166 第3次第7分隊〜ロウエン2
縁談のこともあってか、ついロッカをまじまじとカディスは見つめてしまう。
ロウエンの腰ぐらいしかない背丈であり、まだあどけなさの残る整った顔立ち。細い手足もすらりと伸びている。同年代の中では長身の方なのではないか。
ショートカットの茶色い髪がどこか大人しげな印象を与えた。落ち着いて見えるのは、薄い紫色のワンピースを身に着けているせいもあるかもしれない。
魔導写真で見たのよりも実物のほうが断然、愛らしい。
「あっ、カディスさん」
ロウエンが嬉しそうに手を振って応じてくれる。兄の方は軍から支給された紺色のシャツと同色のズボン姿である。
親愛の情自体はカディスにも嬉しかった。
「久しぶりだ」
カディスも手を振って、二人に近づいていく。
ロッカがはにかんで俯く。年相応な反応で可愛らしかった。
「ルベントにいたんですね。第2ディガー軍団はもう皇都ですよね?本隊とは別行動ですか?」
ロウエンが意外そうに尋ねてくる。
「実家はこっちだし、姉とシェルダン隊長の件もあるからな。休暇をとったんだ」
カディスは端的に説明した。
姉の横暴など愚痴を言いたいことはいくらでもあったが、ロッカの前で口に出すのは憚られる。
「あ、結婚といえば」
またロウエンが下手くそ極まりない話の変え方をする。
「こいつ、妹のロッカです。ほら、あの、婚約以上の」
ロウエンが顔を寄せて囁くように小声で言う。
妹本人の前でなければ引っ叩いているところだ。
「兄がいつもお世話になります。ロウエンの妹のロッカです」
兄の話し下手に恥ずかしがっていたが、すぐに気を取り直して礼儀正しく頭を下げるロッカ。いかにもお利口さん、という風情である。
(うちの姉さんに見習わせたいぐらい、素直ないい子だ)
たちの悪い姉のたちの悪さと、この上ない怖さに晒された直後である。純真なロッカの目の輝きに心ならずもカディスは癒やされてしまう。
「やっぱりカディスさん、うちの妹のこと、満更でもないんですね」
ウンウンと頷いて心底嬉しそうに言うロウエン。
まだ昼日中の商店街である。人通りも多い。誤解を招くようなことは言わないでほしい。
「お兄ちゃん、やめてよ。カディスさん、困ってるよ」
ロッカが、冷やかすように言う兄の裾を引っ張る。
「でも、同じ軍人さんなのに、お兄ちゃんと違ってカディスさんはお洒落なんですね」
とても嬉しそうにロッカがカディスを見て告げる。
今日は実家に顔を出す関係もあって、さすがに軍から支給されたシャツとズボン、というわけにはいかなかった。濃紺のボタンシャツにグレーのズボンで決めている。
「カディスさんって、すごい、格好良いお兄さんだけど。本当に私で良いのかな」
しょんぼりした顔でロッカが俯く。白い花を象った髪留めが目に入る。
「いや、ロッカちゃんも可愛らしいよ。将来はきっと美人のお嫁さんになれるさ」
思わずカディスは慰めてしまっていた。ロッカが真っ赤になった両頬を抑えて恥ずかしがる。
自分は一体何をしているのだろうか。
「そう、カディスさんのね」
間髪入れず言うロウエンの脛を、ロッカの目に見えないところで思いっきりカディスは蹴り飛ばしてやった。
「うぐっ」
脛を抑えてうずくまるロウエン。
「お兄ちゃん、どうしたの?大丈夫?」
優しいロッカに心配してもらっている。背中に手をおいてロッカが兄の顔を覗き込もうとしていた。
「いや、照れ隠しだ。ロッカ。どっからともなく照れ隠しで石が飛んできたんだ」
ロウエンがわけのわからないことを言う。
一応カディスではなく、石にやられたことにしてくれるらしい。
「何それ、変なお兄ちゃん」
呆れ顔でロッカが兄の心配をやめた。
また、カディスの方へと向き直る。
「すいません。いつもはおとなしいお兄ちゃんなんです。物静かでしっかりしてて、いつもなら自慢の兄なんです。カディスさんと久しぶりに会えたからきっと、はしゃいでるんです」
実にしっかりした10歳である。
カディスは感心しつつ姉のカティアの10歳を思い出す。当時からあらゆる面で実に優秀で、しっかりしていた。まだ実家が没落する前に通うことのできていた貴族学校でも、常に主席に近い位置にいたものだ。人柄もツンと澄ましていて近寄り難いなどと言われていたが。
ただ、カディスに対してだけは当時から常に横暴だった。
「私もお兄さんと久しぶりに会えて嬉しいよ。部隊こそ別れたが仲良くしてもらっていたんだ」
カディスは膝を屈めてロッカと視線を近くして告げた。
ロウエンの暴走には困らされているが、ロッカには含むところは何ら無いのである。
「お兄ちゃん」
ロッカがしゃかんだままのロウエンの耳に口を近づけて言う。
「カディスさん、ほんとうに格好良くて良い人だね」
丸聞こえである。ロッカがはにかんで報告した。
「そうだろう。この人なら間違いないよ」
うんうんと頷くロウエン。
間違いだらけである。何歳離れていると思っているのだろうか。
「ロウエン、ところで」
カディスは咳払いして、二人の注意を自分に戻してから切り出した。
「しばらくはルベントにいるんだ、私は」
ハンスも交えての酒席の場をロウエンとは相談したいのであった。
「じゃあ、ロッカとデートし放題ですね」
明後日の方向へ話が飛びそうになる。
先日の話から落ち着いているはずの友人のおかしなところばかりを目の当たりにさせられている気がした。
「そうじゃなくて、3人で呑まないかっていう話だ」
若干いらいらしながらカディスは訂正する。
「いいですね。でもこっちは休暇明けちゃいますよ。そっちは大丈夫なんですか?」
第3ブリッツ軍団にはゲルングルン地方入の軍令が下されている。第3ブリッツ軍団ばかりに負担がかかっているようだが、そもそも国土の西側を管轄としている軍団である以上、やむを得ない。
カディスの所属する第2ディガー軍団も皇都での通常業務に移行しているところだ。ただ、カディスのほうは、ルンカーク家とビーズリー家の両家顔合わせがある。溜まっていた休暇のまとめ取りをしており、しばらくはルベントに滞在する予定だ。
「じゃあ、カディスさん、俺、ハンスのヤツに話しつけてきます。あいつ、今はもうニーナって娘と貸家住まいなんですよ」
ロウエンが満面の笑顔で走り去っていく。
「あっ、お兄ちゃん」
ロッカが呼び止めようとするも遅かった。
すでに人混みの中で距離が開いてしまっている。
カディスとロッカの二人で取り残されてしまった格好だ。
(あいつ、妹を家族でもない男と2人きりで置いていくんじゃないよ)
カディスは内心で咎めつつも思い直した。
(あぁ、あいつの中では、もう俺もあいつの家族ってことか?)
ロッカの艷やかな茶色髪を見下ろしてカディスは思った。
「もうお兄ちゃんったら」
ロッカも怒っている。ロッカからしたら買い物の途中で友人との飲み会を優先された格好だ。無理もない。
「すいません、カディスさんだって忙しいのに」
それでもロッカの口から出るのはカディスへの気遣いなのであった。
(ちゃんとした良い子だ)
カディスは感心しつつ、やむを得ずロッカの手を引いてルベントの商店街を回るのであった。
傍から見たら幼い親戚の女の子を引率しているようにしか見えないはずだ、とカディスは自己弁護をしながら。




