144 ゲルングルン地方の魔塔第4階層3
ペイドランは鎖を解くと腰に差している短剣二振りと結着させた。レイダンの助言どおり、短剣の持ち手にルベントの鍛冶屋で細工をしてもらったのである。
鎖で結着させたことで、投げれば強力な短剣を何度も放つことが出来る、というレイダンの発案だった。今更、鎖鎌を修得するより余程早いだろう、と。
瘴気を纏って再び突撃に入るジェネラルスケルトン。
(この突撃だ。これのせいでイリスちゃんは)
もはや攻撃方法すらペイドランにとっては憎たらしかった。
ペイドランはクリフォードとルフィナを庇うように前に立って、陽光銀の飛刀を放つ。
「ビヒィッ」
今度はやすやすと右前脚の付け根に突き立った。すぐに手繰り寄せて手に納めると、もう片方の月光銀の飛刀を今度は放つ。
脚を折って、自分らに至る前にペイドランの眼前でジェネラルスケルトンを乗せたジュバが脚を折った。
ペイドランは怒りに任せて、流れるような動きで奥の手である飛刀を連続で放ち続ける。
瘴気を貫き、硬いジェネラルスケルトンの骨身にも傷をつけ砕くのを見るにつけ、本当に名剣を下賜されたのだとペイドランは思う。
どれだけの時間、飛刀を放っては手元に戻すことを繰り返してきたのか。
視界に水色の髪と白銀の鎧。
「ぐっ」
セニアが盾で何かを防いでくれていた。
更に千光縛、光の鎖で弱りきったジェネラルスケルトンの動きを封じる。
(一体、何が?)
ぐらりとペイドランの視界が揺れた。
「十分よ、ペイドラン君、距離を取るわよ」
セニアが自分を抱えてジェネラルスケルトンから距離を取る。
(あ、俺、攻撃避けてない。防御も何も)
全身、傷だらけで軍服からも血が滲んでいる我が身にようやくペイドランは気付いた。痛みも何も忘れて攻撃していたが、瘴気によって、ジェネラルスケルトンに反撃されていたようだ。
クリフォードの前に赤い魔法陣が浮かんでいた。見るからに悍ましい気配を放つほどの魔力が練り込まれている。
どれだけの時間、自分は飛刀を放っていたのだろう。
ジェネラルスケルトンはともかく、すでに乗っていたジュバの方には息がない。
草地に寝かされている。まだ視界がぐらぐら揺れて、意識が体から離れそうになった。
(だめだ、まだイリスちゃんの仇)
思うペイドランをセニアがそっと優しく押さえる。
虚ろな目で、ペイドランは獄炎の剣に灼き尽くされるジェネラルスケルトンを眺めていた。
更にセニアが焼け跡から現れた漆黒の核を閃光矢で射抜く
青空が広がる。忌々しいほどに青い空だ。
「ペイドラン君、しっかりしてっ!」
少なくとも、いつもセニアよりはしっかりしているつもりなので、ひどく心外だった。
(でも、俺、死ぬのかもしんない)
体を動かそうとすら思えない。かなりの瘴気を身体に受けたのだろう。
「不味いわね、あの濃い瘴気をずっとまともに喰らい続けてたんだもの。あまりの剣幕で止められなかったけど」
落ち着き払った顔で、ルフィナが自分を見下ろしていた。
「セニアさんは回復光をこの子の口に当てて。私が負傷箇所を治すから。あなたの法力で、体の中の瘴気を押し出すしかないわ」
2人が自分を治そうとしている。
そこだけを思って、ペイドランは意識を手放した。
(ここでもう、終わりなのかな)
しかし、やがて目が醒めた。
心配そうなセニアとルフィナが見つめている。
精神がまともに動く。なんとなくそんな感じだ。
「イリスちゃんは?」
ペイドランは一同に尋ねる。
皆、顔を曇らせた。
「すまない、ペイドラン、まずは確実に助かる君を」
クリフォードが代表して言いかける。
自分のことなどどうでもいい。ペイドランは横を向いた。
「まさか、俺のことなんかを心配して、イリスちゃんを探してもいない、とかなら怒ります」
クリフォード、セニア、ゴドヴァン、ルフィナと順に睨みつけてペイドランは宣言した。
返事はない。
「俺、探します」
怒りを隠そうともせず宣言し、ペイドランは全員を置いて、一人でくまなく第4階層を探し回る。入口付近から神殿の中にまで侵入した。
神殿内はただのがらんどうで、何もない空間だったが隅々まで探す。
でも、イリスの身体がどこにもない。
生きているのか死んでいるのか以前に、身体が見当たらないのだ。
「ペイドラン、残念だが」
クリフォードが声をかけてくる。
いつの間にか自分は神殿の外にいて、第5階層への転移魔法陣近くで、うずくまって泣いていた。
涙がポロポロあふれてくる。ゴドヴァンももう、拳骨をしようとはしてこなかった。
(イリスちゃん、痛かったかな?ケガ、したのかな?)
