143 ゲルングルン地方の魔塔第4階層2
熱気が肌を打つ。
ペイドランは正気に戻った。
「くそっ!この連中を一掃してイリスと階層主を追わねば!」
クリフォードも後ろから一部始終を見ていたのだ。
中空に巨大な魔法陣が浮かんでいる。
「獄炎の剣」
クリフォードが右腕を振るう動作とともに、魔法陣から生じさせた巨大な炎の剣を神殿の開口部に突き立てた。
巻き込まれずに済んだ、僅かなスケルトンたちをゴドヴァンとセニアが片付けていく。
「ペイドランっ!落ち着けっ!無事かっ?」
クリフォードが駆け寄ってくる。
ルフィナも一緒だ。2人とも心配そうな表情を浮かべている。
「あの馬に乗っていたのが階層主ね。2人とも無事?」
口振りに、セニアも途中からペイドランとイリスを見ていられなかったらしいことへの申し訳無さが滲んでいた。
「イリスちゃんを巻き沿いにして、あいつ、どっかに行っちゃった。俺、探さないと」
ペイドランは涙をこぼしつつ、ヨロヨロと立ち上がる。思っては見ても膝に力が入らない。諦めては駄目だ、と奮いたたせようにも。
「そんなっ、イリス」
セニアも悲痛な声を上げる。
クリフォードも天を仰ぐ。
落ち込んで動けない3人に、無言で近付いてきていたゴドヴァンが拳骨をした。
「3人ともシャンとしろ。とにかく階層主を探して倒す。あいつも、はしっこい。諦めるな」
厳しい顔でゴドヴァンが言う。声に力が漲っていた。
何か力がもらえたような不思議な気分にペイドランはなる。
「生きてさえいれば、私が治すから。まずは勝ちましょう。私達が負けたら誰がイリスを助けるの?」
ルフィナも強い微笑みを見せて言う。
(そうだ、俺がイリスちゃんを助けなきゃ)
本当は全てを放り出してでもイリスを探したいのだ。
まだクリフォードの獄炎の剣が神殿の入り口を燃やし続けている。中からどれだけのスケルトンが現れるはずだったにせよ、中で灰となっていることだろう。探すなら今が好機だ。
ペイドランは膝に力を入れて地面を踏みしめる。
「ちっ」
ゴドヴァンが舌打ちをした。静かに流れるような動作で大剣を構える。
「探す手間が省けたな」
ゴドヴァンの視線の先に、木々の合間から、紫色の馬体と禍々しい瘴気を漲らせたジェネラルスケルトンが現れる。
先には乱戦で判然としなかった、大槍と盾をそれぞれ手にしていた。
イリスの姿はない。
(こいつ、イリスちゃんを、よくも)
いきり立ち、闇雲に飛刀を放とうとしたペイドランの肩にルフィナがそっと手を乗せる。
「見て。返り血がどこにもないし、肉片も見当たらないわ。服や鎧の残骸もないわね。イリスはまだ生きてる。薮にでも落ちて、逃げて隠れてる可能性もある。きっとね。希望を捨てちゃダメ。だから、あなたも生き延びるの。それを第1に考えなさい」
優しく諭すようにルフィナが言い聞かせてくれた。
ゴドヴァンとセニアがジェネラルスケルトンと睨み合っている。
煌々と辺りを照らしていた、炎の剣が消えた。
クリフォードの獄炎の剣は以前にも増して凄まじい威力である。神殿の入り口すら溶かし原形を失わせた。さらに、ワラワラと湧いていたスケルトンが全く出てこなくなるほど。
5対1という有利な情勢を作り上げてくれた。
「このっ」
憎しみを込めて、ペイドランは飛刀を放つ。戦いの口火を切るなら自分だ。自分が一番、相手を憎んでいるのだから。
瘴気を纏った大盾に防がれた。
ジェネラルスケルトン。乗り手を得て、更に瘴気を増したジュバでもある。
紫色のおぞましいほどの瘴気が噴き出し、馬体と乗り手の全身を包み込む。
勢いに乗った巨体。
大剣を盾のようにして、ゴドヴァンが突進を受け止める。地面に足がめり込むほどの衝撃。それでも吹き飛ばされも潰されもせずに、全力でゴドヴァンが耐えている。
