134 ゲルングルン地方の魔塔第2階層3
6人でゲルングルン地方の魔塔第2階層を進む。
「キリがないわ」
抜き身の細剣を手に、イリスがボヤく。足元には骨片が散らばっている。
その背後にあらわれたスケルトンをペイドランの飛刀が撃ち抜いた。
「油断しちゃダメ。急にもっと強いのが出てくることもあるから。特に背中は緊張してないと」
優しくペイドランが言い聞かせている。
スケルトンと絶えず戦いながら、ペイドランの探ってきたのと逆方向へと進む。階層主がいるとすればそちらの可能性が高い。空振りですら、情報は無駄にならないのである。
「分かったわよ」
唇を尖らせつつも、イリスが素直に頷く。魔塔の外とは立場が逆転している。
(本当に、こんな場所でも2人とも微笑ましいんだから)
セニアもつい頬を緩めそうにして、すぐに気を引き締め直す。
また、1つ向こうの丘からスケルトンの一団が姿をあらわした。20体ほどだ。イリスが即座に対応して斬り込んでいく。単純な速度であれば、この中ではイリスが最速である。
「腰、背中、脚」
ルフィナがイリスの狙っているスケルトンから順に的確な指示を飛ばす。一撃のもとにイリスも核骨を刺突で貫いて倒していく。
更にペイドランがイリスの打ち漏らしを飛刀で撃ち抜く。こちらは誰にも教えられなくとも核骨を砕いてしまう。
通常のスケルトンであれば、たとえ数が多くともイリスとルフィナ、ペイドランの3人で十分なのであった。
「お」
ゴドヴァンが声を上げた。右手を目の高さに掲げて遠くを見やる。
「何か見つけたのですか?」
セニアはゴドヴァンの隣に立って尋ねる。ちょうど丘の頂上に至ったところだ。
「階層主ですか?どんなやつです?」
クリフォードも近付いてきてゴドヴァンに問う。
「すんげえデカい杭と箱が並んで立ってる」
目を細めてゴドヴァンが言う。
気が滅入るほど、ずっと同じような光景が続いていたのが第2階層であった。あらわれるのもスケルトンばかり、というのも精神を擦り減らされる。
「あんなのは今までなかったからな。階層主のいる近場か目印か。ただ、強そうな魔物も見当たらない」
ゴドヴァンがルフィナらを振り向いて告げる。
オーラをかけ直したほうがいいかもしれない。ゴドヴァンの視力でやっと見えるくらいであれば、かなり離れているということだ。
セニアは皆にもう一度オーラをかけ直して息をほうっと吐いた。
「大丈夫かい?しんどくないね?」
杖を手にクリフォードが尋ねてくる。柔らかい笑みを浮かべていた。他の4人は眩い光を纏い、ゴドヴァンについて先を歩いていく。
「まだ、大したことはしてませんから」
セニアも周囲に気を配りつつ答える。
「この階層はどうやら消耗戦をやりたいようだからね。体力配分が大事だよ」
確かにクリフォードの言うとおりなのだろう。スケルトンの個体数が尋常ではない。一度倒した場所であっても地下ですぐに再生しているのではないか。
「そうだとしても、私は負けません」
セニアは力を込めて言う。魔塔の外でイリスとペイドランに見せた醜態を思い出す。
「あまり力まないでおくれ。私もいるのだから」
柔らかな口調でクリフォードが言う。同じく、あの2人に粗相をした本人だ。妙な説得力がある。
「2人とも、あまり離れちゃだめよ」
ルフィナが声をかけてきた。
2人で慌てて駆け寄っていく。
「口説いてる暇あったら、手伝ってください」
ペイドランが文句を言う。足元には大量の骨片だ。
「君に言われたくないな。さぁ、急ごう」
クリフォードがあからさまにペイドランとイリスとを見比べて告げる。
数時間、スケルトンと交戦しながら歩いてようやくゴドヴァンの言う巨大な杭が見えてきた。想像以上の威圧感をセニアは受ける。
「あれが、階層主で間違いなさそうだね」
クリフォードが顔をしかめて告げる。
更に接近していく。薄気味悪いことに、パタリとスケルトンの襲来も止んだ。
急に足元がグラグラと横揺れした。
「きゃっ」
イリスが可愛い声を上げた。ペイドランにすかさず支えられている。
杭の下、小山のような土盛りから巨大な頭蓋骨が姿を見せた。続いて手、腕と這い出してくる。
