169 両家顔合わせ2
カティアは優しくシェルダンの両手を握る。
「シェルダン様には、もっとなさりたいようになさってもらいたいの」
カティアはシェルダンの目を見て告げる。
シェルダンの歪みのようなものをどうしても感じてしまう。更にこの歪みがシェルダン自身を追い詰めているようにも。
いつか間違いが起こりそうで心配だから怒ることにしたのである。
「他にもそんなことを言った男がいましたがね」
シェルダンが硬い顔で言う。
「私はやりたいことは、やりたいように出来ていると思うのですよ」
多分、2人の話は噛み合わなかったはずだ。なんとなく察しがついた。
カティアはゆっくりと首を横に振る。
「シェルダン様、遠征に出てからのこと、全部お話してくださる?本当に隠し事はなしよ」
意表を突かれたような顔をシェルダンがした。
初めて仕事のことを尋ねたのだ。隠していたわけではないだろう。尋ねなかったからシェルダンも自分から言わなかっただけだ、とはカティアも分かっている。
「わかりました。私もカティア殿には隠し事はしませんよ」
シェルダンが言い、ゆっくりとゲルングルン地方に侵攻してから、魔塔攻略後に帰ってくるまでを語ってくれた。
聞けばシェルダンは意図せず聖騎士セニアをアスロック王国から救出している。
更に助けたセニアを縛られたまま置き去りにして、聖剣を奪っている。
そして、一旦奪った聖剣を部下に見咎められて返しに行く羽目になっている。イリスを助けたのはその時の偶然の産物だ。
「大変だったのね、やっぱり戦場でのシェルダン様は」
カティアはしみじみと告げた。
「幻滅しましたか?」
シェルダンが尋ねてくる。嫌われてもしょうがないと覚悟を決めたような様子だ。
「いいえ、シェルダン様らしくて好きだけど、ただ」
カティアは言葉を切った。嫌うわけもないのに、とつい惚気けてしまう。
「本当にシェルダン様は聖騎士セニアのことが、心配で、それでいて歯がゆくてしょうがないのね」
話を一通り聞いて、置き去りにしたシェルダンからはセニアへの苛立ちが感じられた。つい気にかけてしまうから、そして相手にしっかりしてほしいから苛立つのだ。
「カティア殿、私は」
何を誤解したのかシェルダンが言い訳しようとする。
「私たちは愛し合ってる。そこに疑いはないですよ」
カティアは微笑んで言った。第1皇子シオンにも啖呵を切ったとおりである。
「結婚はあなたが私を幸せにするだけじゃないの。私もあなたを幸せにしたいの」
どうすればシェルダンは幸せになれるのだろう。
イリスを使ってペイドランを道連れにしても幸せになれるとは思えない。
「今日は顔合わせの日。また1つ私達の人生が進む日だから。喧嘩しながらいっしょに考えたくて」
カティアは告げる。
「カティア殿」
シェルダンが感無量という顔だ。
「しかし、困りました。私はすでに幸せすぎますが」
本音で甘ったるい言葉をくれるシェルダン。とんだお惚気である。
「シェルダン様、聖騎士セニアを本当にどう思っているの?」
カティアは改めて尋ねる。
シェルダンが遠い目をした。考える顔だ。
「私の家系、家訓。実際には反してしまった自分。つい抱いてしまう功名心、色々とやってみたくなってしまう自分を持て余しております。何もセニア様に限ったことではない」
シェルダンが呟くように言葉を並べる。必ずしも聖騎士セニアと関わりのあることではない。
「私は生きなくてはならない。カティア殿と結婚し、子供を得て次代へとこの血を繋ぎたい。その子もまた、私のように、仲睦まじい両親から厳しくも愛情を豊かに受けて育ってほしい」
カティアはゆっくりと頷く。このまま行けばきっとそうなるのだから。
「そして更に、その子供が次の代へ繋ぐ。こうして私とカティア殿の人生もまたビーズリー家の中に遺されていく」
悪くないと思う。自分がいたことを後世になっても誰かが知っていてくれるのだということは。まさに生きた証だ。
「そのために邪魔なのは、聖騎士レナートへの敬意。聖騎士セニアに限らずゴドヴァン殿やルフィナ殿、ペイドランへの仲間意識もそう。私を危険な戦いへ誘うものは本当は全て邪魔なのです。聖騎士セニアは邪魔です」
シェルダンが淡々と並べる。
「つまり、聖騎士セニアとの縁故の元となった、聖騎士レナートとの出会い。そこから私の人生は狂いっぱなしだ」
憎々しげにシェルダンが告げる。
「そうかしら?そこからの流れで私とあなたは出会えた。悪いことばかりじゃないわ」
カティアは優しく否定する。
「シェルダン様は優しいのね」
思わず漏らした感慨にシェルダンが訝しげな顔をする。
「邪魔だと思ってもつい気にかけてしまう。だから苦しいのね。いっそ、助けられるだけ、助けてやってもいいのかも」
冷徹に生き延びることだけに徹しきれないのだ。父親のレイダンに甘ったれ、と言われたのはそのあたりではないのか。
「シェルダン様に怒ってしまったけど。私だって。聖騎士セニアにとられるんじゃないかって、あなたのことを。つまらないヤキモチを焼いたり、困らせたり。また反省しちゃったけど」
カティアは微笑んでみせた。
行けとも行くなとも言わない。なんなら今、結論を出すこともないと思う。
ただ、行くこととなってもカティアは受け入れようと思った。カティアには許されるのだと思って、シェルダンは決断してくれればいい。
「でもやっぱりそれでも、浮気はしないことと死なないことは約束してほしいかしらって」
カティアは考えた末の願いを告げる。
「当然それはお約束します。誓います。ですが、魔塔攻略へは」
参加しないと言おうとしてくれるのだろう。カティアを安心させるために。本当に優しい旦那様だ。
「今はそこを決めるときではないわ。そもそも次からの魔塔攻略ではシェルダン様はご不要かもしれないし。聖騎士セニアのほうからお断りって」
冗談めかしてカティアは微笑んでみせた。
「そうですね。私もそのほうが有り難い」
シェルダンも苦笑して告げる。
「ごめんなさい。私もいろいろ言って。でもやっぱり生きて帰ってきてくれた姿を見て、本当に嬉しくて。何も無いと分かっていても、イリスと病室で2人きりっていうのは、本当に腹が立ったの」
カティアは俯いて告げた。自分でも気持ちを多少持て余してはいる。
「分かりました。私の方こそ心労をかけて申し訳ないです」
シェルダンが優しく言い、そっと肩を抱き寄せてくれた。
「カティア殿。もう『様』とつけるのはやめませんか?」
ふとシェルダンからの提案である。
「え?」
カティアは声を上げた。
「近く夫婦になるのですから」
シェルダンが言い足す。確かにもう、お互いに殿や様と呼び合うのも変だ。
「あら、なら。あなたも私を呼び捨てで呼ぶべきだわ」
カティアは言い返した。
可愛くない物言いかもしれない。不安に思うもシェルダンからは笑みが返される。
「カティア」
「シェルダン」
肩の辺りが照れくさくてムズムズする。
くすぐったくて居心地が悪い。
「少し、慣れるまで時間がかかりそうですな」
シェルダンの照れくさそうな顔にカティアは笑ってしまう。
2人は仲直りしてまたカディスの取り仕切る個室へと戻る。そして、まだ、お互いの両親が自分たちを褒め続けているのをみて、顔を見合わせて笑い合うのだった。




