179 第3次第7分隊〜ハンス2
森の中で夜営することとなった。
ハンスにどう言葉をかけるべきだったのか。天幕の外にてシェルダンは考えていた。
今回の戦では一工夫を講じている。シェルダンの腹算ではかなり効果の出る策のはずだ。
(無茶して突出しなければ死ぬことはほぼないだろう)
口に出してやれないことをシェルダンはもどかしく思う。部下たちを安心させてやりたい気持ちはあるが、公言するわけにはいかない。
長く世間から目をつけられないようにしていた力を、自分の代で公にするつもりにはなれなかった。
「何とかしてやれないかな」
口に出して呟くことで、ハンスに思考を戻す。
本気で確実に生き延びたいのなら、いつものように前へ出るのではなく、臆病の誹りを受けてでも、小狡く後ろへさがった方が良いのかもしれない。
本人が自分から退がることは出来ないだろう。
「どうしました、隊長。浮かない顔をして」
汗だくのデレクが近付いてきた。
行軍をこなしてなお、力が有り余っているらしい。森の中で自主訓練をこなした後のようだ。
「うん、まぁ、いろいろだ」
素っ気なくシェルダンは答えた。胸に去来するものはいくらでもある。デレクがどうのではなく、いちいち言葉にしてはいられない、という気分だった。
「考えすぎてるんでしょう、どうせ」
白い歯を見せてデレクが笑う。シェルダンの態度など知ったことないように、隣に座る。あまり細かいことには悩まなさそうで羨ましい。
「考えさせられるようなことばかりで、うんざりする。いろいろと踏ん切りをつけてきた気でいたけどな」
カティアとの将来など、考えて楽しいことばかりなら良いのだ。煩雑な面倒事も、本当に良かったのか正しかったのかと思わされるようなことも、等しく自分には纏わりついている。
では、今回はどうなのか。シェルダンは自問する。
「だが、今回は良い方だ。うまくいけば、きっとスッキリすると分かってるからな」
ようやくシェルダンはニヤリと笑った。日中、機嫌が良かった理由でもある。
「なら、良いじゃないですか。張り切るだけでしょう」
同じくカラカラと笑ってデレクが告げる。まだ短い付き合いだが馬の合う友人のように思えてしまう。
「まぁ、考える頭があるだけ羨ましい。そんなだから、同い年だってのに、あんな美人と結婚できるんですかい?」
デレクが冷やかしてくる。年齢は関係ないだろう、とシェルダンは思った。
口に出す代わりにシェルダンはカティアとの今までをふと思い出す。確かに自分でも不思議なことではあった。
「あの人の弟が俺の副官だった。それといくらか縁が繋がって。俺は果報者だよ」
心の底からシェルダンは言う。つくづく自分には過ぎた女性だと思う。
「そういうこと言ってると、尻に敷かれますぜ」
汗を布で拭きながらデレクが言う。
「尻に敷かれても良いぐらいに思ってるよ」
自分でも何を馬鹿なことを、と思いつつシェルダンは言った。本当は今までも誰かにカティアを自慢したかったのだと気付く。
初めて身近にやってきた同い年がデレクなのであった。
「まったく、お熱いことで。羨ましいですよ」
デレクが苦笑いである。身上書では独身と書いてあったはずだ。
「熱くて汗が止まんねぇや」
パタパタとわざとらしく布巾で自分を扇ぎ始める。本当はもっと砕けた話し方をするのだろう、となんとなく分かった。そのうち角も取れてくるだろう。
「熱いのはこんな戦陣で自主訓練をしたからだろ」
シェルダンは指摘してやった。重装歩兵の鎧を箱で背負っていてなお、元気が有り余っているのである。
(ハンスも、カディスやロウエンなんかとこんな馬鹿話をしていたのかな)
