140 メイスン・ブランダート2
「隊長、そのご活躍に敬意を評し、事情を鑑みても、そしてその他の真摯な思いを差し引いても、一連の行いはとんでもないことです」
メイスンは諭すように告げる。反省を促し、自らシェルダンに償いをさせたかった。
「まぁ、ブランダート家の人間なら、そう言うよな」
再度、シェルダンが皮肉な笑みを浮かべる。
「どこまで、私の家のことをご存知なのです?」
先程からシェルダンの口から出るのは似たような皮肉ばかりだ。話がまるで進まない。ウンザリしつつも仕方なくメイスンは尋ねた。
「知識と半分は推測だ。魔塔は大変だったな、狙い撃ちにされて。俺の生まれたビーズリー家も貴族様ではないが、1000年続いているんだぞ?情報ぐらいは貯まってくるのさ」
笑いながらシェルダンが言う。
メイスンにはシェルダンの言っている意味が分からなかった。ブランダート家が魔塔に狙い撃ちにされた、とはどういうことなのか。
「どういう、意味ですか?」
メイスンは話の主導権を奪われかねないと思いつつも尋ねてしまう。好奇心には勝てなかった。
「魔塔の魔物にとって、聖騎士は天敵だ。だから、魔塔も適当に立っているわけじゃない。聖騎士ゆかりの土地を狙って立つ傾向がある。14世代前の先祖が統計を取ったんだ」
まるで魔塔が意志を持っているかのような言い草だ。
ゾッとするものをメイスンは感じた。
「最古の魔塔が立っているのは、聖騎士の家柄クライン家の旧領だ。そして、ドレシアの魔塔が立った土地のブランダート家は聖騎士の分家だろう」
シェルダンが言っていることがようやくメイスンにも分かる。
思わぬ論理の道筋だが、そこに行き着くのかと。
聖騎士の分家であるがゆえに魔塔が立った。逆を言えば魔塔がたった場所を領土としていた家柄なのだから何か関係があるはずだと。
「お前にもセニア様と同様、いや今のところお前のほうが強いのか?法力も持っているな?布の上からでも、この聖剣の力を感じられるなんて」
シェルダンが感心したように言う。
確かに昔、先代聖騎士のレナート侯爵がセニアと旅行に来た折、そんなことを言われた覚えがある。だが、法力の使い方を教えられてはいない。ただ体にあるだけなのだ。
(あのときは私が14だか5だかで、セニア様はまだ4.5歳ころだったか)
可愛らしい甘えん坊の御令嬢であり、レナートに縋り付いたり、自分や兄弟たちに甘えたりしていたものだ。
当時はまだセニアにいずれ弟が出来て、きっとその子が聖騎士となるのだろう、と言われていた。
数年後、レナートが亡くなり、セニアが聖騎士としての重責を一身に負うこととなったと聞かされたときには、グッと胸に迫るものがあったのだが。
そして、処刑されかけて国を脱出した、と聞いたときには助けに向かおうとも思ったが、自らも一族を失い、儘ならぬ身だった。情報が入ってくるのも遅かったのだ。
ふと、重要なことに気付く。
「隊長、ということはつまり、セニア様は今、現在、聖剣無しで魔塔攻略に着手していらっしゃるということですかっ?!」
聖剣の無いがゆえに苦戦し、傷ついているかもしれない。
(いや、それこそ命の危機に瀕している可能性もある。お助けせねば)
メイスンはいてもたってもいられなくなってきた。
「こうしてはいられません、早く届けないと!」
今ならまだ比較的低い階層にいるかもしれない。
淡い期待を胸にいだきつつ、メイスンは提案する。
「メイスン、それは今、同じ分隊として戦っているハンター、ハンス、ロウエン、リュッグ、ガードナーの5人の仲間を捨てて、魔塔上層へ行く、ということか?」
低い声でシェルダンが問う。分隊長としての責任を忘れてはいないのだ。
だが理屈は自分の方にある。
「しかし、セニア様が攻略に失敗しては同じことです。皆の命に関わります。それにそもそも、隊長が最初からきちんと聖剣をセニア様に返還していればこんなことにはならなかったのです」
