136 挿話〜第1皇子の訪問2
「だから、そう身構えることはない。私は弟やセニア殿とは違う。非常識な無茶などさせるつもりはない」
苦笑いしてシオンが言う。
本当に非常識なことだったとカティアは思い返していた。
「では、なぜここに?実務的なお人柄は私も聞き及んでおります。ただのお見舞いだなんて思えませんわ」
ツン、とカティアは横を向いた。
隣りにいる父のラウテカのほうが慌てている。
「あくまで、私は知っている、と。本人に伝えようと思ったのだが。今は遠征中で、ここルベントにはいないのだろう?だから婚約者である君に伝えにきた」
シオンの言葉はまだ、前置きだ。本題は別だろうとカティアは思っていた。
「知っているから、何だというのです?」
また、カティアはシオンの顔を睨みつけて言う。
もともと優男然としたクリフォードも、まるで人間味のない役人のようなシオンも好きではない。
「まったく、敵わんな。クリフォードのやつが圧倒されてやりこめられるわけだ。恋人が絡むと本当に気が強い」
わざとらしくシオンがため息をつく。
やはり自分をダシにシェルダンを利用するつもりだ。
察してカティアは自分の心に火を点けた。
「私の性格などどうでも良いのです。私の婚約者を利用するおつもりでしょう。持って回った言い方をしても、駄目ですわよ」
キツい口調で言い切ってやった。クリフォードとは違うなどと、どの口が言うのだろうか。
「言っておくが、そちらにとっても悪い話ではない。私には欲しい物がある。シェルダン・ビーズリーならば、上手くすれば私にそれをもたらしてくれると思った。聞く限り、彼は実に有能だからな」
皇族に婚約者が褒められている。それも手放しで、だ。
さすがにカティアは嬉しくなってしまう。
「えぇ、確かにシェルダン様は有能な方で最高の結婚相手です。でも、何が欲しいのです?」
つい、カティアは笑顔で尋ねてしまう。
「人材だ」
シオンから返ってきたのは思わぬ言葉だった。
同時にカティアの警戒心を刺激するものでもあって。
「つまり、シェルダン様を?」
散々、有能だと褒められたばかりである。文脈からしてシェルダンのことを指しているのだ、とカティアは思った。
「本人が私に付いてくれれば、有り難いが。嫌がられそうな気がする。ちょっと調べただけでも、身分が上がることを用心しているような印象を受けたのだが」
確かにクリフォードとは違うようだ。実によく見ている。
階級が上がると負う責任も増す。重くなった責任が死を招くかもしれない、とシェルダンが話していたことがあった。
「多分、嫌がりますわ」
カティアは渋々認めて頷いた。何か手の内を晒すようで嫌だったのだが。
「カティア、シオン殿下に召し抱えられるなんて、名誉じゃないか。なんとかシェルダンさんに口利きを」
たまりかねたように、父のラウテカが口を挟んできた。
「お父さま、シェルダン様のお家は千年も続いていて、生き延びるための知恵としていろいろ家訓があるようですの。こんなに評価されても軽装歩兵で甘んじているのも事情があるんです。私は未来の妻として尊重して差し上げたいの」
カティアは父親に対してはっきり言い切ってやった。
父のラウテカが困った顔で俯いてしまう。
「まぁ、本人でなくともいいのだ。ブランダート家の次男に、ブロング家の隠し子などを、試しに付けてみたが実に上手く伸ばしている。厄介者が掘り出し物に変わりつつあるようだ」
シオンに言われて、時折シェルダンの話してくれる部下たちをカティアは思い出した。
(いずれ、仕上がったら彼らを召し抱えたいってことかしら?)
