155 ルベント帰還4
「そうすれば、ペイドラン。お前はこれからどうするつもりだ?」
シェルダンは切り出した。シオンからの依頼について告げるなら今しかない。
イリスのことで貸しがある。話す機会さえあれば優位に話を進められると思っていたが、今となっては接触するのが難しいと踏んでいた。
恐怖はあったが、相手の方から出てきてくれて良かったと思う。
「あ、イリスちゃん、ほんとに無事ならすぐにでも」
落ち着いたペイドランが思い出したように立ち上がる。
『これからどうする』の意味を取り違えられてしまった。
「いや、そうじゃなくて、これからの生活だ。その子と交際してるんだろう?」
話の流れからして、『愛しいイリスちゃん』にまず会いたいに決まっている。思い至らない辺り、自分も先程のペイドランに圧倒されて平静ではないのだろう。何せジェネラルスケルトンを圧倒するような男なのだ。
シェルダンはふぅっと息を大きく1つついて、気を落ち着けた。ある意味、落ち着いていないの自分の方なのだ。
「今は、お前が軽装歩兵で、イリスという娘がセニア様の従者だろう?普通に戻って生還しました、なんて言えば、また魔塔攻略に巻き込まれるかもしれんぞ」
いかにもセニア達のやりそうなことでもある。シェルダンにとって好都合なのは、先程もペイドランが魔塔攻略に後ろ向きなことを言っていた点だ。
「うーん、でも。確かに」
ペイドランがしゃがみこんだ。まだ、イリスが無事かもしれないことで、感情の整理がつかないのだろう。
(すまんなぁ、何を聞かれても『早くイリスちゃんに会いたい』が本音だろうに)
だが、シェルダンにとっては、ペイドランとイリスのさぞや感動的であろう再会の後に、自分と話す機会があるとは限らないのである。むしろ、甘い雰囲気をぶち壊した罪で飛刀を突き立てられるのではないだろうか。
「お前もその娘もさぞや危ない思いをしたんだろう。またセニア様のため、魔塔に上るのか?」
さらに畳み掛けるようにシェルダンは尋ねた。
「正直、隊長いなくて、とってもキツかったです。イリスちゃん、守って戦うのも無理で」
ペイドランが遠い目をして言う。ゲルングルン地方の魔塔での戦いを逐一、思い出しているのだろう。
改めて思い返すと『よく生きてるな』と不思議になるはずだ。
(俺も最古の魔塔、初めて上った後にはそうなったよ)
シェルダンも苦笑させられるのだった。
「なんで、俺一人で先行しなきゃいけないんだって。考えれば必要だって分からなくもないけど、セニア様も殿下もあんなに強いのに」
ペイドランが頬を膨らませた。
自分と同じ結論にたどり着いたのだ。
「俺やお前が辛ければ辛いほど、あの人たちは楽なんだ。誰かが楽をすると誰かがその分、皺寄せでキツくなる。魔塔に限った話じゃないけどな」
シェルダンは自然、煽るようなことばかり言っている自分に気付く。つくづくペイドランには、酷い上司であることに忸怩たる思いである。
「そう、ですよね。でもイリスちゃんはセニア様の従者だし。俺は偉そうなこと言ってもただの軽装歩兵です。密偵でもなくなったけど。どのみち」
つまり、セニアやクリフォードには逆らえないというのだろう。
「最悪、俺は我慢できるけど。でも、またイリスちゃんまで巻き込まれて、今度こそ死んじゃったら」
ペイドランがまた泣きそうになった。余程強く惚れ込んでいるのだ。微笑ましくもなる。
(しかし、俺もペイドランも、また魔塔攻略にセニア様たちが着手するのが既定路線だと、そこを大前提で話しているとは)
思わずシェルダンは笑いそうになる。
そもそもドレシア帝国にはもう魔塔攻略に挑む前向きな理由はないはずだ。
(だがセニア様がいて、魔物がアスロックから流れ込んでくるこの情勢では)
ゴシップ誌ですら、次の魔塔攻略もあると論じているほどだ。
アスロック王国に残り3本。国土が広がった分だけ、またそこへの統治の責任が生じる。
「実はさる御仁から、雇いたい、とお前に伝えてくれ、と頼まれている」
満を持してシェルダンは告げた。
「え?どういうことですか?」
ペイドランがびっくりして尋ねる。
今までは密偵としてはゴドヴァンやルフィナ、軽装歩兵になってからはクリフォードやセニア、人の言うことを聞いてきたのが、ペイドランだ。自分で人生を選んだことはないだろう。
「だから、仕官の話だ」
シェルダンは苦笑して言い直した。
