167 第3次第7分隊〜ロウエン3
ロウエン・ロッカの兄妹と別れたときには既に日が傾いていた。立ち話のままよくも長いこと話していたものだと自分でも思う。
(必要なことは話せたからいいか)
結局、ハンスも交えての飲み会は2日後つまりは明後日となった。
楽しみに思いつつ、カディスはまた一人になってブラブラとルベントの街を散策する。頭の中は両家顔合わせの会場をどこにしようか、ということでいっぱいだ。
(やっぱりコートライドがいいか?)
料亭コートライド、ルベントの街ではこの種の家族行事などで利用される定番の店だ。高級感が漂い、数々の様式で個室を揃えている。
予約を入れてこようかと思ったところで、はたとカディスは気づく。
「日程調整してないな。しまったな。丸投げされたとはいえ、さすがに勝手には決められないか」
そもそも実家に寄ったのも、両家顔合わせの話となった時に、両親とも日程を詰めようと思っていたからだったことを、カディスは思い出した。
「また、実家に行くか?いや、それは嫌だな」
それならまだ誤解されてでも、ロッカやロウエンと共に夕飯をとった方がマシだ。
あまりに嫌すぎて先程から独り言が口からダダ漏れである。カディスはため息をつく。
さらにシェルダンやその両親とも、限られた時間の中で日程の聞き取りをしなくてはならない。
ふと、名案を思いついた。
「そうだ、隊長だ」
姉のカティアとでは話にならないなら、未来の義兄にして常識人のシェルダンと話せば良いのである。
カディスはかつて通ったルベントの軍営へと向かう。夕方であってもシェルダンのことだから執務室でゴシップ誌を読んでいるはずだ。違ったとしてもトサンヌに行けば、どうせ会えるだろう。
(変わらないなぁ)
まだ休暇期間中のルベントの軍営。閑散としていて、小柄な兵士が1人、練兵場で筋力訓練をしているだけであった。小柄な割には驚くほどにムキムキである。
思わずカディスは目を奪われつつも、第7分隊分隊長執務室前に至った。
「シェルダン隊長、ご無沙汰しております。未来の弟のカディスです」
懐かしい気持ちを胸にカディスはノックした。
「カディスか、久しぶりだな」
幸い部屋にいたシェルダンが再会を喜びつつ、笑顔で迎え入れてくれた。これが普通の人の正しい対応だ、とカディスは涙を流しそうになる。やはり姉はおかしい。
久しぶりに通された執務室のソファに腰掛ける。あまり変わらない。書棚のゴシップ雑誌が着々と増えているようだが、相変わらず整然と並べられていた。
「で、今日はどうしたんだ?カティア殿からルベントにいることは聞いていたが」
シェルダンが水差しからグラスに水を注いでくれた。
「両家顔合わせの相談をしたくて。店も日取りも姉は私に設定するようにと」
カディスは水を一口飲んでから答えた。
「ん?それなら3日後にコートライドを抑えたぞ」
驚いた顔でシェルダンが言う。
「ええ?」
さすがにカディスも驚いて声を上げた。
初耳である。おまけに3日後だ。前日にハンスやロウエンと飲酒の予定である。少し酒量を抑えねばならないではない。だが、今更、おじゃんにはしたくなかった。
「俺とカティア殿の結婚だからな。自分のことぐらい自分でやるさ。しかし、カティア殿には全部伝えてあったんだが。カディスにも自分から伝えておいてくれると」
こともなげにシェルダンが言う。カティアに聞かせてやりたい言葉だ。
「まさか、ご実家の前にここへ来たのか?」
シェルダンが咎めるように言う。肉親への不義理は叱責対象のようだ。
「えーと、ど、どうやら姉はよほど嬉しかったようで、会話にならなかったのです」
激怒していて怖かったとも言えず、カディスは嘘をついてしまう。
