174 第三次第7分隊〜デレク2
翌日、久しぶりの軍務につき第7分隊全員の集合となった。3日後にはラルランドル地方へと出征せねばならない。動きや勘を取り戻す必要がある。
「まずは顔合わせだ。うちは新人がいるからな」
シェルダンは整列したハンター以下6名の隊員に告げる。
新たな隊員は小柄ながら筋肉質の若者だ。軍服の上からでも筋肉の隆起が想像できる。ドレシア帝国に多い紺色の髪と、髪と同色の意志の強そうな瞳が印象深い。
「重装歩兵隊から異動となったデレクです」
デレクが一歩前に出て頭を下げる。さらに一同を見回す。
シェルダンと同い年の21歳であるが、一応隊長として立ててくれるつもりはあるようだ。
「宜しく頼む。存分に力を振るってくれ」
シェルダンは笑顔で言う。
ひと目見て気に入った。鍛え上げられた肉体はハンターよりも遥かに頑健であろう。ともに分隊の先陣に立って引っ張っていく姿が今からでも目に浮かぶ。
対してハンターが苦笑いである。
「ちょっと、隊長、失礼しても」
デレクが近寄り、断りを入れてからシェルダンの右上腕に触れる。
「力を入れてください」
隊員として自分を指揮する者の力を確認したいようだ。気持ちはよくわかった。
一様に分隊員たちが呆れ果てている。非礼だと思っているのだろうか。
別にシェルダンは構わなかった。
「おう」
力を目一杯入れる。あくまでデレクが見たいのは純粋な筋力であろうから、身体強化の魔術は抜きで行う。
デレクも握る手に力を入れてくる。かなり痛い。恐ろしいほどの握力だ。
「素晴らしい」
デレクが感心して頷く。
眼鏡にかなったようで何よりだ。シェルダンもデレクの握力に感服した。
「いや、お前の力も素晴らしい。よく、仕上がっているな」
シェルダンは右手を風車のように回しながら告げる。
体質なのか、人より睡眠時間が短くても活動していられるのだ。故に夜な夜な筋力訓練をこなしていた。実力者から認めてもらえると、頑張ってきた甲斐があるというものだ。
「分かりますか」
嬉しそうにデレクが笑って言う。
「分からんやつは2流だ」
シェルダンも笑い返してやった。
メイスンの異動は痛いが、シオンは約束を違えず素晴らしい腕利きを送り込んでくれたのだと思う。
「やはり軍人は身体が基本だからな」
シェルダンは全員を見渡して告げる。他の皆にもデレクの肉体を見習ってもらいたいと思う。
「ええ、皆で一流の肉体を目指しましょう」
白い歯を見せてデレクが右手を差し出してくる。
シェルダンはがっしりと握手を交わす。やはり素晴らしい握力である。
「最悪だ」
ハンスがこぼしていた。軟弱な態度である。矯正の必要を感じた。
デレクも同様らしい。自分と一緒になってハンスを睨んでいる。
「うへぇ」
ハンスが震え上がり、ロウエンにパコッと頭を叩かれた。余計なことを言うからである。
続いてデレクが品定めするように、ガードナー、リュッグ、ロウエン、と視線を移して、ハンターのところで止めた。
「あんたは?」
デレクがハンターに歩み寄って尋ねる。
「副官のハンターだ。宜しく頼む」
硬い声でハンターが応じる。視線すらも合わせようとしない。何か警戒しているようだ。
「あんたもいい。さすが、この隊長にしてこの副官あり、ということか。楽しみだ」
デレクが何やら納得して頷いている。年嵩だがハンターも肉体は鍛え上げていた。軍人として長生きするのに身体が資本、というのはシェルダンとも、よく言い合っていたことだが。
「お、おお、こちらこそ、楽しみだ」
ハンターも褒められると嬉しいようだ。
「よし、訓練に入る。動きの確認だ」
シェルダンは声を上げる。
実戦が近い。そこまで激しくやるつもりはないものの、息をしっかり合わせられるようにはしたい。
(次は知恵の回る、人間相手だからな)
魔物と戦うのとはまた違う。シェルダンも気を引き締めていた。
だが、いざ模擬戦などをやると、とにかくデレクの力が圧倒的過ぎる。
単純な腕力だけで木剣ごとハンスやロウエンなどを弾き飛ばしてしまう。ハンターなども直接の打ち合いは避けているようだ。
(対抗できるのは俺とあいつか)
シェルダンは自身も汗を流しつつ思った。
ガードナーの眼前に黄色い魔法陣が浮かぶ。
「サンダーランス」
ガードナーが呟くように言う。更に使える雷魔術が増えたようだ。雷光が真っ直ぐほとばしり、デレクの直近の地面を穿った。
「うおっ」
さすがのデレクも腰を抜かしている。
雷光自身もガードナーの詠唱も早い。
「5秒だね。すごいよ」
静かにリュッグが告げる。
「この術は、狙いが1つになるけど、早く撃てるって、レンドック先生が言ってたんだ」
落ち着いた声でガードナーが応じる。悲鳴をあげる癖も治ったようだ。成長したものである。
「大したもんだ」
シェルダンも歩み寄ってガードナーを褒めようとする。
「ひ、ひえええぇ」
治っていなかった。シェルダンにだけはガードナーが悲鳴をあげる。まるでジュバかハイネルにでもなった気分だ。
一応、戒めのためシェルダンはガードナーの頭を叩いておいた。
(うん?何かあいつも屈託があるのか?)
シェルダンはデレクの表情から翳りを見て取って思う。
しかし、何か鬱憤を振り払うかのように木剣を大振りしている。受けたハンスの体が紙のように吹っ飛んだ。
「隊長、俺と手合わせをしてくれませんかね。全力で」
腕試しがしたいというのとも違う気がする。ただ、どこか切迫したものを滲ませてデレクが言う。
「やめておく」
シェルダンは笑って言った。先が見えている。
「お互いに訓練にすらならん。不完全燃焼するのが目に見えてる」
へし折れたデレクの木剣を指さす。
デレクも苦笑いである。他の分隊員たちに至っては呆れを通り越してデレクの馬鹿力に恐れをなしているようだ。ハンターですら笑顔が引きつって固まっている。
「では」
デレクが迷う顔をした。図々しい頼み事をしたいのだろう。
「訓練終了後にもう一度、全力で戦える武装で来い。相手はしてやる」
シェルダンは他の分隊員に聞こえぬよう、小声でデレクに申し向ける。腹に溜め込んだものがあって、第7分隊に異動してきたというのなら、吐き出させてやるのも隊長の務めだ。
(身体を動かして発散しようっていうのも、前向きで良いじゃないか)
シェルダンはニヤリと笑った。
古参の分隊員たちが一様に嫌な顔をする。この連中は自分に一生笑うなと言うのだろうか。
「分かりました。異動して早速わがまま聞いてもらってすいませんね」
デレクが手強いであろうことは既にシェルダンにも分かった。




