148 ゲルングルン地方の魔塔第5階層2
(俺もイリスちゃんも、この人たちみたいな力は無いから、もともと一緒に来るのは無理があったんだ)
戦いながら、鋼骨竜の巨体を見上げてペイドランは思う。
祭壇といってもかなり広い空間だ。逃げ回るのにも不自由はない。
(あのとき、無理にでも引き返させるべきだった)
ほぞを噛むような思いでペイドランは後ろに跳ねて尻尾による一撃から逃げた。言葉通り、大きく飛び退いて逃げないと、相手が大きいので間に合わない。
結局、鍵を握るのはクリフォードやセニアといった、人並み外れた力を持つ人々なのだ。ゴドヴァンやルフィナですら活躍の幅は限られている。決定打にはなれていない。
(シェルダン隊長の流星鎚って、すごかったんだな)
思い出すにつけて、ペイドランは敬意を新たにする。
短い時間であっても、ケルベロスを完全に圧倒していた。鋼骨竜相手でも、ヒビを入れるぐらいはできていたのではないか。
「でも、俺は俺でしかないから」
ペイドランは上着をたくし上げて、腹に巻いた鎖を解き、腰の2本の短剣と決着させる。
「このまま終わらせるもんか」
ゴドヴァンやセニアに鋼骨竜の注意が向かった隙を狙う。少しずつ、鋼骨竜の後方へと回った。
(片足だけでも切り離してやる)
狙いは関節、体の部位と部位を繋ぐ結合部だ。再生しない以上、部位の欠損は致命的だろう。
正確な投擲で同じ骨の同じ部分を執拗に打ち続ける。
気持ちが前に向きすぎると、ジェネラルスケルトンの時と同じ顚末になってしまう。敵の挙動からも目を離さない。
「ペイドラン君、前に出過ぎよっ!」
セニアが盾で、鋼骨竜の腕による一撃を捌きながら叫んだ。
立ち位置だけを見て、物を言っている。注意がしっかり向けられていれば距離の問題ではないのだ。少なくとも無防備ではない。
「じゃあ、掩護してください」
ペイドランは口答えするも嫌な気配に襲われた。
その場から転がるようにして逃れる。自分の頭があった場所を真っ直ぐ何かが素通りした。
骨の一本が真っ直ぐ、槍のように伸びたのだ。嫌でも距離を取る羽目になり、ペイドランは舌打ちする。
「だから言ったじゃないっ!」
ここぞとばかりにしたり顔で叫ぶセニアをペイドランは当然に無視である。
「適当な攻撃、駄目ですっ!まず、身体を繋いでるところをやっつけて、動けなくしたいです!」
自分一人では無理だと悟り、ペイドランは皆へと叫ぶ。
「分かった!あの片足だな!」
後ろからペイドランの行動を見ていたらしい。クリフォードが即応した。
「動けなくすればいい。なるほどね、戦いって」
セニアが何事かブツブツ言っている。目を瞑って動かなくなった。動かないほうが良い、と言った覚えなどないのだが。
何を考えているのかは分からないが、構っている余裕もない。
「よし、ファイヤーアローだ」
クリフォードの叫びとともに、赤い魔法陣から炎の矢が速射される。ペイドランの狙っていた骨へと正確に叩き込まれていった。
(すげぇ)
戦闘では頼りになる第2皇子に、ペイドランは改めて感嘆した。魔術とはいえ、ああも正確に放てるものなのかと。
が、クリフォードの攻撃はいつも派手であり、仕留められないと注意を引いてしまう。
鋼骨竜がクリフォードへと頭を向けた。
「うおおおおっ」
槍のように伸びる骨をゴドヴァンが大剣でことごとく払いのける。
「くっ」
しかし、直近まで骨の槍に迫られてクリフォードも魔術の展開に専念出来ない。
(こんな時こそセニア様が盾にならないと)
ペイドランはセニアに目を向ける。さっきから何もしていない。咎めるつもりで視線を向けて、眼を見張る。
何をしているでもないのに、自分には分からない力が、セニアの中で漲っているように感じられて。