「そうか。カティア殿に喜んでいただけたなら嬉しいよ」
ホッと安心した顔でシェルダンが言う。本当にカティアを愛してくれているのだと、カディスにも伝わってきた。
「あんな姉ですが、隊長、1つ宜しくお願い致します」
カディスは改めて深々と頭を下げた。
姉なりに頑張って生きてきたのはカディスもよく知っている。幸せには、なって欲しいのだった。
「おいおい、俺にだっていろいろ落ち度はあるんだから。それにもう、隊長はやめてくれ」
確かにもう自分にとって、シェルダン・ビーズリーは隊長ではないのであった。
「では義兄さん」
カディスは喜んで呼んだ。
「気が早い」
照れ隠しに言うシェルダンを置いて、カディスは取っていた宿屋へと戻った。
結果的にはシェルダンのもとを訪れて大正解だったのだと思う。余計なことをせずに済んだ上、大事な日程を知ることも出来たのだから。
(しかし義兄さん、何をしでかしたんだろう)
気にしながらもカディスは宿屋でのんびりと過ごしていた。
そして、両家顔合わせを控えた前日、カディスは待ちに待ったハンス、ロウエンとのトサンヌでの飲み会を楽しむ。
ロッカとの縁談への困惑とカティアへの苛立ちから酒が自分でも恐ろしいほどに進んだ。だが、抑えねばならない。難しいのである。
「な、なんかすいません」
謝罪するロウエンに対し、沈んだ顔のハンス。
「どうしたんだ?」
カディスはハンスに尋ねる。
恋人と何かあったのではないかと心配になってしまう。
「いや」
ハンスが言い淀む。口の軽いハンスにしては珍しい反応だ。
ロウエンを見ると首を横に振る。心当たりはないようだ。
「まさかニーナって娘と別れたのか?」
カディスはとりあえず思いつくハンスにありそうなトラブルをあげて尋ねる。
「ちげーよ」
否定して、ハンスが弱々しく苦笑した。
「実は、兄貴が大怪我したらしい」
深刻な顔でハンスが打ち明けた。
思わぬ告白にカディスはロウエンと顔を見合わせる。
「崩れた積み荷、材木に足を潰されたらしい。商売にも歩くのにも支障が出るかもしれねえって」
ハンスの実家は商家だが、長兄が家業を継ぐから次男のハンスが家を出されたのだと聞いている。
「身を固めて、体も頑丈な俺に、戻ってこいって話になるかもしれねぇ」
浮かない顔でハンスが告げる。
複雑な心境なのだろう。ニーナとの結婚も控え、軍人として生きる覚悟を、改めて決めた矢先の報せである。
「ニーナさんは?なんて言ってるんだ?」
ロウエンも心配そうに尋ねる。
ハンスの兄も体のことが心配だが。ハンス本人の心の内も心配だった。
「どこでも。俺と一緒ならついていくって。結婚するからにはそれぐらい覚悟してるってさ」
初めてハンスから笑顔がこぼれた。よほど嬉しい言葉だったのだろう。
「良い子じゃないか」
思わずカディスはロウエンと声を揃えて言った。
「あぁ、だからニーナにとっても一番良いようにしてやりたいって思う」
カディスは改めてハンスを見直した。軽口や軍務はともかく良い人間であることでは敵わない、とカディスなどはハンスについて思っている。
「わりぃな。2人とも。せっかく久しぶりに楽しく飲もうってときなのに」
ハンスが謝ってきた。
ロウエンが軽くハンスの頭を小突く。
「いいんだよ。俺たちは離れても同期で、友達なのは変わらない」
カディスも頷いてみせた。自分の言いたいことを上手くロウエンに言われてしまった格好だ。
「こういう話ができるのも俺たちだけだろ」
その後もカディスは2人との思い出話に花を咲かせた。
(ロウエンもいろいろ考えてるんだな)
考えすぎてとんでもない話を自分へ進めていることも思い出して、カディスは楽しいひと時を過ごすのであった。




