153 ルベント帰還2
「あぁ、君に頼みがある」
ニヤリと笑ってシオンが告げる。細い、鋭い、怖いと三拍子揃った文官寄りの皇族だが。武人とはまた違った凄みがある。
(まるで頼みに聞こえない)
シェルダンはつい苦笑してしまう。
立ったまま、シオンの話を拝聴することとする。
護衛と目があった。先程睨み合ったばかりだが、気の毒そうに苦笑いしている。
「私は腕利きの従者が欲しい」
シオンがソファに腰掛けて告げた。なぜだか有無を言わせぬ厳しい表情である。
嫌な予感がした。自分を雇うというのか。家訓に従い、軽装歩兵でいたいというのに。
分不相応な身分になると命を落とす。ビーズリー家の家訓である。
「君ではない」
先回りして、表情1つ変えずにシオンが言う。
つまりは要らない、と言われたわけだがシェルダンとしてはホッと一安心である。断る手間が省けたからだ。
「実力は申し分ないし、そこだけを見れば、むしろ欲しい人材ではあるのだが。ただ、クリフォードやセニア殿との件を見るに、癖が強すぎる」
淡々とシオンが言う。
まるで玩具を欲しがるように人材を欲しがる人だ、とシェルダンは感じた。
「君の元部下で、先般もクリフォードとともに魔塔へ上がったペイドラン君がいるだろう。私は彼が従者に欲しい」
予想外な名前の登場に、さすがにシェルダンも戸惑った。
「彼のほうが人柄も素直で可愛げがある。実力も君に肉薄しているようだ」
勘の鋭さなども考えれば、護衛も兼ねている従者としては確かにペイドランのほうが有能だ。純粋な軽装歩兵の自分に対して、元密偵でもある。
分からないことは1つだけだ。
「なぜ、私にペイドランのことを?」
シェルダンは当然の疑問を口にする。
部下にしたいのなら直接シオンが本人に声をかければ良いのだ。
「クリフォードが、ガッツリと恋人まで込みで抱えている。よほど本人が強く希望しないと動かせない」
シオンとクリフォードの決して悪くないながら、ときどき張り合う妙な関係性を思い出す。まるで子どもの玩具の取り合いだった。
「殿下には、ゴドヴァン騎士団長とルフィナ様という有能な配下の方々も」
遠慮がちにシェルダンは申し向けてみる。
カティアが隣で退屈そうだ。腕を細い指でツンツンしてくる。ルンカーク家の人々からしたら『他人のことをなぜ自分の家で?』となるだろう。
「あの二人もクリフォードに取られた」
憮然とした顔でシオンが言う。子供みたいな物言いである。
「魔塔攻略は重要だ。よく分かるから当然、あの二人を貸し出すことに否やはない。だが、ペイドラン君ぐらいは良いではないか」
本当に子供みたいなことを、重要事のようにシオンが告げる。
何が『良いではないか』、なのであろうか。シェルダンはもちろん、ルンカーク家の人々にとっても意味不明だ。
「して、なぜ私にペイドランのことを?」
会話に疲労を感じつつ、シェルダンはもう一度尋ねた。
「元部下と上官の関係だ。軍人の上下関係は強い。君ならどうとでも口添えして、ペイドラン君を納得させられるだろう」
事もなげにシオンが言う。なんという無茶振りであろうか。
つくづく身分の高い人は細かいところを勘案してくれないものだ。
「お断りすると、私を侍女として召し抱え、シェルダン様を護衛兵にすると。そう仰るのです」
うんざりしたシェルダンの雰囲気に気付いたのか、カティアが口添えする。
普通は逆なのだろうが、シェルダンとカティアにとってはものすごく迷惑な話だ。
「君たちには、とても多忙な中での新婚生活を約束する」
とても楽しそうにシオンが告げる。ただの独身男の僻みではないのか、とシェルダンもつい、意地の悪いことを思ってしまう。
「ただ、前向きに取り組めば、クリフォード殿下たちに対する後ろ盾となってくださるそうです」
重ねてカティアが説明してくれる。
おや、とシェルダンは思った。そうとなれば話は別だ。
「具体的にはどのような?」
シェルダンはシオンの方を向いて尋ねる。かなり不躾な質問かもしれないが重要事だ。
護衛二人の視線が厳しいものとなるが、構ってはいられない。
「君の偽装がバレても、魔塔攻略には従事させん。私の協力者であり、ドレシアの魔塔攻略の功績もあると。いくらでも名分はつけられる。なんなら私が問答無用で直接突っぱねてやってもいい」