「動けなくしますっ!千光縛っ!」
セニアの片刃剣から光の鎖が生じる。更にいくつもの枝分かれをして、鋼骨竜の骨一本一本、全てに絡みついた。
「す、すごい」
さすがのペイドランも固まってしまう。鋼骨竜の巨体は全てが、骨なのだ。その数は数百では利かないというのに。
「これは、レナート様並だわ」
呆然としてルフィナも呟く。
「い、今のうちに足へトドメを!」
額に汗を浮かべながら、セニアが叫ぶ。ギリギリと剣を引いて締め上げるような格好だ。
「了解」
クリフォードが活き活きとした笑顔を見せる。
「二重詠唱を見せてやろう」
言い、クリフォードが目をつむり、またカッと見開いた。
詠唱を始める。何を言っているのかペイドランには分からないが。
(声が二重になってる、魔法陣も2つ、浮かんでる)
どういうカラクリなのかもペイドランには分からなかった。また、1つ人間離れした技術をクリフォードが身に着けた、ということだ。
「ファイヤーアローだ」
この声も二重。クリフォードが右腕を振り上げた。
2つの赤い魔法陣から速射される炎の矢が、ペイドランの視界をも制圧する。
ゴドヴァンも一旦下がってきていた。ルフィナがすかさず、無数の軽傷をすべて治し、体力も回復させている。
「殿下も殿下だな。セニアちゃんとは違った方面での、天才だ」
ゴドヴァンが呆れたように言う。心強いとでも言いたいのか、どこか嬉しそうでもある。
絶え間なく叩き込まれる炎の矢が、ついに鋼骨竜の胴体と左脚との結合部を溶かして焼き切った。
轟音とともに、床へと崩れ落ちる鋼骨竜。
これで突進や殴打を封じた。後は伸びる槍のような骨にだけ気をつければいい。
「よし、次で決める」
元の声音でクリフォードが宣言した。
再び、二重の声で詠唱を始めると、中空に巨大な赤い魔法陣が浮かび上がる。
「嘘でしょう。殿下の魔力は底無しなの?」
ルフィナが呟いているのが聞こえた。
ペイドランはゴドヴァンと2人、クリフォードを槍のような骨から守るので精一杯だ。
セニアの方は、千光縛で体力をかなり消耗したのか。まだ荒い息を整えている。
「ゴドヴァンさんっ!ペイドランっ!2人ともさがって!巻き込まれるわよ!」
ルフィナが叫ぶのが聞こえる。
既に焼き尽くされそうな熱気を感じていた。
(まさか)
巨大な赤い魔法陣が2つ。心当たりは1つしかない。
「食らえっ、獄炎の双剣だ」
2本の巨大な炎の剣が中空より生じ、動けない鋼骨竜を挟み込むようにして呑み込んだ。
どれほどの熱量なのか。あれほど硬かった鋼骨竜が見る見るうちに溶かされていく。
どろどろの鋼の骨が流れ落ちて、巨大な黒い核が露出する。再生しようとして瘴気が渦巻くも、その先から炎に阻害されているようだ。
「ハハッ、さすがに私も空っぽだ。セニア殿、後は頼んだ」
クリフォードが言い、真後ろに倒れた。
「はいっ」
セニアが最後の力を振り絞って、巨大閃光矢で黒い核を射抜く。
核が砕けた。同時に部屋の四隅と、鋼骨竜のいた位置に赤い転移魔法陣が生じた。
「え?」
ペイドランは我が目を疑い、ゴシゴシとこすった。
「何してるっ!ペイドランッ、逃げるぞ」
クリフォードを抱えたゴドヴァンが叫ぶ。傍らにはルフィナが立っている。3人で最寄りの転移魔法陣に乗り込んでいく。
セニアも運がいいのか、それともちゃんと先読みしていたのか。数歩のところに転移魔法陣が生じていた。よろけながら、転移魔法陣へと滑り込む。
(そうだ、おれ。ちゃんと出来たんだ)
ペイドランは抱いた疑問を振り切るように赤い転移魔法陣へと足を踏み入れた。
「イリスちゃん、俺たち、ちゃんと仇を討ったよ」
達成感などどこにもない。
戻ってくるわけもない恋人を思い、ペイドランは涙を流すのであった。




