168 両家顔合わせ1
ルベントの町南部にある料亭コートライドにて、カティアはシェルダンと向き合って座っている。瀟洒な木造2階建ての店舗に広大な敷地の庭園を備えた料亭だ。
ビーズリー家とルンカーク家の顔合わせは料亭コートライドの一室を貸し切って行われることとなった。 今は長テーブルを挟んで両家向かい合って座っている。
シェルダンの両脇にかけているのが父親レイダンと母親のマリエルだろう。カティアの両脇にも父親ラウテカと母親リベラがかけている。
(やっと、ここまで来たわ)
カティアはひと目見てすぐに目を背けつつも、しっかりと灰色のボタンシャツに黒いズボンをビシッと着込んできたシェルダンに満足していた。
(でも、目を合わせてあげないの。怒っているから)
ツン、とカティアは顔を背けてやった。
シェルダンがたじろいでいる。何のことだかわからないのだろう。
「私は不肖の嫁となるカティア・ルンカーク、の弟でカディスと申します。至らぬながら、ビーズリー家とルンカーク家、本日の両家顔合わせの進行を務めさせて頂きます」
神妙な顔でカディスが挨拶を述べた。
(本当に至らないわね、お馬鹿)
不肖の嫁とは随分である。カティアは不出来な双子の弟を睨みつけてやった。
「レイダン様、マリエル様、不肖の嫁となりますが宜しくお願い致します」
カティアは先手を打ってシェルダンの両親に頭を下げた。
予定にない切り出し方に早速不肖の弟が怒っている。
「いや、こちらこそ、この甘ったれの独り息子を宜しくお願い致します」
レイダンぐらいになれば、シェルダンには甘さが見受けられるのだろうか。それでもレイダン夫妻にせよ、ラウテカ夫妻にせよ、緊張して結婚する当人たちよりコチコチだ。
(甘い、と思ったことはないけど。そう言われてみれば、可愛いのよね。でも、まだ私、怒ってるけど)
カティアはただゆっくりと頷いた。
物欲しげに視線をからめようとしてくるシェルダンには目もくれない。胸は痛むが怒らなくてはならないのだ。
(だって、今後のこともあるもの)
カティアは心を鬼にすると決めたのだった。
「ビーズリー家は1000年続く歴史ある家柄とか。そのような家の歴史にウチの娘が加われるなんて光栄です」
父のラウテカが嬉しそうに言う。カディスのお馬鹿な挨拶と違って、きっと好感を持ってもらえる言葉だ。
「なに、ダラダラ続いてきただけのことです。1000年もやっていて、子爵の高貴な家柄と繋がれるなど初めてのことで」
口調とは裏腹にレイダンが嬉しそうだ。
ちらりと盗み見るとシェルダンも嬉しそうにしている。この人たちは家門を褒められるのがくすぐったいのだろう。
「本当に、こんな美しい方とうちの倅が結婚だなんて夢かしら」
シェルダンの母つまりカティアから見て姑のマリエルまで手放しで褒めてくれる。
「シェルダンさんこそ、ハンサムでとても格好良いじゃないですか」
自分の母リベラが今度は返す。
お互いの父と母がお互いに褒めちぎり合う合戦が両家の間で始まった。どちらがより褒め続けられるかを競い合っているかのようだ。
さすがに途中からカティアはいたたまれなくなってきた。耐えきれずに視線をシェルダンに向けると優しい視線が絡んでくる。
(もう、本当に私の期待は裏切らないのだわ)
つい嬉しくなって、カティアは、うつむいて笑みをこぼしてしまう。
「カディス、うまくやっていて。私とシェルダン様は少し外の空気を吸ってくるわ」
立ち上がったシェルダンに手を引いて貰いながら、カティアは告げる。
「ちょっと姉さん、あ、義兄さんまで」
カディスが珍しくしっかり正解を告げた。確かにシェルダンはカディスの義兄さんである。
「すまん、カディス。思っていた以上にこそばゆい」
シェルダンも苦笑していた。ずっと褒められ続けるというのもなかなかしんどいようだ。
カティアとしては幾らでも二人のことなら褒めてもらいたいのだが。
「俺とカティア殿がいると、この4人はどうも腹を割って話ができない気がする」
談笑しつつもまだぎこちない4人を見てシェルダンが言う。
「でも、2人とも今日の主役なんだから」
カディスがなおも粘ろうとする。よほどこの空間に取り残されるのが嫌なようだ。