シオンが護衛2人を手振りで制して告げる。
カティアが嬉しそうにシェルダンの手を握った。おくびにも出さないできたが、カティアもいつバレるのか、という生活には疲れていたのかもしれない。
(それは悪い話ではない)
シェルダンもカティアの手を握り返して思う。
リュッグですら、たまたまの縁とペイドランの恋人がイリスだというだけで、かなりのところまで推測できていた。
セニアとクリフォードも自力では気付けないまでも、ペイドラン辺りには気付かれるかもしれない。
ペイドランからバレた時に、シオンの後ろ盾があるのとないのとでは、随分と違う。
シェルダンは目を瞑り、悪気のない笑顔でセニアとクリフォードが魔塔攻略の依頼に並んでくる姿を想像した。
(最悪だな)
直接会えば心が揺らぐかもしれない。カティアも失望させ、また死と隣合わせの激務をこなすのだ。
(帰ってきたら、それこそカティア殿も愛想をつかせるのでは?そもそも生きて帰れるかも分からん環境だ)
考えれば考えるほど、悪いことにしか繋がらない気がする。シオンの後ろ盾は必須だ。
「確かに魅力的なお話ですが」
シェルダンは目を開けて切り出す。だが、語尾に逆接を用いたのが良くなかった。
「よし、カティア嬢の新たな制服の採寸準備だ」
何を早とちりしたのか、シオンが護衛2人に命じる。
護衛2人がカティアに睨みつけられていた。可哀想に、相手が可憐な女性だからか、護衛2人も気後れして縮み上がっている。
カティアの一睨みは恋人の自分でもなかなか怖い。そして、結婚した暁には尻に敷かれる未来が容易に想像できる。問題は尻に敷かれてもいいぐらい、カティアが魅力的だということだ。
「本来なら、元部下とはいえ、とても難しいのでお断りするところです」
前向きに取り組むつもりなのだ。護衛2人が可哀相なので止めてあげてほしい、と思いつつシェルダンは話を先へ進めた。
「よし、採寸はなしっ!」
シオンがまた護衛に告げている。美しい掌返しだ。
カティアの怒りが護衛2人からシオンに向いた。怒ってコップを投げつけようとしているので、あわててシェルダンは止めに入る。
この2人は自分にゆっくり話をさせようというつもりがないのだろうか。
なお、カティアの視線から解放されて、護衛2人が安心している。まだ、年若い武官のようだ。眉目秀麗なうえ、貴族の出なのだろう。女性から睨まれるのに慣れていないと見える。
「ですが、今ならどうにかなるかもしれません。折を見て話をしてみます」
シェルダンはようやく回答を終えた。
「やるならやると一言で言うものだ」
シオンになぜか叱られてしまった。表情だけは満足げだが。
そこまでまどろっこしい伝え方をした覚えもない。
シェルダンにはせっかくの機会なのでまだ話しておきたいこともあった。
「殿下、もう1つ。メイスン・ブランダードという男をご存知ですか?」
シェルダンは部下の名前を出して尋ねた。
「あぁ、皇都でまだ私が学生の頃、一緒だった。学生の頃は先輩だった」
思いの外、嬉しそうにシオンが応じた。
さすがに学友とは思っていなくてシェルダンも驚く。
「懐かしい名前だが本人の希望もあって、君の隊に配属した。頑固だが有能だろう?今でこそ実家の悲運で軍人に身をやつしているが、学生時代から貴族の中でも指折りの剣豪だった」
懐かしそうに語るシオン。あの人事異動のときから生存と自分という存在は把握されていたのだ。
(実務の面では本当に有能な方なのだな)
自分の小細工など、シオンにとっては全て掌の上だったようだ。
それから、カティアとご両親にはご退出頂いて、シェルダンはシオンと今後の方針について話し合った。カティアだけは不満げであったが。
自分の一身上のことではないので、しばし遠慮してもらった。
「なるほど、思っていた以上に強かで気に入った。妙なこだわりさえなければ、本当に部下に欲しいぐらいだ」
一通りの話を終えると満足して護衛2人を引き連れて、シオンが帰っていった。
(まぁ、たしかにペイドランが欲しくもなるか)
真面目で腕も立つのだろうが、特徴のない護衛2人を見るにつけて、シェルダンは妙に納得してしまうのであった。