ジェネラルスケルトンの瘴気、弱らせても死にかけるほどの威力があった。万全の状態のそれを受けたため、イリスは跡形もないのではないか。
(なんで、こんなに探して見つからないんだろう。よっぽど酷い目に遭ったんだ)
考えれば考えるほど、哀しみと後悔がこみ上げてくる。
「ペイドラン君、そろそろ」
セニアが遠慮がちに声をかけてくる。
この女聖騎士は自分の従者を失ったというのに、上へ行こうというのだ。
キッとペイドランはセニアを睨みつけた。
「あなたが、魔塔を倒したがったから!だからこんなことにっ!」
自分でも理不尽なことを言っているとも思う。セニアたちを助けるべく上る、と決めたのは自分たちなのだから。
「違うわ。魔塔なんてものがあるから悪いのよ」
思いの外、強い言葉がセニアから返ってきて、ペイドランはたじろぐ。
「仲間を、イリスを守れなかった。私達が力不足だったんだと思う。私もあなたも。でも悪いのはそもそも魔塔があること。そこを取り違えてはダメ。だから私は」
セニアがしゃがみ込んで自分に視線を合わせてきた。嫌でも綺麗な水色の瞳が目に入ってくる。
「何が何でも、この魔塔の主も倒す。いずれは最古の魔塔も。絶対にイリスの命を無駄になんかさせない。だからペイドラン君ももうひと踏ん張りだけ。お願い」
セニアが抱擁してくる。ギュッと腕に力を込めて。
イリスのそっと優しいそれと比べて、力任せで正直痛い。
こみ上げてくるのは空しさだけだ。
(それでも、イリスちゃん、ずっとこの人の面倒見てたんだよな)
ペイドランはため息をついた。
どの口が言うのだ、とも思う。散々、イリスに心配と自分に迷惑をかけてきたというのに。
「痛いです。それにイリスちゃんじゃないから、ホントに嫌です。やめてください。触らないでください」
ペイドランは告げてセニアを退ける。
悄気げたような顔をするセニアを睨みつけた。
「でも、言ってることは間違ってないから手を貸します。それに階層主だけじゃなくて、ここの魔塔の主も許せないから。とりあえず、イリスちゃんの仇を討たなくちゃだから同行します」
そこから先のことは全てが済んでから考えよう、とペイドランは思った。
いつもお世話になります。黒笠です。
ゲルングルン地方の魔塔も後半を終え、残すところ1つであります。
ドレシアの魔塔では、魔塔自体が困窮していて階層主だけ恐ろしいという設定で。ゲルングルン地方の魔塔では魔塔自体が厭らしいというスタンスで書きたかったのですが。果たして上手く行っているのやら。
登場人物たちが頑張っているなか、書き手の私も必死ですが。至らぬ点もあるかと思います。遠慮なくご指摘頂ければ幸いです。