さる御仁、が誰かをすぐには気にできないあたりにも可愛げがある。
「仕官?密偵の俺が、ですか」
ペイドランが落ち着かないのかモゾモゾとした。
「元密偵だろう。そりゃ、魔塔に上ったというだけでも。まぁ、そこまでは知らんかったろうが、まして、階層主とまで互角に渡り合える腕利きなら、なお欲しいだろうな」
シェルダンも怖いが有能なので部下に戻ってほしいぐらいなのだ。
「何をすればいいんですか?」
聞き方も漠然としている。
多分、職務内容が知りたいのだろう。
「まずな。雇いたがってるのはシオン殿下だ。あの第1皇子で次期皇帝の」
焦らす意味もないので、シェルダンは明かした。思えばさる御仁、などとは随分、持って回った言い方をしたものだ。
(あぁ、こういうところが、俺のまどろっこしさか)
カティアと話すときには気をつけよう、とシェルダンは思った。
「シオン殿下も皇都を離れ、腕利きの護衛が必要になったらしい。側近のゴドヴァン様やルフィナ様も有能だが、護衛となると別だ」
さらにシェルダンは説明を続けた。
どうしてもシオンの『クリフォードに取られた』と言っていたときの顔が脳裏にちらつく。子供みたいな取り合いだ、とは口が裂けても明かせない。
「まぁ、身分としては護衛ではなく従者らしいが似たようなもんだろう」
話していて自分もペイドランの仕事内容までは聞いていないことを思い出す。
「そんな急に言われても。あと、魔塔攻略、嫌なのと何の関係があるんですか?」
急な話にただただ戸惑っているペイドラン。
話としては完全にシェルダンが流れを掌握している。
「なぁ、そのイリスという娘。俺と同じようにセニア様やクリフォード殿下には生存を隠して、死んだことにしたらどうだ?」
シェルダンは更に声を低くして提案した。
おそらくまだ、セニアもクリフォードもイリスの生存には気付いていない。そして自分と同様、言わないといつまでも気付かないのだろうと思う。
自分の時と同じ。死んだ人間を魔塔に上らせようもいう馬鹿もいないはずだ。
「え?でも」
ペイドランが思わぬ話に驚いた。
だが、考えれば悪い話ではないと気付くはずだ。
「そして、シオン殿下が従者を魔塔に上がらせるとも思えんし、護衛でもある。守るべき対象を放っておいて魔塔、とは絶対にならない」
シェルダンは続けて説明してやる。
「イリスちゃんも死んだことにしておけば。俺もイリスちゃんも、もう魔塔には上がらなくて済む」
ペイドランがコクコクと頷き、なんとか説明や考えを理解しようとしている。
もう一押しだ。
「シオン殿下への仕官の話を呑んで、イリスという娘を死んだことにすれば、大手を振って気楽に生きられるぞ」
シオンのような皇族の従者も大変ではあると思うが。
軽装歩兵の身で魔塔に関わるよりはマシだろう。
後はペイドランから『教えてくれてありがとうございます。俺、やります、頑張ります』の返事を聞くばかりだ。
思っていたがペイドランからの答えは違った。
「分かりました。俺、ちゃんとイリスちゃんと相談してお返事します」
ペイドランが言い、また立ち上がった。
「イリスちゃん、生きてるなら。これから2人で生きていきたいから、ちゃんと全部きちんと話し合って決めたいです。返事はシオン殿下のお屋敷に行って自分でやります」
きちんと大人の返事をするペイドラン。
「ん、おぉ、あぁ」
シェルダンは戸惑いながらも頷いた。
「隊長、あと、イリスちゃんを助けてくださってありがとうございます」
ペコリとペイドランが頭を下げた。
「いつか2人でご恩返しします。それに仕官の話もありがとうございます」
今更ながら、本当は聖剣をセニアから奪ったことの尻拭いをメイスンとすることになり。メイスン主導で動いた結果の救出であったことに、シェルダンは後ろめたさを覚える。
「じゃあ、今度こそイリスちゃんに会わなきゃ」
ペイドランが駆け出す。
数歩で立ち止まり、振り向いた。また少し怖い顔だ。
「一応。もし、嘘だったら、どこからでも飛刀、撃ちますからね」
言い捨ててペイドランが闇の中へと姿を消した。
(全く、あんな怖く仕上がるとは思わなかった)
シェルダンも立ち上がり自宅の方へと歩を向ける。気になって立ち止まった。
「しかし、あいつ、こんな夜中に病人と面会する気なのか」
つくづく、イリスを助けられて良かった、とシェルダンはメイスンに感謝するのであった。




