173 第三次第7分隊〜デレク1
父のレイダンも母のマリエルも疲れた顔をするようになった。急に忙しくしたからだろう。シェルダンも申し訳なくは思った。
(しかし、さすがは父さんだ)
有事のためか息子である自分のためか、はたまたその両方か。アスロック王国に残留している分家筋ともやり取りする伝手を残していた、ということだ。
(こういうところでは、敵わないな)
軍営の執務室でぼんやりと感心しつつ、シェルダンは思うのであった。魔力も法力も持たない父に対し、現段階で武力は息子の自分が勝るとしても。
(本当は父さんのほうがビーズリー家らしいビーズリー家の人間だ)
改めて自分の心を覗いてみても自ら聖騎士セニアと接触しようという踏ん切りはつかない。その必要もなかった。
(メイスンはうまくやってるかな)
メイスンが退役してしまった。今では聖騎士セニアの執事をしているという。あのメイスンが執事、というのは少し笑ってしまうのだが。
自分で背中を押したわけだからシェルダンは驚いてはいない。副官のハンター以下分隊員たちが皆一様に驚いていたのだが。
退役する決意を告げられた当日のうちに全員で集まり、ささやかな送別会をトサンヌで開いた。
意外にも一番落ち込んでいたのはガードナーである。悲鳴すらあげずに悄気げていた。一番厳しく当たられていた気もするのだが。ハンス、ロウエン、リュッグなども別れを惜しんでいたので、自分の知らないところでも、メイスンが若い隊員の面倒をよく見ていたのだと伺い知れた。
メイスンを送り出した翌日である。
力任せにドアをノックする耳障りな音が響く。ハンターの叩き方だ。送別会の帰り道、今日、執務室へ来るよう言っておいた。
「来たな、入ってくれ」
シェルダンの返事に応じて、筋骨隆々とした副官が入ってくる。
「メイスンのやつには驚きましたが、呼び出しってことは早速、代わりの新隊員ですか。どんな野郎です?」
好奇心もあらわに尋ねてくるハンター。
数日のうちにラルランドル地方の戦線へと向かうこととなる。欠員もすぐに補充されることとなっていた。当然、即戦力だ。
「重装歩兵隊からの異動らしい」
シェルダンは告げて、ハンターに人事資料を手渡す。
ハンターが人事資料に目を通し、ため息をついた。
「主力のメイスンを取られて、また曲者ですかい。まったくうちの隊長は」
正確な表現ではなかった。メイスンの場合は他所に引き抜かれたのではなく、自分で出ていったのだ。
運命にでも連れ去られたとでも言うのだろうか。
なんとなくハンターの物言いにおかしくなってシェルダンは苦笑した。
「まぁ、珍しい異動ではあるよな」
シェルダンは当たり障りなく相槌を打った。
そもそも重装歩兵隊から軽装歩兵隊への異動というのがおかしいことなのだ。ややもすれば懲罰人事と取られかねないほど、給料面などの待遇が違う。
(それも本来なら、だ)
シェルダンは腹の中で呟く。実際のところはなんの問題もない人物のはずだ。
ペイドランを第1皇子シオンが従者に欲しがった。そこへ補填するようにメイスンが聖騎士セニアの元へ動く。皺寄せを食らった形のシェルダン以下第7分隊へは、第1皇子シオンからの詫びとして、有能な人材を送ることとなった。誰も損をしない人事のはずだ。
(つまり、メイスン並の人材を送ってくれたはずだ)
シェルダンは思い、新たな隊員との軍務に心躍らせているのであった。
「メイスンやガードナーの例もある。こっちがしっかりと誠意を持って接すれば、きちんと伝わって力を発揮してくれるさ」
シェルダンは年嵩の副官にとぼけて、わざと楽天的なことを言う。今回の人事はシオンとの密約に近い。口に出せることではなかった。
少なくとも給料面での待遇などは変えないまま、軽装歩兵とするらしい。それで構わないという人材を選んだ、とシオンから聞いている。
