142 ゲルングルン地方の魔塔第4階層1
断固ついてくると言ったイリスを皆でなだめて、ペイドランは一人先行して第4階層へと足を踏み入れた。
黒い神殿が目の前に立っている。空の闇と一体化しているような上部のため、高さすら判然としない。神殿の周囲は森、ドレシアの魔塔のときとほとんど同じだ。
ゲルングルン地方の魔塔第4階層もまた、神殿であった。
「また、神殿を守る魔術師みたいな奴かな?」
ペイドランは呟く。周囲に魔物の姿はなく怖い気配もしない。
辺りの観察に時間を費やすことができた。
前回のドレシアの魔塔と違い、今回の神殿には入り口が遠目にも分かる。ポッカリと長方形の入り口。
(入れって、誘き寄せられてるみたいで、やだな)
オーラを纏ったまま5分待っても魔物に襲われることはなかった。
セニア達も遅れて姿を現す。いつ見ても数人がオーラを纏って現れるとキラキラと眩しい。
「ペッド!」
真っ先にイリスが駆け寄ってきてペタペタ触って無事を確認してくれる。すっかり恒例だ。
「ここが第4階層」
キョロキョロと見回しながらセニアが呟く。
「魔物は出てこなかったようだね」
対して地面の魔物の死体の有無やペイドランの様子を確認して、クリフォードが尋ねてくる。
「はい」
ペイドランはうなずくに止めた。イリスがまたホッとした顔をする。
以前の第4階層では、階層主の2匹だけだった上、最初からシェルダンが交戦していたのであった。あの時の神殿はただ立っているだけで、外で階層主も倒せてしまったので探索もしていない。
「あの神殿が怪しいと思うんですけどね」
ペイドランはポッカリと開いた口のような、神殿の入り口を見やって告げる。
「そうだな、いかにも入ってこいって感じだ」
何がおかしいのか、ゴドヴァンがニヤニヤ笑って言う。好戦的な笑顔だ。強敵の存在でも予期しているのか。
「俺、先に行って見てきます」
ペイドランは告げて天幕を設営しようとする。
「だめよっ、なんか、やな感じがする」
イリスが強い口調で止める。
罠があるなら尚の事、自分が先行すべきではないか、とペイドランは思った。
「だから行くんだよ」
ペイドランは言い、設営作業を続ける。
今回はしつこい。軍服の袖を引っ張られた。
「いや、ペイドラン、イリスの言うとおりにしよう。先頭を君に進んでもらうことにはなるが。いつも単独行動してもらって、私も思うところがないでもない」
珍しくクリフォードまで言いだした。
セニアも頷いているが、この人はいつも自分が突撃していきたい人だ。
「いつもは場所すら分からないから頼んでるんだ。あそこが目的地だと分かってるなら、まずはそこまで進もう。ここにシェルダンがいても似たような結論を出すと思うぜ」
ゴドヴァンにまで言われて、話は決まった。シェルダンの名前を出されると、ペイドランも、そうかな、という気がする。
「分かりました」
ペイドラは頷き、設置しかけた天幕を片付けた。イリスが袖を引っ張るのをやめてくれたので、片付けは容易だ。
神殿の方へと向き直る。
(確かに俺も嫌な気配は感じるけど)
黒くて闇のような色合いのせいではなく、中に怖いものがいるからだとペイドランは思う。
「行くぞ」
告げるゴドヴァンの前に出て、ペイドランは先頭を進む。
転移魔法陣から道が伸びている。左右は林と藪だ。蛇行しているが、神殿の方へと続くようだ。
林と道からは嫌な気配はしてこない。
「ペッド、気をつけてね」
スタスタと進むペイドランが不用心に見えたのか、イリスが後ろから声をかけてくる。
「あの子はどうも勘が鋭いから大丈夫よ、信じなさい」
ルフィナが優しく言い聞かせている。
自分の勘、というのはよく言われるが過信はしていない。ただ、怖いものがいると、虫の知らせみたいに首筋がウズウズしたり、背中がムズムズしてくるのだ。
それでも根拠といったようなものはなく、当てにできるものではないから、藪や木立の間をさりげなく注意しながら進んでいく。
魔物とも遭遇しないまま神殿の入り口付近に至る。開けた広場のような場所だ。中は暗くて、前に来ても中の様子はよく分からない。