カティアとて貴族の子女である。魔塔の災禍に見舞われたブランダート家も、魔術の大家ブロング家も聞いたことのある名前だ。
「でも、殿下の周りには国を挙げて、それはそれは優秀な人たちが集まるのでは?」
カティアは当然の疑問を口にする。若干、口調も皮肉に満ちたものとなってしまう。
「弟に取られた」
憮然とした顔でシオンが言い放つ。
「腹心の騎士団長ゴドヴァンもルフィナも、そして私が軍の実権を握っているはずなのに、魔塔攻略のためと差し出さざるを得ないのだ」
初めて感情を込めてシオンが言う。予想外過ぎる内容にカティアはまるで共感出来ないのだが。
「私とて、魔塔攻略の重要性は分かっているし、大変さもよく聞いている。が、見給え」
シオンが両手を広げて慨嘆して見せる。
「弟のクリフォードには、精鋭がついていて、私は次期皇帝なのに普通の兵士が護衛なんだ。さすがにおかしいだろう」
あいまいにカティアは頷いた。
もともと、シオンもシオンでクリフォードと張り合っていた時期があるのである。全く癖のない、完璧な人間ではない、ということを思い出す。
(この、変な自尊心のせいなのかしら)
どう対応したものか、さすがのカティアも苦慮してしまう。
「シェルダン・ビーズリーの周りには不思議と優秀な人間が集まる。そのうちの何人かを私に仕えるよう、差し向けてほしいのだ。繰り返すが、本人ならなお有り難い」
シオンが自分の欲望を剥き出しにして宣言する。これもこれで無茶振りだ。
(次期皇帝なのに未だに独身である理由がよく分かりましたわ)
カティアは呆れてしまう。
「特に今、ほしいのはペイドランという密偵の少年だ。あれは若くて伸び代もある。ゴドヴァンとルフィナを差し出しているのだ。一人ぐらいいいだろう」
まるで玩具を欲しがる子供のような言い草だ。冷静になって見るに、控えている護衛2人も諦めたような、疲れたような顔をしている。この2人も普通の兵士どころか貴族の子弟であるはずだ。
「その子とシェルダン様に、なんの関係があると」
ペイドランという少年が印象に薄かったせいではあるが、カティアは墓穴を掘ってしまった。
「分隊長と分隊員だった間柄で、ペイドランも尊敬しているような言動があるそうだ。シェルダンの生存を知り、説得されれば言うことを聞くだろう」
自ら話の水を向けてしまったことにカティアはほぞを噛んだ。妙に理屈が通っているのも困る。
「それにそちらにとっても、悪い話ではない。もし、クリフォードやセニア殿にシェルダンの生存を知られても私が後ろ盾につく。魔塔攻略になど同行させないから、安心しなさい」
確かにそこは悪い話ではない、とカティアも納得した。
もしシオンの後ろ盾なくして、シェルダンの生存をあの2人に知られれば面倒なこととなる。
(と、いうより、この殿下、断ったら教えそうで嫌だわ)
あまり表情の動かない、シオンの細面を見てカティアはため息をついた。
「お話は分かりました。でも、シェルダン様、ご本人のいないところで私が勝手に回答はできません。あと、失敗したり断ったりしたらどうなるのか、窺っても?」
シェルダンと話し合うしかないだろう。どんな判断を本人が下すか、カティアにも計り知れないところがシェルダンにはある。
(そこが、面白くて素敵なのだけど)
ポッとカティアは頬を赤らめてしまう。
「失敗はともかく、断るようなら今、ルベントに私も離宮を建てている。休職中の君はそこの侍女に人事異動、そしてシェルダンも軽装歩兵分隊を離れて私の直下となるよう辞令を出す」
ペイドランが手に入らないならシェルダンが欲しい。しかも自分をダシにするというおまけ付きだ。最後の最後でとんでもない恫喝が飛んできた。
この殿下に仕えるとなったなら、趣味を楽しむ時間など蒸発してしまうだろう。
「とりあえず、お話は分かりました。シェルダン様が戻られたら相談して回答致します」
深々とカティアはため息をついて告げた。
満足気に頷くシオンの頬をひっぱたいてやりたい衝動をなんとか抑えながら。
いつもお世話になります。黒笠です。
久し振りにカティアを書きました。シェルダンとの関係もだいぶ落ち着いた中、厄介な人があらわれるという場面でした。
結局、シェルダンの癖強いのを警戒してか、シオン殿下もペイドラン目当てですが。気が付いたら、とても人気者になってしまったペイドラン君でした。
なかなか正直描きづらい場面でしたが、次の展開に上手く繋げられたらいいな、と思っています。
そして、応援や感想、閲覧、全てにおいて、いつも本当にありがとうございます。折に触れては感謝を申し上げたい状況であります。