シェルダンにとっても過ちを糺す良い機会のはずだ。
仁王立ちしたまま、メイスンは告げる。
「正論だが、セニア様は聖剣を使いこなせない。素質は十分と俺も思うが。今は与えても無駄だ」
シェルダンが首を横に振った。どこか力のない言い方だ。
「それは聖騎士セニア様がご自身で判断されるべきことです。隊長も隊長なりに気にかけてらっしゃるなら、負け戦とならぬよう尽くすべきです」
メイスンははっきりと告げる。使える使えないではない。返すべきだと思う。それが自分の意見である。
シェルダンとしばし睨み合った。
簡単に納得してくれる人ではない。思っていたが、意外にも目線を逸らしため息をついたのは、シェルダンの方だった。
「本当に、返すべきだと、そうしたいんだな?」
確認するようにシェルダンが問うてくる。
「当然です。隊長でなければ、正直、聖剣を見た瞬間に斬っていたかもしれません」
メイスンは重ねて断言した。
もう少しでセニアに、今までよく少女の身で聖騎士の重責に耐えてきた娘に、ささやかながら報いてやれるのだと思う。
「泣き所がある」
ポツリとシェルダンはこぼした。
「泣き所とは?」
予想外の単語にメイスンは聴き返した。
「俺は先のハイネル戦でのお前達の功績を、さっき言った自己都合で報告していない。部下の手柄を無かったことにしている」
本当に大したことではない、泣き所とやらが飛んできた、とメイスンは思う。
「こんなのは、分隊長失格だ」
だが、どうやらシェルダンの方は本気で悔いて、極めて重く捉えているらしい。聖剣のことやセニアを置き去りにした非情さは問題視していないのに、だ。
「だから、各隊員1つは言うことを聞いてやろうと思っていた。大きすぎる借りだからな」
つまり、メイスンの言うことに全く納得はしていないが、その借りのもと、1つだけ言うことを聞いてくれるというのだ。
「その貸しを今、使います」
迷わずメイスンは告げる。
悪い人間ではないのだ、とメイスンはシェルダンについて改めて思った。
(それとも余程、魔塔上層への攻略に参加させられたのが痛恨で恨めしかったのですか?まるで八つ当たりのようですよ)
深々とため息をついて、難儀そうに立ち上がるシェルダンを見て、メイスンは思った。口に出してへそを曲げられても困るので内心で言うに留める。
「無駄遣いになるぞ」
立ち上がったシェルダンがニヤリと笑って言った。
「そうはなりません。隊長も私に貸しを使わせて良かった、と思うことになるでしょう」
メイスンは静かに言い切った。感謝するのはおそらくシェルダンのほうだ。やはり貸しのことは良かった、有難かった、と泣きついてくることすらあり得る。
「ハンターやみんなには俺から上手く言っておく。なに、一度やると言ったからにはきちんとやるから、安心しろ」
シェルダンが更にいう。
いざ動くとなれば細かい面倒事が幾つもあることにようやくメイスンは思い至った。
「セニア様に聖剣を届ける。そこまで、お前を送ってやる。直接会うつもりはないがな」
改めてシェルダンが約束してくれた。
上司としては信頼の置ける人物だから、メイスンも、もう不安視はしていない。シェルダン本人の会う会わないはこの際、どうでも良かった。
(だが、ガードナーのやつは大丈夫か?私抜きで)
少し心配なのは、せっかく最近、能力と気概を見せるようになってきた臆病な若者が、自分の監督抜きで力を発揮できるのか、だ。
「私と隊長なら大概の魔塔上層の魔物も倒せるでしょう」
メイスンは迷いを振り切って言う。
「そういう予断は死を招く」
ひどく分別臭いお叱りがシェルダンから返ってきた。
(そう思うなら最初からセニア様に聖剣を渡してあげてくださいよ)
メイスンは心のなかで不平を呟くのであった。