「そう願いたいものですが。しかし、あのデレクでしょう?有名人ですぜ」
意外な言葉にシェルダンも驚く。新隊員のデレクを既に知っているとは思わなかった。古参の情報網だろうか。
知った上で言われているとなって、急にシェルダンも不安になってきた。
デレクという新隊員が自分の選んだ人物ではないことを意識してしまう。
「どう有名なんだ?」
気になって、シェルダンは尋ねた。
「身体を鍛えることにしか興味がない。趣味は肉体強化訓練、特技も肉体強化訓練。同僚なんかにも休みの日、肉体強化訓練を無理強いすると」
心底、嫌そうにハンターが言う。
シェルダンは首を傾げた。自分も似たような生活をしている。聞く限り、やはり問題のない人物のようだ。
「何が悪いんだ?」
素直に疑問を口に出す。無理強いという噂の言い方にこそむしろ悪意を感じる。
ハンターがあんぐりと口を開けた。信じられない、悍ましいものを見る目を向けてくる。なかなか失礼な副官だ。
「軍人が身体を鍛えるのは当然だろう。仲間にも共有しようというのは、仲間にも死んでほしくないからだ、と俺は思うな。つまり、仲間意識が強いやつなんだろう」
何が問題なのかシェルダンにはさっぱり分からなかった。
斯くいう自分も最近身体が鈍っている気がする。デレクとの出会いは良い刺激になるかもしれない。
「いや、俺は話していて嫌な予感がしてきてね、ええ、とんでもないことになりそうだ」
震えながらハンターが言う。
軍務の再開は翌日からだ。気分が良くなったシェルダンはハンターを家に帰して、自らも一人帰宅する。
途中で鍛冶屋に寄った。軍営近くにある軍御用達の店で、マッシュバーン商会という。アダマン鋼製の鎖鎌を作ってくれた鍛冶屋である。
「あ、シェルダン隊長さん」
店の奥にあるカウンターに腰掛けた少女が顔を上げた。卓に突っ伏していたらしい。
「ジェローム殿に、剣は出来上がりましたかと」
シェルダンは穏やかに笑って告げた。
マリーという名だったはずだ。赤毛の可愛らしい娘である。指輪の光る、シェルダンの左手を見据えてから、ツイと店の奥へと走り去っていく。
「シェルダンさんかい」
ガタイの良い大男が姿を表す。娘と同じ色合いの赤毛を刈り込んでおり、汗だくだ。手には鞘に収められた片刃剣を握っている。
「もう出来上がってるよ。しかし、珍しいな。あんたが普通の武器を買うだなんて。しかも特注品ときたもんだ」
ニヤニヤ笑って、店主のジェローム・マッシュバーンが告げる。
「私が使うのではありませんから」
年長者でもあり、外部の協力者でもあるジェロームにシェルダンはあくまで丁寧に話す。
試しに抜いて見る。月光銀の名剣らしい。
「ふむ、やはり私には剣の良し悪しは難しいですね」
とりあえずよく光っていてよく切れそうだ、とは思う。
「まったく、この間の鎖鎌のときとは随分反応が違うじゃねえか。こっちのほうが力作だってのに」
ニヤニヤ笑いが苦笑いに変わる。
試し斬り用の木まで持ってきていた。試し切りなどしても自分に分かるわけもないだろうに。
「使う予定の男は剣の価値がわかりますし、恥ずかしい使い方もしませんよ」
メイスンに餞別として贈ってやる予定の剣である。残念ながら出立に間に合わせてやることは出来なかったが。
「まぁ、鉄球やら棘付き鉄球やら、棒付き棘付き鉄球やらを作らせれたときよりは、はるかにやり甲斐があるよ」
ジェロームが過去の名作を引き合いに出す。いずれ、この名剣に劣らぬ逸品ばかりだ。残念ながら軽装歩兵の武装として認められず、今はビーズリー家の物置に眠っている。
「また、新しい鉄球を思いついたら宜しくお願い致します」
丁寧にシェルダンは頭を下げた。
「もう願い下げだ。代金をおいて帰ってくれ!」
苦笑いして怒るという器用さを見せるジェロームに、シェルダンはあえなく追い返されてしまうのであった。