「主役は全員だろ。ルンカーク家とビーズリー家の、今日は顔合わせなんだから」
シェルダンがしっかりと正論を告げると、カディスも諦めた顔をする。
4人も本当に自分とシェルダンにいてほしければ、そう頼むはずだが、誰も言わない。カティアとシェルダンに二人の時間を過ごさせるか、自分たちだけで話しておきたいのか。
(両方よね、きっと)
シェルダンに手を引かれながらカティアは思う。
広大な敷地の料亭コートライド。有名な中庭の庭園。設けられた四阿にシェルダンが連れてきてくれた。
二人で並んで腰掛ける。
先手必勝だ。カティアはシェルダンの右腕をつねってやった。
「カティア殿?」
わざと驚いた顔を作ってシェルダンが問う。
「私、怒ってます。おしおきですわ。何のことかはお分かり?」
カティアは微笑んで尋ねる。
シェルダンが首を傾げた。とぼけているのではない。本当に分からないのだ。本人としては上手く隠したつもりなのだろう。
「全部、イリスから聞いてますのよ?」
カティアは種明かしをした。
イリスと聞いてシェルダンが焦った顔をする。なぜだ、と思っているのだろうか。
「私、もともと聖騎士セニアの侍女ですわよ?イリスは聖騎士セニアの従者。面識があるんですよ。手紙が来ました」
カティアは懐におさめていたイリスからの手紙をシェルダンにも渡す。見る見る青ざめていく。
つい4日前に自室の机に置かれていたものだ。筆跡でイリスのものと、カティアにはわかる。
手紙にはペイドランというシェルダンの元部下と恋仲であること。ペイドランに仕官の話があること。さらに深夜、女子一人の病室にシェルダンが訪れ、ペイドランが仕官を拒まぬよう色仕掛けを使え、と示唆されたと書いてある。更にまた死んだふりだ。今回はイリスにそれをしろと。
「あの娘、まさか、カティア殿に言いつけるとは」
カティアが怒らないわけがない内容だとはシェルダンにも分かるらしい。
「シェルダン様」
怒りを抑えてカティアは愛しい人の名前を呼んだ。
「はい」
恐る恐るシェルダンが返事をする。
「私がその手紙の何に怒っているか、分かりまして?」
改めてシェルダンにカティアは問う。
答えられなくても、そこまで怒ったり別れを切り出したりしようなんてつもりもない。シェルダンの、この強かさや読めない面白さが好きで、結婚を決意したのだから。
必ずしもシェルダンの今回について、全部が全部悪いわけではないとも思う。
「いや、その」
明確には分からないらしい。
カティアはため息をついてシェルダンの正面に回り、今度はその両頬をつねった。
「私との約束を忘れたんですか?」
真剣な眼差しでカティアは尋ねる。
「死んだふりはもう無し、と。確かに魔塔へシェルダン様が上らされるのは嫌です。でも、変なやり方はやめましょうって帰還のあとに言ったでしょう?」
死んだふりをしようとして、かえっておかしなことになっている。あのときは既成事実だったから、自分も合わせるしかなかった。
「いつもご希望を私なりに汲んで背中を押しているつもりです。だから、変なやり方、無理なやり方はしないでって言ったのに」
カティアはしんみりと告げた。
ましてや今度は他人まで巻き込もうと言うのだから論外だ。何か齟齬が出て今度こそのっぴきならないことになるかもしれない。
「私、いつまた聖騎士セニアやクリフォード第2皇子にバレてしまうか心配でしたのよ」
カティアは我慢していたことを打ち明ける。
ただ、当初自分もシェルダンの死を聞かされた衝撃で打ちひしがれていた。もう二度と魔塔に上らないで、という願いをシェルダンが汲んでくれていた部分もある。
怒りすぎるのも可哀相か、とカティア自身も思ってはいて。
「申し訳ないです」
シェルダンが謝る。
「あと、やはり妻としては女の子一人の病室に押し入ったと聞くと穏やかではいられませんわ」
カティアはため息をついた。
「もう、致しません」
またシェルダンが頭を下げた。
「何もなかったとは分かりますけど。イリスもそう書いてますしね」
言えば素直に改めようとしてくれるシェルダンが愛おしい。それでもカティアはグッと堪えた。
まだ、話さなくてはいけないことがある。もう1つ深いところで。