なんとなくシェルダンはほぼ同時期に結婚するであろう部下を思う。日中の話でもロウエンがハンスの事情を何やら知っているようでもあった。
「誰だ?女のケツの話なんか夜中にしてねぇで、とっとと寝ろ!休憩だ、休憩!」
天幕の中からハンターが顔を出して言う。寝ぼけ眼で苛立っているようだ。
「って、なんだ、隊長ですか。あと、デレクか」
ハンターが意外そうな顔で言う。
「いつも落ち着いているから、隊長も若いっての、忘れてましたよ」
ノソノソとハンターも天幕の外へと出ていた。
火の番をシェルダンはしていたのである。副官に怒られることでは本来ない。
「で、今度は何を企んでるんです?」
ハンターが面白がって尋ねてくる。
「ほう、企んでるんですか?」
デレクもニヤニヤ笑っている。
今までには無かった状況だ。シェルダンは苦笑いを浮かべる。企んでいるとは随分な言われようだ。
「覚悟しとけよ、デレク。この人は口では嫌がってるくせに結構、厄介事を背負い込むからな」
ハンターが加わったことで3人、焚き火を囲んで話す格好となった。
「はっは、それは楽しみだ。鍛え甲斐がありますよ」
ハンターにもデレクはまだ丁寧な言葉遣いをする。
心外だ。憮然とした顔をシェルダンはした。
「そんな、厄介だったかな」
シェルダンはハンターに質問してやった。
「そりゃ、サーペントに、重装騎兵隊に、ジュバ。魔塔に入るたんびに特命ときてる。これが厄介じゃねえとでも?」
ぐうの音も出なかった。
なぜだかとても嬉しそうなデレクにもうんざりする。
「軽装歩兵隊もやるもんですなぁ」
デレクが腕組みして感心する。
「大したことは企んでない。今回は、惰弱とはいえ敵軍との殺し合いだ。出来ればうちの分隊から犠牲を出したくないからな」
自分も含めて軍と軍との戦争に出るのは初めてだ。ハンターですら同様であろう。長年、アスロック王国もドレシア帝国も衝突しては来なかったのだ。
「魔物とはまた、違うでしょうからな」
デレクが頷いて言う。
「騙し討ちもかけてくるし、数はうちが加わっても相手の方がまだ多い」
シェルダンはさらに言う。
だから一計を講じた。部下を犠牲にせず自分も安全で、かつアスロック王国へ意趣返しを出来る一計を。歴史の長い家系ならではのやり方で。
(この二人になら、全部を伝えなくてもうまく仄めかせないかな)
信頼できる老練な副官と、新参ながら親近感の持てる、信用のおける部下2人である。
「それでも、うちは歴史が長いからな。人と人との戦でも幾らか心構えみたいなことは叩き込まれてる」
シェルダンは切り出した。
「ほう、隊長は名家の出なんですか?」
デレクが尋ねてくる。デレクにはまだビーズリー家のことはまったく言っていなかった。
「名家ではないが、1000年、軽装歩兵をやってきた家柄でな」
シェルダンは苦笑して言う。ハンターなどには長い家だとだけは言ってある。
「お貴族でもないのに、1000年ですか。逆にすげえですね」
手放しに感心してくれるデレクの人柄に好感が持てた。家のことを褒められると自分は弱いのである。
「あぁ、こういう戦は勝ち戦でも、兵卒の身だと危ない」
シェルダンは言いたいことへと話を向ける。
「勢い余って突出しては不意打ちを食らう。全体が勝っても負けても、自分が剣で斬られたり槍で突かれたりすれば死ぬんだ、と。忘れてはいかん」
その時が来れば、自分はリュッグとともに分隊を離れる手筈だ。まだリュッグには何も伝えていないが。
残りの面子の無事をこの二人に守ってほしいのであった。
(ハンスのやつも、ガードナーのやつも他の面子も自分自身も宜しく頼む)
シェルダンは祈るように、真剣な顔で話を聞いてくれる2人に思うのであった。




