入れるのかは大事ですよ、とメイスンに窘められたのである。ただ美食を食べさせようとばかりしてきたクリフォードとは随分違う。
強くなりたい自分としては、メイスンの話し方のほうがすんなりと受け入れられるのであった。
「おじ様も一緒に召し上がってほしいのに」
白い丸パンを飲み込んでセニアは溢す。
脇に黙って立って控えるメイスン。自身の食事は他の使用人と取っているらしい。
「セニア様。私はもはや親戚の貴族ではありません。使用人に過ぎないのですよ。使用人の身で主人と一緒に食事などありえません」
苦笑いを浮かべてメイスンが答える。1日に1回は、一緒に食事がしたいなどと言っては、たしなめられていた。
「でも、テーブルの向こうに誰も、話し相手がいないのは寂しいわ」
つい甘えるようにセニアは言ってしまう。自分でも頑是ない子供のような言い草だ、とは思った。
今や親戚はメイスンぐらいしかいないのだから、他に甘えられる人もいないのである。
「セニア様」
メイスンがセニアの方に体を向けて切り出した。
「レナート様が亡くなってから、寂しい日々であったと理解はしていますが。そして、世間ではただ一人の聖騎士ですから苦労もあったのでしょう」
そっとセニアの手にメイスンが無骨な手を乗せる。
嫌ではなかった。セニアはメイスンの手を握ってしまう。
「私もただの年長者の親戚という身であったのなら良かったのですが、あくまで使用人です。その分はお互いに弁えなくてはいけませんよ」
幼子に言い聞かせるようなメイスンの話し方である。
「いずれ、セニア様も相応しい身分の男性と結婚し、子供を成して聖騎士の血を次代へと繋ぐのです。きっとそこには、大変さもあるでしょうが、今では考えられないような喜びもあることでしょう」
メイスンが寂しげに笑った。
ブランダード家は既にメイスンを残して姿を消している。
(おじ様だって、まだお若いのだから、誰か素敵な女性と結婚すれば、ブランダード家を次代に残せるわ)
その誰かはきっと自分ではない女性だ。当然のことのはず、とセニアは思うも、なぜだかとても嫌なことに感じられた。
「私は今、寂しいんです。おじ様に、向かい側に座ってもらいたいの。親戚なのは誰にも否定できない事実よ、いいじゃない」
重ねてセニアは懇願する。シエラだけがそばに控えている状況だ。そのシエラが驚いたような顔をしている。
「いけません、セニア様」
顔を強張らせるメイスン。警戒するように身を引いた。
「いずれ、相応しい方が現れたとき、誤解を受けますから」
更に数歩、メイスンが離れていく。まるで壁を作られているかのようで、セニアは悲しくなった。
「でも」
兄のような人と食事をし、歓談をして何が悪いのか。
セニアには分からなかった。
「邸内を見て回って参ります」
逃げるようにメイスンが立ち去ってしまう。
残されたセニアは一人で黙々と食事を摂るしかなかった。
食事を終えて自室へ戻る。なぜ、メイスンが逃げてしまったかを考える。
「誤解を受けるって、私とおじ様のことを?」
思えば自分とメイスンの年齢差はたったの十歳なのであった。
確かに誤解を受けるかもしれない。
「でも、どうしよう」
セニアは呆然として呟いた。
(私、おじ様とだったら、いくら誤解されてもいいわ)
更に首を横に振った。
(違う、私、メイスンおじ様のこと、大好きだわ)
親戚としての好きとは違う気持ちかもしれない、とセニアは思い至って愕然とするのであった。




