139 メイスン・ブランダート1
信じられない物を見た。
メイスンは我が目を疑う。
(なぜ、なぜこんなところに)
ゲルングルン地方の魔塔第1階層、シェルダン指揮のもと、第7分隊の分隊員として、バットやスケルトン、時にはジュバとも戦ってきた。
今は、陣地の中央に設けられた安全地帯で、シェルダンとともに天幕で仮眠を取り、休憩しようというところである。
「隊長、なぜ、聖剣オーロラをあなたが持っているのです」
渇いた声でメイスンは尋ねる。本来なら聖騎士セニアの所持品であるはずだ。
自身の荷物を片付けていたシェルダンの持つ、布にくるまれた棒状のもの。かなり分厚く巻いて隠そうとしているが、自分の目はごまかせない。
(間違いない、あれは聖剣オーロラだ。しかし、なぜ)
あらゆる可能性、想像がメイスンの頭の中を過ぎる。
「ほー」
指摘されてシェルダンが意外そうな顔をした。面白がっているようにも見える。
「分かるのか?メイスン、布の上からでも?俺も迂闊だったな、経歴は知っていたが。そこまでとは思っていなかった」
笑ってシェルダンが訊き返してきた。やはり危機感よりも好奇心が強いようだ。
本来ならば、布の中にある以上、予備の片刃剣とでも思うのが筋であろう。
(だが、私には)
年下の上官を前に、メイスンは返答に窮した。
腹に力を入れる。部下として務めていて、これまで信頼をおける上官だったが、一方で、一筋縄では行かない人物であることも、十分すぎるほどにわかっているのだから。
「そんなことはいいのです。なぜ、隊長が、聖騎士セニア様に返還された、聖剣オーロラを持っているのです?」
とにかく話をまず逸らさせないことだ。
ことと次第によっては、シェルダン相手でも許すわけにはいかない。
第7分隊に赴任してからは軍務も充実して、自分の角も取れてきた、と思っていたのだが。
(それでも私には、ブランダート家の人間として譲れないのだ)
メイスンはシェルダンを見据える。
敵に回せばシェルダンほど恐ろしい人間もそうはいないだろう。だが、狭い天幕の中で接近している状況では自分の方が有利なはずだ。剣技だけならばシェルダンよりも遥かに強い自信があった。
「まぁ、現物を直接見られれば、お前にはバレるだろうと思っていた。だから布で隠したんだが。メイスン、お前は知識でこれを聖剣と判断したのか?それとも感覚か?」
感覚である。布の上からでも聖剣の放つ法力が輝いて見えるのだから。
だが、なぜシェルダンがそこを問題とするのか。
おいそれとは答えたくなかった。
シェルダンが天幕の中を見回すような仕草をする。さらには虚空を見つめて耳をそばだてているようにも。
「盗み聞きしているやつは、いないな」
人目を気にしていたらしい。シェルダンがほっと息をついて告げる。
ハンター以下他の隊員たちはまだ陣営の外縁部で戦っているところだ。交代時間も暫く先だろう。
「まぁ、布の上からでも気付いた。答えをもらわなくても分かるがな」
肩をすくめてシェルダンが言う。
「隊長、私はあなたを斬りたくない。なぜ、聖剣オーロラをお持ちだったのか、答えてください」
もはや懇願するようにメイスンは尋ね直した。
シェルダンがため息をつく。
「ハイネル達の置いていった馬車の中。捕らわれて縛り上げられ、気絶していたセニア様と聖剣が転がっていた。俺はセニア様に生存を知られるわけにはいかない。だから、聖剣だけ回収して、本人は馬車にそのまま置き去りにしてやった」
淡々とこともなげにシェルダンが説明した。
サァっと顔から血の気が引いていくのをメイスンは感じる。
とんでもないことだ。
「隊長、それは不敬ですぞ」
公的な身分を最早持たないとはいえ、当代唯一の聖騎士をなんだと思っているのか。皆で応援し助けるのが当然なのだ。
「ブランダート家の人間にとってはそれはそうだろうな」
シェルダンが皮肉な口調で答える。どこまでブランダート家のことを知っているというのか。思わぬことまで知っているのかしれない。
「なぜ、本人を置き去りに?そして聖剣を返すどころか持ち去ったのです?」
話を逸らされかねない。今はセニアのことなのだ。
そもそも縛り上げられた乙女を馬車に置き去りにしてくることが非道である。
「置き去りにしたのは罰だ。あんなところで敵に捕らわれているなんて、クリフォード殿下やペイドラン、仲間の言うことを無視して独断専行でもしない限りはありえない。反省してほしかった」
したこととは裏腹に、シェルダンの口ぶりにはセニアへの真摯な思いが滲んでいた。まるで厳しすぎる兄のような口ぶりである。
「聖剣の方は?」
一旦、置き去りのことはさておいて、さらにメイスンは尋ねる。
「おめおめと敵に捕まり、奪われるぐらいなら一人前になられるまで、どこかに埋めておこうと思ってな。どのみち今はまだ、使いこなせないだろうから」
つくづく、本当に何でも埋めるのが好きな男である。
シェルダンの言うことは、セニアが本当に未熟であれば筋は通っていた。
そしてセニアのことを妙に知っているようで、行動とは裏腹に思いやりが根ざしているようにも感じられる。
「隊長、生存を知られたくない、とは?」
メイスンはため息をついて、確認する。
聖剣を見た当初の動揺は静まった。問題のいくつか散見される状況ではあると思うが。シェルダンなりに事情や思いがあったようでもある。
「あの方々はな、俺がいると俺に面倒事を押し付けて、魔塔で無茶な要求をしてくる。だからドレシアの魔塔で死んだことにした。死亡届も出してないのにな。死んだと思ってくれている」
シェルダンが苦笑して言葉を切った。さらに続ける。
「あぁ、あのときの特命っていうのは、秘匿での魔塔上層攻略への参加だ。俺とペイドランで行ってきた」
事もなげに驚くべきことをシェルダンが言う。
「それは、えぇ、確かに大変でしたな」
さすがにメイスンも少し気の毒になってきた。大した装備のない軽装歩兵の身では、本当に命がけだったろう。おまけに当時、ハンターの話ではシェルダンは恋人が出来たばかりのころだったはずである。
魔塔上層など、聖騎士や魔術師など特別な剛の者でないと生き延びられない環境だと聞く。
「事の次第は分かりました」
シェルダンを斬ることまではしなくていい、とメイスンは思った。
問題はこのあとどうすべきか、だ。どのようにシェルダンに話を向けるかを、メイスンは考え始めた。