「ジャイアントスケルトンだ」
優に10ケルド(約20メートル)はあろうかという巨体を見上げてペイドランが告げる。
「こいつは、核骨もへったくれもないです。デカくて強いけど、魔術はよく効きますから」
ペイドランが説明している間に、ジャイアントスケルトンが隣りにあった箱から大剣と大盾とを取り出した。
一方で、クリフォードも炎魔術の詠唱を始めている。
「よし、先手必勝、ファイヤーボールだ」
肌を打つ熱気とともに、火炎球が赤い魔法陣から射出される。
ジャイアントスケルトンが大盾で火炎球を防いだ。
「魔術が効くのはあくまで、本体です。盾の防御力はわかんないけど、硬いみたいですね」
ペイドランが呆れ顔で指摘する。
「そういうことは、先に言うんだよ」
文句を言うクリフォードを抱えて、セニアは振り下ろされる大剣から逃れる。
「喋ってないで、距離を取ってください」
セニアは抱きかかえていたクリフォードを下ろして告げる。普通、立場が逆ではないだろうか。
同じくルフィナをお姫様抱っこして距離を取っているゴドヴァンを見て思う。
「俺とセニアちゃんで前を張る。殿下は盾ごと倒せるぐらいのを、次は撃ってくれ」
ゴドヴァンが大剣を構えて言う。
「了解です。ペイドラン、イリス。私とルフィナ殿を守ってくれ」
クリフォードが命じて一際、大きな魔力を込めて詠唱を始める。
いかにも神聖術の苦手そうな階層主だ、とセニアは感じた。
「そんな、緩慢な動きでっ!」
セニアは巨大閃光矢を放つ。
また、巨体に似合わぬ機敏な動きで、大盾によって防がれてしまう。まるで緩慢ではない。
「デカいから遅いとは限りません」
しかめっ面でペイドランが指摘してきた。まるで小さなシェルダンだ。
細剣でイリスが骨に突きを放つ。
「っう、こんなの、どうやって倒すのよっ!」
硬い骨を強く突いた反動で腕を痛めたらしい。イリスが腕を押さえて叫ぶ。
「俺にも君にも無理だから、他の人にお願いするんだよ。で、俺らは出来ることをやる」
ペイドランがイリスの肩を掴んで後ろを向かせている。
ちらりとセニアも見ると、後方からスケルトンの大群が押し寄せようとしていた。
「クリフォード殿下が魔術を撃てないと負ける。だから、俺らがああいうのから、守るんだよ」
ペイドランが飛刀を続けざまに放って先頭のスケルトン達を骨片に変える。
「分かったわよ、もうっ」
さりげなく両肩を掴まれたことで頬を赤らめるイリス。そのままの勢いで斬り込んでいく。
熱気がセニアの肌を打つ。
クリフォードの赤い魔法陣が完成した。
同時にジャイアントスケルトンが危機に気付いて、クリフォードに向けて大剣を振り下ろしてくる。
自分のちっぽけな身体で受けきれるのか。
「させないっ」
それでも、セニアは盾で大剣を受け止めようとする。が、押しつぶされそうなほど、と思っていた重量が来ない。
「おらあっ」
ゴドヴァンが横から大剣を叩きつけて斬撃を逸したのだ。
「さすが、ゴドヴァン殿。いけっ、ファイヤーピラーだ」
かつて黒雷羊を焼き尽くした炎の柱がジャイアントスケルトンをスッポリと包み込んだ。
(また、火力が増したわよね)
ジャイアントスケルトンの巨体を焼き尽くす炎を見て、半ば呆れつつセニアは思うのであった。
やがて、炎の柱が消えたあとに巨大な黒い玉が転がる。
セニアは閃光矢を放ち、ジャイアントスケルトンの核を撃ち抜く。小さくヒビが入り、すぐに全体へ広がり、割れた。
青空が広がる。
「うわっ、すごい」
イリスが空を見上げて声を漏らした。
「勝つとこうなるんだよ」
ペイドランが隣に立って微笑む。
愛おしげに見上げるイリス。
他の皆でこの二人をいつの間にか見守る格好となっていた。ペイドランとイリスの2人がひそひそと睦言を交わす。
「まったくもう、あの二人には敵わないわ」
ルフィナも苦笑を浮かべて言う。
(本当に疲れた。まだ第2階層だっていうのに)
スケルトンによる消耗戦。地味だが体と精神には堪えるものだった。
(まだ、あと3つもあるのにね)
思いつつもセニアはひとまず身体を休めることとした。
シェルダンがいたら、皆の戦いぶりをどう評価してくれただろうか、と思いながら。