「ここまでは、何事もなかった」
セニアがポツリと呟いた。
そういうことを口に出すとだいたい災難に見舞われるのだから止めてほしい、とペイドランは思う。
思ったときにはもう、神殿の中からカタカタと音が聞こえてきていた。
ワラワラとスケルトンたちが入り口の闇から姿を見せる。
「ほら出たっ!」
ペイドランは振り向き、セニアを睨んで声を上げた。全部、セニアのせいだ。
「え?え?ごめんなさい」
無自覚な女聖騎士が戸惑いながらも剣を抜く。
「また、スケルトンか。つくづく骨の好きな魔塔だ」
言いながら、ゴドヴァンが大剣を振るって前に出る。
薙ぎ払うように使って、群がるスケルトンを一掃していく。核骨もへったくれもない戦い方だ。
ペイドランもゴドヴァンの討ち漏らしを飛刀で片付けていく。
数が多い。無尽蔵に湧いてくるようで、視界が骨に埋め尽くされる。
「私が炎で一掃してやろう。なんなら、この神殿ごと焼失させてくれる」
高らかにクリフォードが告げて、詠唱を始めようとする。
「危ないっ」
セニアがクリフォード目掛けて放たれた骨の矢を盾で防いだ。
よく目を凝らすとスケルトンの群れの中、弓矢を持った個体が点在している。
(スケルトンアーチャーだ)
ペイドランは背中に冷や汗をかきつつ、手前のスケルトンから仕留めていく。スケルトンアーチャーといっても、人間の弓の達人とは違う。スケルトンが弓矢を持っただけ。
回避するのは気をつけていれば容易い。
更にスケルトンアーチャーの前を、盾を持ったスケルトンたちが固めようとする。
(今度はスケルトンガードナー、他の種類もいるのかな)
ペイドランはあえなく、ゴドヴァンに吹き飛ばされる骨の兵隊たちを横目に自分の戦闘を続ける。
なんとなくゾッとする。
組織的に動こうとしていて、まるでスケルトンの軍隊を相手取っているようだ。
「このっ!」
ペイドラン以上に、軽快な動きで矢を容易く避けているイリスではあるが、業を煮やしたらしい。スルスルとスケルトンたちの合間を縫って、スケルトンアーチャーたちを各個撃破していく。
(突っ込みすぎだよ)
ペイドランは危惧して、いざとなったら援護できるよう、そちらへ近付こうとする。
怖いのは神殿の中だ、という考えがイリスにもあるのだろう。外を早く打ち払って次は中の探索である、と。
(そういう予断は死を招く)
不吉な言葉が脳裏に浮かぶ。
シェルダンなら、そう言いそうだ、とペイドランは不意に思い至る。
「イリスちゃんっ」
近付こうとしても、自分以上にイリスの移動が速すぎる。
追いつけない。
(うわっ)
思わずペイドランは立ち止まる。全身の毛が総毛立つような寒気を感じたからだ。神殿の入り口を見やる。
「ダメッ、イリスッ!」
一番鈍そうなセニアまで叫んだ。
暗がりの中、紫色の馬体が見えた。真っ直ぐにスケルトンアーチャー1体を仕留めたイリスに向かっている。
恐ろしい速さで、仲間のスケルトンを踏み砕いて進む。
ジュバだ、とペイドランは思い、すぐに打ち消す。馬上に大柄なスケルトンが跨り、紫の瘴気を纏った大槍をかざしている。
(ジェネラルスケルトンだ)
レイダンから貰った冊子の中でも一番怖い魔物の1つだ。
「くうっ」
さすがにイリスも腕が立つ。
とっさに突き出された槍を躱し、ジュバに細剣で突きを放つ。細剣がジュバに刺さるもまるで効いていない。
そのまま激突されて、馬体に引っかかったままのイリス。
噴き上がる瘴気にイリスの小柄な身体が呑み込まれるのが見えた。
そのまま、ジェネラルスケルトンが走り去ってしまう。
「待てっ」
ペイドランは全てをそっちのけで追おうとした。
馬の脚に人の足で追いつけるわけもない。
「イリスちゃんっ、そんなっ!」
藪も木々も物ともせず進む相手だ。
見失った。膝から崩れ落ちそうになるペイドラン。
ゴドヴァンもセニアもスケルトン達に纏わりつかれてイリスを助けに行けないようだ。
何より一瞬の出来事だった。
イリス1人で階層主相手に渡り合えるわけもない。
(探さなきゃ)
ペイドランは思うも、自らもスケルトン達と混戦になってしまい、思うに任せないのであった。




