160 聖騎士のもとへ1
軍営の執務室にシェルダンはメイスンを呼び出した。
イリスの病室を訪れた翌日である。
(悪いことをしてしまったな)
いくら焦っていたとはいえ、うら若い乙女の病室へ突撃し、込み入った話をして心労をかけてしまった。それでも無理した甲斐はあったと思う。
(結局、あの娘も俺と同じだ。セニア様を直接拒むことはできまい。ペイドランとのことを思えば、死んだふりを選ぶしかない)
ペイドランとイリスの2人にとっても悪い話ではないから、礼を失してでも話をしに行こうと決められたのだ。
首を横に振った。今はまずメイスンと話をつけなくてはならない。
現在、魔塔を攻略して、いよいよ本格的な領土となったゲルングルン地方であるが、アスロック王国が奪還の構えを見せていた。不安定な情勢下であり、既に配置している第1ファルマー軍団に加え、北を縄張りとしていた第4ギブラス軍団を第1皇子のシオンが差し向けている。
(まぁ、戦時といえば戦時だからな)
限られた日数で多くの用事をこなさなくてはならず、我が身もまた忙しい。個人差はあれ、一般の兵士としては私事を皆片付けたい時期だからか、軍営も閑散としている。
「内々でのお話となると、隊長の場合、あまり良い話とは思えませんな」
苦笑しながらメイスンが言う。左手には布でくるんだ聖剣オーロラを把持している。
魔塔攻略からずっと肌身放さず持っていたのだろうか。頭を下げたくなるほどの真面目さだ。メイスンだけは用事もほとんどないからか、練兵場に姿を見せ、休日でも黙々と剣を振るう日々である。
いつしかメイスンの軍営内でのあだ名も『傲慢野郎』から『剣豪馬斬り』へと変わっていた。
「そうでもないさ。それに迂闊な話をすると、聖剣でたたっ斬られかねん」
シェルダンは冗談めかして告げる。
長く空けていた部屋であるがキレイに片付いていた。合鍵を渡していたカティアが掃除をしてくれていたからだ。
「その聖剣ですが、持っていろとおっしゃいましたが、いつまで持っていれば良いのです?私としてはすぐにでも返すべきだと思いますが」
聖剣のことを口に出すと、メイスンが気まずげに言う。
具体的にどう返したものかメイスンも思いあぐねているのだ。いざとなれば勝手に返しに行くぐらいの行動力はメイスンにもあるだろう。
「メイスン、お前には言っておこうと思うが」
シェルダンは頭の中で考えをまとめつつ切り出した。少々、複雑な話となる。
「今回の魔塔攻略の功績で、セニア様に侯爵位を授けよう、という話がある」
シオンから聞いた話をシェルダンはメイスンに伝える。
メイスンの目が驚きで見開かれた。
「なんですとっ!女性の身でそんな破格の栄誉をっ!いや、しかし、セニア様のここまでの功績を思えばむしろ遅いぐらいか」
どうやら女性の身で爵位というのはドレシア帝国でも珍しい、あるいは有り得ないぐらいのことらしい。シオンも驚け、と言わんばかりの口調だった。
なお、アスロック王国ではあり得ない。
(お貴族様のことは、そっちのほうが詳しいだろ)
シェルダンとしては、したい話題はそこではない。
「しかし、セニア様は身一つで亡命された境遇です。爵位を与えられたとして、身の回りのお世話は?それに領地も得られるのでは?経営はどうするのです?信頼できる家臣なども」
案の定、メイスンのほうが詳しいだけに次から次へと懸念事項が飛び出してくる。
一介の軽装歩兵であるシェルダンが何を知っていると思っているのか。ただ、確かに領地運営をきちんとしているセニアの姿を想像はできなかった。
「俺が知るわけないだろう。そんなことはさっぱり分からん」
手をヒラヒラさせて、シェルダンは突き放すように言った。なぜだか無責任を咎める眼差しをメイスンから向けられる。
「では、なぜ私にその話を?」
メイスンがもっともな疑問を発した。
「俺は侯爵位を授ける、という話を聞いただけだ。そして分かるのは、お前ほど詳しくはないが、人手がいるだろうということだけだ」
シェルダンも自分の必要な範囲でしか見識も知恵も持ち合わせてはいない。
ただ、セニアがいよいよドレシア帝国内において名誉を取り戻したように見えて嬉しくはなった。自分で直接関わり合いにはなりたくないのだが。
(ペイドランの話じゃかなりご活躍のようでもあったそうだし、腕も上げられたようだ)
頼りないところもまだまだ残っていながら、成長していくセニアが誇らしい。ハイネルに捕まっているのを見たときは心底がっかりさせられたのだが。
「まぁ、隊長ならそうでしょうな。しかし、どこでセニア様のことを知ったのです?」
メイスンが考え込む顔で言う。
当然、シオンから聞いたのであるが、メイスンに手の内を全て明かすつもりにはなれなかった。
シェルダンからもかつてハイネルからセニアを救出して聖剣を確保したことと、部下のメイスンに預けたことをシオンには伝えている。学友だと聞いたときには世間の狭さに驚かされた。
「内緒だ。詮索禁止」
にべもなくシェルダンは言い放つ。
メイスンと睨み合いになった。
前回と違って、今回は自分には折れてやる理由もない。先に目を背けたのはメイスンの方だった。
「分かりました。いいでしょう。しかし、隊長は今度は何を企んでいるのです?」
メイスンがため息をついて尋ねてくる。企んでいる、とは随分と悪し様な言われようだ。
「何も企んでなんかいやしないさ。繰り返すが俺にわかるのは、せいぜいセニア様には人手が必要だろう、ということだけだ」
シェルダンは顔をしかめて告げる。
「お前、その聖剣を手土産に、セニア様の元へ自分を売り込んだらどうだ?」
この提案はメイスンの意表を突くことに成功した。
目を瞠ってから、シェルダンと聖剣とを見比べ始める。
「なんですと、しかし」
いろいろ考えを巡らせ始めたメイスン。コホン、と咳払いをされた。
「隊長、聖剣オーロラは手土産にして良いものではありません」
手始めにメイスンからお叱りの言葉が飛んできた。
だが、セニアに仕えるというのは、シェルダンの想定以上にメイスンには魅力的な発想らしい。何やらウズウズと体をゆすり始めた。
「じゃあ、聖剣を普通に返して、そのままお仕えしてはどうだ?こんなところで、うじうじ何年も軽装歩兵をやっているぐらいなら。セニア様のために剣の腕と神聖術を使ってやったらどうだ?」
断腸の思いでシェルダンは告げた。
先般の人事異動でまだ部下になったばかりのメイスン。一度、傲慢さが鳴りを潜めると、卓越した剣技と面倒見の良い人柄で、ハンターと並んで頼りになる人材となった。更に法力まで強力であることも判明している。
(この後の軍務も楽しみだった。それにアスロック王国との戦に、次の魔塔攻略も起こりうるというのに)
シェルダンにとっては、ガードナーの魔術と並んで楽しみな存在であったのだが。
「うじうじと死んだふりをしている隊長に言われたくありませんな」
薄く笑って、メイスンが言い返してくる。
こんな風にともに戦場を重ねていけば軽口を叩き合う仲となっていただろう。
それでも最後にはメイスンにとって生家であるブランダード家の血は聖騎士セニアを選ばせるはずだ。ビーズリー家の自分から離れられないシェルダンにはよくわかった。
(隊長として、背中を押してやらないとな)
シェルダンは一抹の寂しさとともに、メイスンとの話し合いを続けることとするのであった。




