157 再会2
聞かれたことにまずしっかり答えよう、とペイドランは思った。
「あの魔塔の主は倒したよ。結局、クリフォード殿下とセニア様。化け物みたいに強かった」
ペイドランは鋼骨竜との戦いを思い返して告げる。
クリフォードの二重詠唱による獄炎の双剣。セニアによる規格外の千光縛。どちらも人間の使いこなせる力とは思えないほどだった。
「そっか、セニアが。そうだよね。なんだかんだ、ちゃんとレナート様の血を引いた、正統な聖騎士だもんね。良かった」
心底安心したようにイリスがこぼす。
ペイドランにしてみれば、自分がボロボロになってなお、主人の無事と活躍を我がことのように喜べる、イリスの清らかな心根が魅力的にしか映らないのだが。
「あ、そうだ。セニアはどこ?私が生きてるの知ってるの?」
当然の疑問をイリスが口にする。部屋の中を見回して、今いるのが治療院であることにも気付いたようだ。自分が窓から侵入したことにも。
「ていうかペッド!勝手に治療院に侵入したの?駄目よ、怒られちゃうわよ」
ペチペチとペイドランの手を叩いてイリスが叱りつけてくる。ただ叩く力もまた、いつもより弱々しい。
「だって、俺だって、ついさっきシェルダン隊長からイリスちゃんが生きてたの、知らされたばかりだから。いてもたってもいられなくって、すぐ会いたくって」
口を尖らせてペイドランは言う。
本当に落ち込んで、人生なんかどうでもいいぐらいにまで思ったのだ。それが生きていた、となればすぐにでも会いたいに決まっている。
「もうっ、その可愛い不貞腐れ、止めてよ。怒れなくなっちゃうでしょ」
イリスが仕方ないわね、という顔を隠しもせずにして告げる。
「イリスちゃんは怒ってるより笑顔のが可愛いから、この方がいいの」
ペイドランはさらに混ぜっ返してやった。
イリスがカアっと真っ赤になって俯く。
「そういうこと、臆面もなく言えるんだもん、敵わないよ、ペッドには」
流石に照れくさくなって、ペイドランも横を向いてしまう。
イリスが顔を上げた。
「でも、そういうことならセニアにも知らせなきゃ。またあの、手間のかかる聖騎士の面倒見なくちゃだもん」
シェルダンとの会話など当然、まったく知らないイリスである。
気まずくなって、今度はペイドランのほうが俯いてしまう。
目覚めたばかりのイリスに本当はまだ話したいことではなかった。だが、放っておくと明日にでも、イリスが治療院からセニアへの手紙を出しかねない。
それをされると、いざ死んだふりをしたくなっても出来なくなってしまう。
「ねぇ、イリスちゃん」
意を決してペイドランは切り出した。
「なあに?」
顔をあげるとキョトンとしているイリスの顔があった。
(あぁ、もう、可愛い)
何もかもほっぽりだしてずっとイリスをギュッと抱擁していたい。そんな衝動をペイドランは押さえ込んた。
「すごく言い辛いし、まだ弱ってるのにごめんだけど」
本当に言いづらくて、前置きすら長めになってしまう。
「うん」
改まった雰囲気を察して、イリスも居住まいを正してくれる。月の明かりがまだ血色の戻りきらない顔を照らす。ただでさえ色白の顔が若干蒼白だ。
本当はまだ話を聞ける体調でもないのに、聞こうとしてくれるイリスがただ愛おしかった。
「俺、今回のことでよく分かった。俺たちには魔塔、キツすぎるから。もう、上がるのよそう。セニア様たちについてくの危ないし、あの人達、やっぱりすごく強い。無理してついていく意味、ないと思う」
ペイドランの言葉をゆっくり噛みしめるように、イリスが首を傾げた。そして元に戻す。
考え込んだ顔をして、すぐには言葉を発しようとしない。
「そっか。そうだね。ペッドはともかく、私は力不足だった。心配させて、不安にさせてごめんね」
しばし経って、ようやくイリスが弱弱しく言葉を口に出した。
ペイドランは首を横に振る。
「俺も魔塔の主には無力だったよ。とにかく硬くて大きくて。飛刀なんて、全然刺さらないんだ」
自分とイリスも含めてみんな、魔塔というものを甘く見すぎていた、とペイドランは思う。
「そっか、ペッドでも、そうなんだ」
しんみりと告げてから、イリスが首を傾げた。
「でも、なんで今?なんかペッドらしくないよ」
自分はどういう人間なのだろうか。ふと、ペイドランは疑問に思った。本来ならどうしているだろう、と。
(いつもなら、ずっとイリスちゃんの無事を喜んで終わりなんだけど)
思いつつもペイドランは続けた。
「イリスちゃんの無事、セニア様たちには伝えないほうが良いと思って。死んだと思ってれば、あの人達も二度とイリスちゃんを魔塔に上げようなんて、思わないよ」
ペイドランは自分の考えであることとした。
なんとなくシェルダン・ビーズリーからの発案であることを隠したほうが良い気がする。なぜなのかは分からない。
「えっ、でも、そんな嘘つきみたいなこと」
イリスが難色を示して、言いかける。
また、考える顔をした。しばらく黙り込んでどれだけの時間が過ぎたのか。
「分かった。ペッドが自分で考えて、そう言うなら、よっぽどだもん。そうしよ」
納得して告げたイリスの目から涙が溢れた。
「でも、情けないね、私」
ペイドランは言い出したイリスを慰めようと思った。
てっきり、また実力不足を情けないね、と言っているのだと思ったからだ。
「文句一杯言ってもセニアいないと何を目指したら良いか分かんないの。いつも最後はセニアの為だからって思ってたから」
幼い頃からずっと一緒に育ってきたのだという。
無理もないのかもしれないと分かっても、ペイドランは頷かなかった。
代わりに懐から魔塔へ上がる前からずっと持っていた、紫色の指輪ケースを取り出す。
「ペッド?」
訝しげな顔のイリス。自分と指輪ケースとを見比べる。
ペイドランも、思ってもみなかったことをイリスに言われて、感情が思ってもみない方向へ動いてしまった。
「俺、いつも好きだよって、いっぱい言ってたけど。ちゃんと、付き合って、って。結婚しようって、言ったことなかったから」
ペイドランは真っ赤になりながら言う。
寝台に上体だけ起こしたイリス。両手で口元を覆っている。
「セニア様とのことは、もうこれまでにしよう。今から、これからは2人で、2人の幸せに向けて一緒に、お願いします」
ペイドランはペコリと頭を下げた。
顔をあげるとイリスがただただ目を見開いている。
「イリスちゃん、本当に大好きだから、俺のお嫁さんになって」
ダメ押しである。ペイドランは全部言い終えた、と思った。
振られるか怒られるかもしれない。ただ、セニアと生きてきて先がまるで考えられないと言われてしまうなら、ペイドランの回答は自分とお願い、である。
(ここで断られたら、俺、潔く諦められるかな)
イリスをじっと見つめてペイドランは思う。
「うん。こんな、私で良いなら。ありがとう」
イリスが頷いて、おずおずと左手を差し出した。
ほっそりとした真っ白な薬指に、ペイドランは指輪をはめた。ぴったりである。キラキラと透明な宝石が光を弾く。
「もうっ、いつ私の指の大きさ、調べたのよ」
照れ臭そうに笑って、イリスが尋ねてくる。
言われてからペイドランは指の大きさなどまるで知らなかったことに気付く。いつもどおりなんとなく、だったのだが、ペイドランは言わないことにする。代わりに受け入れてくれたイリスに感謝し、一生大事にすることを心の中で誓うのであった。