だが、まだ乗り手がいるのだ。巨体を止めてもまだ槍がある。馬上から槍でゴドヴァンを突き殺そうとしてきた。
「させない」
突き出された槍をセニアが盾で受け流した。
突進も槍も止め、好機とみたゴドヴァンが大剣で斬りかかる。
セニアも閃光矢を合わせた。
が、軽々と瘴気を大槍に纏わせ、ジェネラルスケルトンが横薙ぎに振るう。
「きゃあっ」
セニアが盾で受け止めつつもふっ飛ばされて地面を転がる。
「ぐおっ」
ゴドヴァンも巻き添えに飛ばされた。
骨だけの体にどれだけの力を秘めているのか。
「ゴドヴァンさんっ」
ルフィナが悲痛な叫びを上げる。
前衛の二人が倒れてしまった。無防備に地面に転がって、まだ2人ともよろけている。
「くっ、ファイヤーアローだ」
中空に生じた魔法陣から炎の矢が生じた。
「だめだな、牽制にしかならん」
クリフォードの呟くとおり、ジェネラルスケルトンに炎の矢を瘴気で生じた渦にかき消されている。
(こいつが、あの瘴気がイリスちゃんを)
ペイドランはジュバの脚を狙って飛刀を放つ。
クリフォードのファイヤーアローを防ぐために漲らせた瘴気の膜に阻まれて、飛刀が馬体に至ることすら出来ない。
虚しくカランと地に落ちる。
(俺の攻撃、防ぐ気もないのに防がれてる)
無力感に苛まれつつ、ペイドランは飛刀を立て続けに放つ。
牽制にすらなっていない。
ジェネラルスケルトンの顔はクリフォードの炎の矢に向けられたままなのだ。
「落ち着きなさい、ペイドラン。いつもの戦い方を、こういうときこそ、しなきゃ駄目よ」
ルフィナがまたたしなめてくれる。自分に声をかけられるのが今、ルフィナだけだということでもあった。
「でも」
自分の戦い方、本当に通じるのだろうか。
どちらかといえば、小狡い戦い方で敵の隙を突くのが得意だ。だが、隙も何もなく、圧倒的な力で迫ってくる敵には攻め手に欠ける、ということでもあって。
ちらりとペイドランは、瘴気、巨体、大槍の三拍子揃った相手に苦戦するセニアとゴドヴァンを見やる。前衛の2人があまりに苦しい戦況なので、クリフォードも細かいファイヤーボールやファイヤーアローの連射に終始していた。
クリフォードが牽制している間に、セニアとゴドヴァンが立ち上がり、戦線を維持している。セニアに至っては時折、負傷したゴドヴァンに回復光をかけて回復までこなしていた。
決定打を、手の空いている自分が与えられれば、今すぐにでも勝てる戦況なのだ。
(シェルダン隊長なら)
鎖鎌から流星鎚に得物を切り替えて、力任せの戦い方もできる。
「あいつっ、くそっ」
埒が明かないとばかりに、さらなる瘴気を噴出させたジェネラルスケルトンを見て、ペイドランは毒づく。
槍を風車のように回転させ、瘴気の竜巻を生んだ。
竜巻が炎の矢すらも容易く呑み込んで、セニアに迫る。
「くっ」
歯を食いしばって全力の巨大閃光矢を放つセニア。
相殺させるも、槍を構えての突撃が瘴気の後ろから迫っていた。
恐怖で凍りついたセニアの華奢な体を、ゴドヴァンが飛び込むように抱きかかえて、逃れる。
2人とも地面を転がるも、なんとかジェネラルスケルトンの動線から抜け出て無事だ。
しかし、結果、クリフォードとルフィナ、ペイドランが前衛なしの状態となってしまう。
ジェネラルスケルトンが停止し、自分たちのほうへと向き直る。
(まず、煩わしくて、弱い相手から潰す気なんだ、こいつ)
ペイドランはジェネラルスケルトンの意図に気付く。
腹が立ってきた。魔物のくせに戦略的な思考をすることも。恋人のイリスを連れ去ってどこかに捨ててきたであろうことも。いま、自分を殺すことを容易いと感じているであろうことも。
全部だ。
(もう、許さない)
怒りに任せて、ペイドランは上着をたくし上げて、腹に巻いた鎖を解くのであった。




